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死に戻りが許されるダンジョンでは、バトルロワイアルが日常です。  作者: 昼ライス
4章:北海道ダンジョン編

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4章5節

毎日17:30投稿

休みだと言ったはずだった。


それでもツダは、いつも通りの顔で札幌ダンジョン併設ギルドの裏口をくぐっていた。

観光客で賑わう表側とは違い、職員用通路は静かで、暖房の効いた空気が少し乾いている。


端末室。

データ閲覧専用の区画。


薄暗い室内に、モニターの光だけが並んでいた。


「……ねぇ」


背後から、低い声。


「……休むって言った」


ユイだった。

フードを被ったまま、壁際に立っている。


「言った言った」


ツダは軽く手を振り、椅子に腰を下ろした。


「だから“軽く見るだけ”。五分」


「……五分で済んだことない」


「ないねぇ」


笑いながら、ログイン認証を通す。


画面に、札幌ダンジョンの統計データが表示された。


討伐数。

帰還率。

クエスト成功率。

負傷率。

死亡率。


どれも、異常値ではない。


――表面上は。


ツダは指を滑らせ、期間を絞った。


過去二年分。


ある一点を境に、グラフの傾きが変わる。


「あ? ここって……」


小さく呟く。


ユイが、画面を覗き込んだ。


「……なに?」


「クエスト成功率」


ツダは、数値を拡大した。


「新人比率が上がってるのに、失敗率が下がってる」


「……それ、いいこと」


「普通はな」


ツダは頬を掻いた。


「でもな、ユイ。ダンジョンってのは、慣れと経験で安定する場所だ」

「新人が増えれば、事故も増える」


次の画面を開く。


「なのに、ここ」


負傷率も下がっている。


さらに。


「死亡率は……ほぼ横ばい。悪化してない」


ユイは黙ったまま、数字を見ている。


「おかしいんだよ」


ツダの声から、冗談の色が消えていく。


「誰かが化け物みたいに強くなったなら、分かる」

「装備環境が激変したなら、分かる」

「でも、そういうログは一切ない」


装備ドロップ率。

レア排出率。

エピック出現履歴。


すべて、平常。


「なのに、全体が少しずつ良くなってる」


ユイが、ぽつりと言った。


「……空気、みたい」


「そう」


ツダは、椅子にもたれた。


「誰かが前に出て引っ張ってる感じじゃない」

「誰かが守ってる感じでもない」


もう一つ、データを呼び出す。


クエスト担当者別・成功率。


名前の一覧が並ぶ中で――


一つだけ、綺麗すぎる線があった。


「……あ」


ユイの声が、わずかに上ずる。


本郷三咲。


彼女が担当したクエストの成功率は、

ほぼ百パーセントに近い。


討伐失敗もトラブル発生率も、極小。


「非戦闘員だぞ」


ツダが、低く言った。


「現場に出ない。装備も持たない。指示を出すわけでもない」


それなのに。


「『彼女が窓口だった』ってだけで、この数字」


ユイは、何も言わない。


ツダは、ゆっくりと息を吐いた。


「派手な事件はない。誰も狂ってない。血も流れてない」


だからこそ。


ユイが言葉を引き継ぐ。


「……見逃される」


画面に映る、本郷三咲の名前。


写真は、どこにでもいそうな若い女性。

少し緊張した笑顔。


「これが、もし暴走だったら、簡単だった」


ツダは苦笑した。


「でもこれは……」


指で、グラフのなだらかな曲線をなぞる。


「世界が、彼女に好意的になる現象だ」


ユイが、静かに言う。


「……本人は、知らない」


「だろうな」


ツダは、モノクルを外し、机に置いた。


「だから、厄介だ」


知識欲が、胸の奥で疼く。


これは武器なのか。

それとも――概念か。


「……ツダ」


ユイの声が、少しだけ強くなる。


「……深入り、ダメ」


ツダは、肩をすくめた。


「分かってる。今日は見るだけだ」


そう言いながら、

彼はもう一度、データを保存した。


端末室を出たあとも、

ツダの足は止まらなかった。


「ちょっと、窓口見てくる」


「……休みのはずでは?」


ユイの問いに、ツダは振り返らない。


「休みだからだよ。直接、見たい」


ギルドの表側。

クエスト受注窓口は、昼過ぎでも人が多い。


冒険者。

補給に来た職員。

雑談混じりの声。


ツダは、その奥――

受付カウンターのネームプレートを探した。


本郷三咲。


――ない。


代わりに立っているのは、別の職員だった。


「すみません」


ツダは、軽い調子で声をかける。


「本郷さん、今日は?」


職員は、端末を確認してから答えた。


「ああ、本郷さん? 今日は非番ですよ」


「……非番」


思わず、声が低くなる。


「はい。昨日も出てましたし、たまには休めって」


職員は笑っていた。


「真面目な子なんで、休みでも来ちゃうこと多いんですけどね」

「今日は珍しく、ちゃんと休んでます」


「……そうですか」


それ以上、聞けなかった。


ツダは軽く会釈して、窓口から離れる。


数歩。

それだけで、胸の奥がざらついた。


「……逃げられたわけじゃない」


誰にともなく、呟く。


「ちゃんと、休んでるだけだ」


分かっている。

分かっているからこそ――

悔しい。


データは揃っている。異常は掴んだ。


なのに、本人にだけは触れられない。


ユイが、少し遅れて隣に立つ。


「……会えなかった」


「うん」


ツダは、苦笑した。


「俺さ。こういうの、いちばん嫌いなんだ」


「……なにが?」


「手応えだけあって、核心が掴めないやつ」


モノクル越しでは見えない異常。

数字にしか出ない歪み。


「しかも相手は、何もしてない可能性が高い」


ユイは、静かに言う。


「……だから、余計に」


「そう」


ツダは、窓口の喧騒を背にして踵を返した。


「壊れてないものほど、壊れるときは派手だ」


その言葉は、どこか自分自身にも向いていた。


今日、彼は何も得られなかった。


ただ確信だけが、ひとつ増えた。


本郷三咲は、

この札幌で起きている“静かな異常”の中心にいる。


本人が、それを望んでいなくても。

いつもありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、

★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。


本作は毎日更新中です。

明日もお待ちしています。

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