4章6節
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クリスマス七日前。
雪の降り方が、昨日よりも穏やかだった。
札幌の朝は、白く、静かで、よく整っている。
にもかかわらず――
ツダの頭の中は、まるで吹雪だった。
「……よし。今日からダンジョン、って言ったけどな」
そう前置きしてから、
ツダは三人を見回した。
「ホンゴウから、直接クエストを受けよう」
ヤヒロが眉をひそめる。
「……昨日、非番だったって」
「だからだよ」
ツダは軽く笑った。
「昨日非番だったら、今日はいる可能性が高いだろ」
「ギルドってのはそういうとこだ」
ユイは何も言わない。
ただ、視線だけがツダに向いている。
ヤチヨは腕を組み、少しだけ不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……あんた、休む気ないでしょ」
「あるある」
即答だった。
「ただ、気になる数字を放置できないだけだ」
「これも趣味だと思ってくれ」
札幌ダンジョン・ギルド本部。
受付カウンターの向こうで、
本郷三咲は、いつも通りの姿で立っていた。
少し大きめの制服。
控えめな髪型。
派手さのない、どこにでもいそうな若い職員。
指には――
二連のリング。
ツダは、挨拶もそこそこに、
さりげなくモノクルを押さえた。
――鑑定。
【対象:装備品】
【分類:アクセサリ】
【名称:庇翼の連輪】
【等級:コモン】
【特性:なし】
【スキル:なし】
一瞬。
ツダの呼吸が、止まった。
(……は?)
何度か、瞬きをする。
もう一度、視線を走らせる。
変わらない。
完全に、
ただのコモン装備だった。
「……?」
隣で、ヤヒロも気づく。
「ツダ……?」
「いや……」
ツダは、視線を外しながら言った。
「ちょっと、予想外だ」
本郷は、何も気づいていない。
「えっと……今日は、こちらのクエストが空いてます」
差し出されたのは、討伐依頼。
【討伐対象:イエティ ×10】
【階層:中層・雪原エリア】
【推奨人数:8名以上】
【注意事項:集団行動・連携必須】
ヤチヨが、紙を覗き込む。
「……十体?」
「数だけじゃない」
ツダが続ける。
「イエティは、地形利用と連携が上手い」
「普通なら、二班は必要だ」
ヤヒロは、ゆっくり息を吸った。
「……俺たち、四人だけど」
本郷は、申し訳なさそうに微笑んだ。
「で、でも……最近、この辺りの達成率、ちょっと良くて……」
その言葉に、ツダの視線が、無意識に“指輪”へ向く。
ツダは、咳払いをひとつ。
「――受けよう」
「え?」
「俺たちで、行く」
本郷は、少し驚いた顔をしたあと、すぐに頷いた。
「わ、わかりました!それでは、転移準備を――」
転移待機室。
防寒装備を整えながら、
ツダは低い声で言った。
「……おかしい」
「だろうな」
ヤチヨが即答する。
「どう考えても、あの子、“何も持ってない”って感じじゃない?」
ユイが、短くまとめる。
「……鑑定、信用できない」
ツダは、指を立てた。
「仮説がある。整理させてくれ」
一つ。
「俺のモノクルと同じで、偽装されてるパターン」
ヤチヨが肩をすくめる。
「でも、あれはあんたが意図的にやってた」
「そう。本人が無自覚っぽいのが引っかかる」
二つ。
「使い捨てる盾みたいに、成長型の装備」
ヤヒロが、ゆっくり頷く。
「……最初は、ただのゴミだった」
「あり得る。だが、それならそれなりの反応が出るはずだ」
三つ。
ツダは、少しだけ言葉を選んだ。
「非覚醒のレジェンダリー」
沈黙。
ユイが、小さく息を吸う。
「……本命」
「ああ」
ツダは、モノクルを外した。
「力が働いてるのに、本人は自覚していない。それが、一番厄介だ」
ヤヒロは、拳を握った。
「……だから、成功率だけが上がる」
「そう」
ツダは、淡々と続ける。
「“助けたい”って気持ちだけを、世界にばら撒いてる」
四つ。
ツダが顔を顰めて言った。
「本当にたまたま彼女の運がいいだけってこともある」
「……装備は関係ない?」
ユイが納得できない顔で言う。
「そうだ。数字からして、あまりにも非現実的ではあるがな」
最後に。
「その他」
ヤチヨが笑った。
「つまり、“まだ何が起きるかわからない”」
「その通り」
ツダは、短く言った。
「だから――実地で確かめる」
ダンジョン内に転移した。
事前にもらった地図を使い、最短ルートで低層を抜けると、
札幌ダンジョンの中層は雪原だった。
視界は白。
音は、吸われる。
イエティの群れは、すぐに現れた。
大柄な影が、木々の間を動く。
唸り声。
雪を踏みしめる重たい足音。
「……囲まれる」
ヤヒロが盾を構え、前に出る。
「来るぞ」
最初の突進。
――重い。
イエティの腕が、
盾に叩きつけられる。
だが。
「……?」
ヤヒロは、違和感を覚えた。
衝撃が、
想定より軽い。
「押せる!」
ヤチヨが横から斬り込む。
本来なら、
二体目が援護に入るはずのタイミング。
だが、来ない。
別のイエティが、
なぜか足を止めている。
「……迷ってる?」
ユイの矢が、
的確に関節を射抜く。
一体、倒れる。
二体目。
三体目。
連携が、崩れている。
ツダは、後方から全体を見ていた。
(……おかしい)
イエティは、本来ならもっと狡猾だ。
囲む。
崩す。
引きずり込む。
だが、今日は。
「……助け合ってない」
ツダは、確信する。
「こいつら、うまくいかない前提で動いてる」
十体。
時間はかかったが、
誰一人、致命傷を負わず。
最後の一体が、雪に沈んだ。
静寂。
吐く息が、白く揺れる。
ヤヒロが、ゆっくり盾を下ろした。
「……楽、だった」
「本来なら、誰か一人は危ない場面に持っていかれてた」
ヤチヨが舌打ちする。
「クソ……」
「強くなった、って感じじゃない」
ユイが、ぽつりと言った。
「……運が、良すぎる」
ツダは、遠くを見る。
そして、確信する。
(戦ってないのに、勝っている)
(何かが、負ける未来をずらしている感覚だ)
視線の先。
転移門の向こうで、
本郷三咲が、少し緊張した顔で待っていた。
指のリングが、
淡く光ったような気がした。
誰も、それを口には出さなかった。
だが――
全員が、同じことを考えていた。
このクエストは、
難しかったから成功したのではない。
成功するように、世界が動いていた。
それが、何よりも、怖かった。
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