4章2節
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前日。
店内は、やけに賑やかだった。
平日の夜。
それでも、忘年会シーズンに入った街の居酒屋は、
どの卓も声が大きく、笑いが多い。
ヤヒロは、暖簾をくぐった瞬間、
その熱気に少しだけ肩をすくめた。
「……うるさいな」
「今さらだろ」
ヤチヨが先に座りながら、軽く返す。
コートを脱ぎ、椅子の背に掛ける仕草は、どこか慣れていた。
ユイ――市川有加利は無言で、壁際の席に収まった。
外套を畳み、膝に置く。
人の多さは苦手だが、
ここにいること自体に、異論はないらしい。
遅れて、ツダ――津田宗吾が来た。
「悪い悪い、待たせたな」
コートのまま手を振り、適当に空いた椅子を引く。
「仕事?」
ヤヒロが聞く。
「仕事」
即答だった。
全員が揃うと、
とりあえずの注文が入り、
グラスが並ぶ。
乾杯も、特別な言葉もない。
ただ、それぞれが飲み、食べ始める。
しばらくは、本当に他愛もない話だった。
ヤチヨが、
「最近、鍋多すぎだろ」と文句を言い。
ツダが、
「冬なんだから仕方ないだろ」と返し。
ユイが、
「……魚は、ここのがいい」と一言だけ挟む。
その空気が、
一段落した頃だった。
ツダが、箸を置いた。
「で」
一言。
それだけで、空気が変わる。
「再来週な」
ヤヒロは、視線を上げる。
「……何かある?」
「北海道」
短く、そう言った。
一瞬、誰も言葉を挟まなかった。
店内の喧騒が、
妙に遠く感じられる。
「……仕事?」
ユイが、低く聞く。
「仕事っちゃ仕事」
ツダは、苦笑した。
「正確には、俺個人からの依頼だな。
だから、正式じゃない」
「公安としての?」
「まあ、その辺」
濁す言い方。
ヤチヨが、グラスを回しながら言った。
「ダンジョン?」
「ダンジョン」
即答。
「時期、最悪じゃね?」
「最悪だな」
ツダは認めた。
「雪だし、寒いし、クリスマス前だし」
ヤヒロは、
その言葉に、わずかに眉を動かす。
「……前?」
「そう。
出発は、クリスマスの1週間前」
その瞬間、
全員が、なんとなく理解した。
この話は、今決めておかないといけない。
「内容は?」
ヤヒロが聞く。
ツダは、少しだけ言葉を選んだ。
「調査。それと、確認」
「……また回収じゃない?」
ヤチヨが問う。
「今回は、違う」
「……珍しい」
「だろ?」
ツダは、グラスを傾ける。
「北海道だけ、妙に空白なんだよ」
その言い方に、ユイが反応した。
「……何が?」
「レジェンダリーの痕跡」
はっきり言った。
「出てない。正確には、“出てこなさすぎる”」
スマホの画面を軽く操作し、地図を思い浮かべるように言葉を並べた。
「レジェンダリー装備の出現地点と移動履歴を、日本の七地方区分に重ねていくと――きれいに整理できる」
「まず、関東」
「――暴食。ヤヒロの《使い捨てる盾》」
ヤヒロは無言で頷く。
「次、東北」
「――怠惰。《微睡の弓》」
「これはもう確定だ。発見地点も、初期の活動記録も東北に集中してる」
ユイは何も言わないが、否定もしない。
「中部」
ツダは一拍置く。
「――傲慢。《虎嘯大曲剣》」
「富士ダンジョン産。これも動かない」
ヤチヨが小さく息を吐いた。
自分の武器の名を聞いても、表情は変えない。
「で、ここが少しややこしい」
ツダは指を横に滑らせる。
「中国地方と四国」
「この二つは、ひとまとめで扱った方が辻褄が合う」
「……まとめて?」
ヤヒロが尋ねる。
「そう。地理的にも、ダンジョン発生時の物流ルート的にもな」
「ここから出たのが――」
ツダははっきりと言った。
「――嫉妬。《魅了する刺剣》」
ユイが、ほんのわずかに眉を寄せる。
「中国・四国で最初に確認されて、その後、所有者を転々としながら南下」
「最終的に沖縄に流れ着いた」
沖縄での惨状が、脳裏をよぎる。
「つまり――」
「移動するレジェンダリーは、これだけだ」
「嫉妬らしいだろ?」
ツダは、乾いた笑みを浮かべた。
ヤヒロは、
胸の奥が、僅かにざわつくのを感じた。
沖縄のことが、
否応なく思い出される。
「だが、北海道だけ、最初から何も出てこない」
「ダンジョンの規模はある。発生時期も同じ」
「なのに、レジェンダリー級の異常反応が、初期から今まで一切ない」
「……隠されてる?」
ユイが短く言う。
「可能性は高い」
ツダは即答した。
「ダンジョン関連で大きな事件は?」
「今のところ、なし」
「……なら、なおさら変」
ユイの声は静かだった。
ツダは、頷く。
「だから、調べる」
「俺たちで?」
「俺たちで」
ヤチヨが、鼻で笑った。
「また、面倒な役回りだな」
「否定はしない」
ツダは、真顔になる。
「でもな」
少し、声を落とす。
「今回は、急がない。壊しもしない」
「もし所有者が見つかっても、場合によっては取り上げもしない」
「……じゃあ、何するの?」
ヤヒロが聞く。
ツダは、視線を巡らせ、
三人を見た。
「様子を見る」
その言葉が、妙に重く落ちた。
「だから」
ツダは、グラスを持ち上げる。
「今夜は、飲め」
「北海道の話は、これ以上しない」
「決めるのは、帰ってからでいい」
少しだけ、笑う。
「せっかくの、クリスマス前だろ?」
誰も、すぐには答えなかった。
だが――
誰も、断るとも言わなかった。
外では、
冷たい風が吹いている。
街は、
もうすぐ来る“特別な日”の準備を、
着々と進めていた。
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