2章36節
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病室は、驚くほど静かだった。
機械音だけが、一定のリズムで鳴っている。
心拍。呼吸。
生きている証であり、同時に――止まりかけている証でもあった。
ベッドの上で眠る女性は、ユイの母だった。
頬はこけ、指先は細く。
胸の上下は、機械に支えられて、ようやく続いている。
「……」
ユイは、声を出さなかった。
声を出せば、何かが壊れてしまう気がして。
白衣の医師が、慎重に問いかける。
「それが……例の?」
ユイは、ただ頷いた。
小さな瓶。透き通った液体。
――エリクサー。
数え切れない戦いの果てに、
ようやく手に入れた、たった一本。
ユイの指が、震える。
「……お願いします」
それだけ言えた。
医師が、静かに瓶を受け取る。
点滴に接続され、液体が少しずつ、体内へ流れ込んでいく。
最初は、何も起きなかった。
機械音は変わらず。
モニターの波形も、いつも通り。
――やっぱり、無駄だったのか。
その考えが一瞬、頭をよぎった瞬間。
「……え?」
医師の声が、かすかに上ずる。
モニターの数値が、
ゆっくりと、しかし確実に変化していく。
心拍が、安定する。
酸素飽和度が、上がる。
「呼吸が……自発に戻り始めています」
看護師が、息を呑む。
母の指先が、ぴくりと動いた。
ほんの、わずか。
けれど間違いなく、意思のある動き。
「……っ」
ユイの喉から、押し殺していた息が、漏れた。
まぶたが、震える。
ゆっくりと、
本当にゆっくりと――
母の目が、開いた。
焦点が合うまで、少し時間がかかる。
それでも。
「……ユ……カリ……?」
かすれた声。
それを聞いた瞬間だった。
ユイの膝から、力が抜けた。
「――っ、ぁ……!」
堪えていたものが、
一気に、崩れ落ちる。
嗚咽。
声にならない声。
肩が震え、
手で口を押さえても、止まらない。
「ごめ……ごめんなさい……っ」
何に対する謝罪なのか、
自分でも分からない。
ただ、生きていてほしかった。
それだけだった。
母の手が、ゆっくりとユイの手に触れる。
細い。でも、確かに温かい。
「……ありがとう……」
その一言で、
ユイの涙は、完全に決壊した。
弓を引くときも。
魔物に狙われたときも。
仲間が傷ついたときでさえ――
決して見せなかった感情。
初めて、
戦わなくていい場所で、
ユイは泣いた。
ただの、娘として。
病室の外。
ヤヒロは、ドアに背を預けたまま、動かなかった。
中の音は、聞こえない。
それでいい。
盾を構える必要は、
もう――ない。
少なくとも、今だけは。
小さな奇跡は、
確かに、ここにあった。
そしてそれは、
誰かの命を救っただけではなく――
ユイという少女の、時間を再び動かした。
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