2章35節
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「……やった」
ユイが、息を吐いた。
地面に、ひとつの瓶が残る。
透き通った、淡い光。
「……エリクサー」
ユイの声が、震えた。
ヤヒロは、何も言わなかった。
ただ、盾を下ろし、立っていた。
「守れたな」
ヤチヨが、ぽつりと言う。
「全部」
ヤヒロは、ゆっくりと頷いた。
「ああ」
火山の頂で。
三人――そして一人増えた仲間は、
確かに、到達していた。
富士ダンジョン・踏破。
ヴォルカニクス=エコー・ドラゴンが完全に消滅した直後、
火山灰の降り方が、目に見えて変わった。
重さが抜ける。
熱が、引いていく。
それまで絶えず鳴っていた、
地鳴りのような低音が、ふっと途切れた。
「……来たな」
ツダが言う。
溶岩だまりの奥、
ドラゴンが立っていた場所に――
円形の光が、静かに展開していく。
帰還ポータル。
淡い白。
揺らぎは少ない。
ボス討伐後にのみ出現する、
完全安定型の帰還装置。
「強制送還じゃない。
全員、同時に入れるタイプだ」
淡々とした説明だったが、
その声には、確かな安堵が混じっていた。
ヤチヨが剣を肩に担ぎ、鼻で笑う。
「ようやくかよ。
正直、もう一回戦は勘弁だ」
ユイは答えず、
ただ両手でエリクサーの瓶を抱えていた。
割れ物を扱うように。
いや――
それ以上に、壊れやすいものとして。
ヤヒロは、その背中を見ていた。
声をかけるべきか。
今は、黙るべきか。
答えは、自然と後者に落ちた。
ポータルの縁に立つと、
熱はもう、ほとんど感じない。
代わりに――
身体の奥に溜まった疲労が、はっきりと主張してくる。
盾を持つ腕が、重い。
それでも、離さない。
「ヤヒロ」
ツダが、少しだけ声を落とす。
「今回の戦い……
正直に言うと、想定以上だった」
「……悪い意味で?」
「いい意味で、だ」
ツダは、モノクルを外さずに言った。
「守り切る前提で、
あそこまで攻撃の芽を潰せる盾役は、そういない」
一拍置く。
「……上層向きだよ。
いや、もう“上層の人間”だ」
ヤヒロは、短く息を吐いた。
「……まだ、実感はない」
「それでいい」
ツダは肩をすくめる。
「実感が追いつく頃には、
だいたい一回は死にかけてる」
ヤチヨが、くっと喉で笑った。
「違いねえ」
ユイが、ようやく振り返る。
「……帰ろ」
短い一言。
それで十分だった。
四人は、同時にポータルへ踏み出す。
白が、視界を覆う。
熱も、灰も、
戦闘の音も、すべてが遠ざかっていく。
次に視界が戻ったとき、
そこは富士駐屯地ダンジョン・帰還ロビーだった。
無機質な床。
整然と並ぶ魔素測定ゲート。
警備員の視線。
――現実。
「……戻ったな」
誰ともなく、そう呟いた。
魔素測定器が起動する。
ピッ、ピッ、と淡い音。
数値は、
ぎりぎり“問題なし”の範囲。
ツダが、ほんの一瞬だけモノクル越しに視線を走らせ、
何も言わずに立ち位置を変えた。
――改ざん。
だが、誰も触れない。
ユイは、フードを深く被り、
エリクサーを懐にしまう。
それだけで、
目的の半分は果たされた。
「……これで」
小さな声。
「……間に合う」
ヤヒロは、ようやく口を開いた。
「……必ず、使おう」
「うん」
短い返事。
それでも、震えはなかった。
ロビーを抜ける前、
ヤチヨが立ち止まる。
「なあ、ヤヒロ」
「?」
「守るってのはな」
一瞬、言葉を探す。
「……逃げじゃねえ。
ちゃんと“選んだ戦い方”だ」
ヤヒロは、静かに頷いた。
「……ああ」
盾を、握り直す。
これは、もう――
使い捨てじゃない。
帰還ポータルの向こう。
地上の空は、
驚くほど、静かだった。
火山灰は、降っていない。
それでも、
彼らの中には、まだ――
熱が残っていた。
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