3章3節
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那覇空港に降り立った瞬間、
ヤヒロはまず、音の多さに眉をひそめた。
人の声。
拡声器の反響。
風に煽られてばたつく布の音。
湿った南国の空気よりも先に、ざらついた緊張感が肌にまとわりつく。
「……なんだ?」
到着ロビーを抜け、外へ出た瞬間、その正体が見えた。
空港前の広場一帯を占拠するように、人の群れが集まっている。
数十人、いや百人近い。
横断幕。
手書きのプラカード。
即席のスピーカー台。
そこに書かれている言葉は、観光地・沖縄のイメージとはあまりにもかけ離れていた。
『基地ダンジョン反対』
『これ以上、沖縄を戦場にするな』
『武器より命を』
赤い文字が、やけに生々しい。
「……市民団体、だ」
低く呟いたのはツダだった。
モノクルの奥で、すでに視線は群衆の構成と動線を測っている。
「ニュースでは見てたけど、ここまでとはね」
ヤチヨがリュックサックを背負い直しながら、落ち着かない様子で言う。
ユイは無言だ。
だが、視線だけは鋭く、集会の中心――マイクを握る中年の男を捉えていた。
「――凶悪事件は、基地ダンジョンができてから急増しています!」
拡声器越しの声が、風に乗って届く。
「装備を奪われ、命を奪われた市民が、すでに何人もいる!」
「それなのに政府は何をしている!警察は!ギルドは!」
「すべてを『ダンジョンの中の話』で片付けているじゃないか!」
拍手と怒号が混じる。
ヤヒロは、思わず拳を握った。
違う。
と言い切れない自分が、そこにいた。
「俺たちは……」
言いかけて、言葉が止まる。
自分たちは、これからその基地ダンジョンに入る。
レジェンダリー装備を携え、非公式任務として動く側だ。
守られる側ではない。
「……見られてる」
ユイが小さく言った。
確かに、数人の視線がこちらに向いている。
観光用ではない荷物。武器ケース。
明らかに冒険者、といった風貌。
ざわ、と群衆の一部がざわめいた。
「冒険者だぞ」
「また来たのか」
「どうせ、金になるからだろ」
悪意と羨望が、同じ目に宿っている。
ヤヒロの胸に、嫌な感覚が沈殿する。
――ここだ。
――ここから始まる。
ダンジョンではない。
魔物でもない。
人の感情そのものが、戦場になっている。
「行こう」
ツダが短く言った。
「ここで立ち止まる理由はない」
「……ただし、覚えておけ」
彼は一瞬だけ、群衆を振り返る。
「今回の敵は、武器を持っていないかもしれん」
その言葉が、ヤヒロの胸に重く落ちた。
盾を背負ったまま、
守るべきものの輪郭が、また一段――曖昧になっていく。
公安のセーフハウスは、那覇市内の雑居ビルの一室にあった。
外観は拍子抜けするほど普通だ。
看板もなく、エレベーターも年季が入っている。
だが、扉を開けた瞬間に空気が変わった。
魔素遮断塗装。
簡易だが、確実に「ダンジョン対策」を施された室内。
「……ここが、沖縄の拠点です」
そう言って迎えたのは、ギルド所属の調査員だった。
年齢は三十代前半。
冒険者というより、役所の人間に近い雰囲気をしている。
「初めまして。私はギルド沖縄支部・調査課の――名乗るほどでもないですね」
名刺も出さない。
それだけ、この件が表に出せないということだ。
全員が腰を下ろすと、調査員はすぐに本題に入った。
「結論から言います。沖縄は――限界です」
あまりにも率直な言葉に、室内が静まり返る。
「基地ダンジョンの発生以降、凶悪事件は右肩上がり」
「特にここ一ヶ月、装備絡みの殺人・強盗事件が急増しています」
テーブルに置かれたタブレットが情報を投影する。
日時。
場所。
被害者数。
赤いマーカーが、沖縄本島のあちこちに散っていた。
「特徴は共通しています。犯人は冒険者、もしくは元冒険者」
「被害者から装備を奪い、そのまま逃走。そして――」
一拍、間が置かれる。
「数日以内に、別の場所で犯人が被害者になる」
ユイが、はっと息を呑んだ。
「……装備の所有者が、変わる?」
「はい。まるで装備が“次の持ち主”を探しているかのように」
ヤヒロの脳裏に、富士で聞いた話がよぎる。
嫉妬の罪。羨望。独占欲。
「ダンジョン外で、ここまで被害が広がるケースは稀です」
「理由は三つ」
調査員は指を立てた。
「一つ」
「基地ダンジョンの存在そのものが、
政治・軍事、そして何より市民感情を刺激していること」
画面が切り替わる。
デモの写真。
怒号を上げる群衆。
「二つ」
「米軍とギルド、そして警察の管轄が複雑に絡み合い、即応が遅れていること」
ツダが小さく舌打ちする。
「……縦割りか」
「ええ。最悪の形です」
そして。
「三つ目が――最も深刻です」
調査員の視線が、ヤヒロたち四人を順に見た。
「精神汚染するレジェンダリー装備の存在」
「それも異常な速度で」
室内の空気が、さらに重くなる。
「正式名称は未確定。通称、“魅了する刺剣”です」
(嫉妬の罪を司る可能性が高い、な)
ツダが小声で補足する。
その言葉に、ヤチヨの眉がわずかに動いた。
「所有した者は、急速に自己顕示欲と独占欲を増大させます」
「活躍し、羨望を集めたい。奪われるくらいなら、奪え」
「そんな思考に、短期間で至る」
調査員は、淡々と続ける。
「問題は、周囲の人間にも影響を与える点です」
「武器を見た者が、“欲しい”“妬ましい”と感じる確率が異常に高い」
ヤヒロは、空港で感じた視線を思い出していた。
悪意と羨望が混じった、あの目。
「市民団体の中にも、
『冒険者は力を独占している』
『あの装備を俺たちに渡せ』
という過激派が出始めています」
つまり――。
「このまま放置すれば、ダンジョン外での内戦状態に発展しかねません」
沈黙。
重い沈黙。
「だからこそ、あなた方に依頼します」
調査員は、深く頭を下げた。
「公式には関与できない」
「しかし、確実に動ける戦力が必要です」
ツダが、静かに口を開く。
「……奪取、か」
「はい。破壊ではありません。管理下への確保です」
ヤヒロは、盾に手を置いた。
守るための盾。
だが、これから向かうのは――人の欲そのものだ。
これから自分は何を守ることになるのか。
少なくとも、富士とはまったく違う戦いになる。
その予感だけが、はっきりと胸に残っていた。
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