表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻りが許されるダンジョンでは、バトルロワイアルが日常です。  作者: 昼ライス
4章:北海道ダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/128

4章1節

毎日17:30投稿

冬の匂いが、街に混じり始めていた。


吐く息が白くなるほどではない。

だが、指先がかじかみ、夜になると自然と肩がすぼまる。

そんな、はっきりしない寒さ。


駅前の広場では、木々に電飾が巻かれ始めていた。

まだ全部は点いていない。

中途半端な光が、夕暮れの空に浮いている。


――もうすぐ、クリスマスか。


ヤヒロ――曳舟八紘は、ぼんやりとそれを見上げながら歩いていた。


沖縄から戻って、数か月。

時間は確かに流れたはずなのに、胸の奥だけが、どこか置いていかれたままだ。


守れなかったもの。

守ろうとして、否定された戦場。

そして、あのときの自分の判断。


考えないようにしても、

ふとした瞬間に、引き戻される。


「……相変わらず、難しい顔してるね」


隣から声がした。


ヤチヨ――成田八千代だった。

冬物のコートに身を包み、両手をポケットに突っ込んでいる。


「そんなつもりは……」


「あるある。自覚ないやつ」


即座に切られた。


ヤチヨは立ち止まり、ヤヒロの正面に回り込む。

街灯の光を受けて、少しだけ柔らかい表情をしていた。


「沖縄のあとさ。ずっと、そんな感じ」


責める口調ではない。

事実をそのまま置いただけの声。


ヤヒロは、視線を逸らした。


「……平気です」


「うん。そう言うと思った」


ヤチヨは、あっさり頷いたあと、

くるりと踵を返し、駅前広場のほうを指さす。


「ねえ。イルミネーション、見に行かない?」


「……急に?」


「急じゃないよ。もうこの時期だし」


さっきまで見ていた、あの光。

まだ全部は点いていない装飾。


ヤヒロは、一瞬だけ迷った。


――楽しんでいいのか。

――こんな気分で、行っていいのか。


そんな逡巡を、ヤチヨは見逃さない。


「無理に笑え、とは言わない」


そう言って、少しだけ声を落とす。


「たださ。光の中に立ってると、『今ここにいる』って実感できるから」


それは、どこか自分に言い聞かせるような言葉だった。


ヤヒロは、ゆっくりと息を吐いた。


「……少しだけ、なら」


「よし」


即答だった。


ヤチヨは、歩き出す。

人混みのほうへ。

光の集まるほうへ。


ヤヒロは、その背中を追いながら思う。


守ることを選び続けた自分は、

いつの間にか、

何も守らなくていい時間に、立ち尽くすのが下手になっていたのだと。


それでも――


冬は、確実に来ている。

街は、変わらず光ろうとしている。


そして今夜だけは、

その中に、足を踏み入れてもいいのかもしれない。


そんな予感とともに、

ヤヒロはイルミネーションの明かりへと歩き出した。


イルミネーションは、思っていたよりも静かだった。

人は多い。だが、皆どこか声を潜めている。

光の下では、大きな音が似合わないことを、無意識に理解しているかのようだった。


白と青を基調にした光が、木々を縁取っている。

瞬くたび、影が揺れる。

まるで、夜そのものが呼吸しているようだ。


ヤヒロとヤチヨは、並んで歩いていた。

肩が触れそうで、触れない距離。


「……綺麗だね」


ヤチヨが言った。


「そうですね」


それだけのやり取り。

だが、ヤヒロはそれ以上の言葉を探せなかった。


しばらく歩いて、

人通りの少ないベンチの前で、ヤチヨが足を止める。


「座ろっか」


二人で腰を下ろす。

冷たいはずのベンチが、コート越しにはそれほどでもない。


沈黙。


イルミネーションの光が、二人の影を重ねたり、離したりする。


「あのさ」


ヤチヨが、前を向いたまま言った。


「沖縄のあとさ……」


ヤヒロの背筋が、わずかに固くなる。


「無理に聞くつもりはないんだけど」


そこで一度、言葉を切る。


「……あんた、自分を責めすぎ」


ヤヒロは、返事をしなかった。


否定も、肯定もできない。


「守ろうとして、動いた。

 結果がどうであれ、それは事実でしょ」


「でも……」


思わず、声が漏れた。


「結果として、最悪でした」


守ろうとした相手は、救えなかった。


「力が足りなかった」

「判断が遅かった」

「そもそも、守るなんて幻想だった」


言葉にしなくても、

ヤチヨには伝わっているのだろう。


「……うん」


意外なほど、あっさり頷いた。


「それは、否定しない」


ヤヒロが、顔を上げる。


「足りなかったし、遅かったし、幻想でもあった」


はっきりと言い切る。


「でもさ」


ヤチヨは、ゆっくりとヤヒロを見る。


「だからって、“守ろうとしたこと”まで、なかったことにしなくていい」


その目は、柔らかい。

戦場で見せる、傲慢な光はない。


「私はね」


ヤチヨは、指先で自分の手袋をつまんだ。


「力を持ったら、楽になると思ってた」


「全部、力でねじ伏せられるって」


沖縄で見せた、あの姿が一瞬よぎる。


「でも違った」

「力があると、“選ばない”ことができなくなる」


「選ばない、ですか」


「うん」


ヤチヨは、小さく笑った。


「殺さない、止める、見逃す、守る」

「全部、選択でしょ」


「選べるってことは、間違える余地があるってこと」


ヤヒロは、息を飲んだ。


「……あんたは、まだ選ぼうとしてる」


ヤチヨの声は、静かだ。


「それができなくなったら、終わり」


「……俺は」


ヤヒロは、言葉を探す。


「正解が、分からなくなりました」


「分からなくていい」


即答だった。


「正解なんて、最初からない」


ヤチヨは、空を見上げる。

イルミネーションの光が、瞳に映る。


「でもね」


一拍。


「『何を守りたいか』だけは、手放さないで」


ヤヒロの胸に、

ゆっくりと何かが落ちてくる。


重いが、冷たくはない。


「……ヤチヨさん」


思わず、そう呼んでいた。


ヤチヨは、一瞬だけ驚いた顔をして、

すぐに照れたように視線を逸らす。


「やめなさい。今さら」


「すみません」


「謝らなくていい」


少しだけ間があって。


「……嬉しいけど」


その一言が、

ヤヒロの胸の奥を、わずかに温めた。


イルミネーションが、完全に点灯する。

一斉に光が広がり、

夜が、別の顔を見せる。


「冬、嫌いじゃないんです」


ヤヒロが、ぽつりと言った。


「寒いけど……ちゃんと、終わりと始まりがある感じがして」


「うん」


ヤチヨは、静かに頷いた。


「じゃあ、北海道も、悪くないね」


それは、

これから向かう場所の名前。


だが今は、

まだ遠い話のように聞こえた。


二人は、しばらく言葉を交わさず、

ただ光の中に座っていた。


戦場でもなく、

判断もいらない。


ただ、

生きている時間として。



いつもありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、

★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。


本作は毎日更新中です。

明日もお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ