3章12節
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翌朝。
セーフハウスのドアが、静かに開いた。
「……おはよ」
そう言って入ってきたツダは、いつも通りの顔だった。
飄々としていて、眠気も疲労も見せない、あの調子。
だが――
ヤヒロは、ほんの一瞬だけ、ツダの歩幅が小さいことに気づいた。
「帰ってきたのか、今?」
「ん?ああ。ちょっと前」
ツダは靴を脱ぎながら、軽く肩を回す。
「現場が三件。全部似たような手口でさ」
「いやあ、面白くなってきた」
「……面白い、じゃない」
ユイの声は低かった。
テーブルに置いていた弓の手入れを止め、ツダを見る。
「……寝てない」
「まあ、仮眠くらいは車でちょろっと」
「それ、仮眠って言わない」
ヤヒロも続けた。
「ツダ。俺たちがダンジョン潜っていない間も、ずっと動いてんだろ」
「仕事だからなあ」
笑って言うが、目の下の隈は誤魔化せていない。
一拍の沈黙。
そこで、ヤチヨが手を叩いた。
「はいはい、そこまで」
三人の視線が向く。
「ツダ。あんた、今日は休みなさい」
「え」
「え、じゃない」
ヤチヨは腰に手を当て、少しだけ女らしい呆れ顔で言った。
「沖縄まで来て、ずっと死体と事件だけ見てるか戦うか、精神に悪いわよ」
「いや、俺は――」
「休ませるの」
有無を言わせない口調だった。
「それに、ほら。この子たちも、ちょっと息抜き必要でしょ」
ヤヒロは戸惑い、ユイは黙っていた。
ツダは少し考え、視線を逸らす。
「……観光って柄じゃないんだが」
「じゃあ、なおさら」
ヤチヨはにやりと笑った。
「『口実』が必要なの」
一瞬の沈黙。
そこで、ユイが口を開いた。
「……私は、残る」
三人が振り向く。
「……ツダと一緒にいる」
「ユイ?」
「……弓の調整もある」
「それに――」
少しだけ言葉を探してから、続けた。
「……ツダ、一人で置いていくの、不安。休まない」
ツダが目を瞬かせる。
「え、俺?」
「……うん」
即答だった。
ヤチヨが一瞬だけ目を丸くし、すぐに柔らかく笑う。
「なるほどね」
そして、ヤヒロを見る。
「じゃ、あたしたちで行きましょ」
「え?」
「観光」
「え、俺と?」
「他に誰がいるのよ」
軽く肩を叩かれる。
「安心しなさい。デートってほど甘くはしないから」
ヤヒロは反射的に顔を赤くした。
「デ、デートとかじゃ――」
「はいはい」
ヤチヨは歩き出しながら振り返る。
「行くわよ。せっかく生きて沖縄来てるんだから」
外に出ると、沖縄の空はやけに青かった。
湿った風。
遠くから聞こえる街の音。
「……不思議ですね」
ヤヒロが言う。
「ダンジョンの中と、外が、こんなに違うなんて」
「でしょ」
ヤチヨはサングラスをかけ、歩調を合わせる。
「だからこそ、壊れやすいのよ。この“普通”ってやつは」
国際通りの端、観光客向けの小さな店。
「……これ、何ですか」
ヤヒロは手のひらサイズのシーサーを見つめていた。
「置物。魔除け」
ヤチヨは即答し、別の棚から一つ取る。
「ほら、口閉じてる方」
「災いを家に入れないタイプ」
「……盾向きですね」
「でしょ?」
くっと笑って、レジに置いた。
店を出ると、甘い匂い。
「アイス。食べる?」
「食べます」
即答。
ヤヒロはチョコ、ヤチヨは紅芋。
歩きながら、ヤチヨがぽつりと言う。
「戦ってるときより、今の方が緊張してない?」
「はい」
「素直でよろしい」
肩が触れ、ヤヒロが少しだけ身を固くする。
ヤチヨは気づいたふうもなく、前を向いたまま続けた。
「でも、こういう時間、覚えときなさい」
一口、アイスを食べて。
「帰る場所ってのは、こういう何でもない瞬間の集合体だから」
ヤヒロは、溶けかけたアイスを見つめながら、静かに頷いた。
「……ヤチヨ先輩」
「なに?」
「俺、まだ……人を殴るのは慣れても、こういうのは、慣れないです」
「ふふ」
ヤチヨは小さく笑った。
「それでいいのよ」
立ち止まり、ヤヒロを見る。
「全部に慣れたら、終わりだから」
その言葉は、重くもあり、優しくもあった。
二人はまた歩き出す。
観光地らしい通り。
露店。
笑う人々。
その中に、冒険者でも、公安でもない、ただの二人がいた。
ヤヒロは、ふと気づく。
――守る理由は、ダンジョンの中だけじゃない。
この時間もまた、
ヤヒロの中に、確かに刻まれていた。
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