3章45節
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刺剣が、地面に転がっていた。
誰の足元でもない。
誰の手にも届かない、ほんの数歩先。
――それを見た瞬間。
所有者の瞳が、爛々と光った。
(あれさえ……)
(あれさえ戻れば……!)
彼は、這うように前へ出た。
怒号も、群衆のざわめきも、遠い。
世界には――
刺剣しか存在しなかった。
指先が、刃に触れかけた、その刹那。
「――そこまでだ」
低く、落ち着いた声。
影が、刺剣の上に落ちる。
次の瞬間、
刺剣は消えた。
正確には、
拾い上げられていた。
ツダだった。
いつの間にか、そこにいる。
モノクルの奥で、
知識欲に濁った光が、一瞬だけ瞬く。
「……ふむ」
刺剣を一瞥し、
彼は懐へと収めた。
あまりにも自然で、
あまりにも速い動作。
「返せ……!」
所有者が叫び、
立ち上がろうとした、その瞬間。
衝撃。
盾が、視界を覆った。
「――動くな」
ヤヒロだった。
全身で、
所有者を地面に押さえつけている。
殺さない。
折らない。
潰さない。
ただ――
生きたまま、止める。
「離せ……!」
「離せぇぇぇ!!」
暴れる。
喚く。
だが、
盾はびくともしない。
「終わりだ……!」
ヤヒロの声は、震えていた。
「もう……誰も、傷つけさせない……!」
所有者の視線が、
初めて、剣以外を見る。
盾。
その向こうの、人間。
「……なんでだ」
掠れた声。
「なんで……守るんだ……!」
ヤヒロは、答えなかった。
答えは、
行動そのものだった。
ツダが、一歩近づく。
「武器は確保した」
「これ以上の暴発はない」
公安の人間としての声。
冷静で、事務的で――
どこか、満足げな響き。
所有者は、
その言葉を聞いて、静かになった。
抵抗が、止まる。
「……ああ」
小さく、笑う。
「……最悪だ」
次の瞬間だった。
――ぐちり、と鈍い音がした。
ヤヒロは、
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
異変に気づいたのは、
温かい感触が、盾に広がったからだ。
「……っ!?」
所有者の口元から、
血が溢れていた。
歯の隙間から、
赤黒いものが零れ落ちる。
舌だ。
自分で、噛み切った。
「――やめろ!!」
ヤヒロが叫ぶ。
だが、
もう遅い。
所有者の体が、
腕の中で、急速に力を失っていく。
「……はは」
泡立つ血を吐きながら、
所有者は、笑った。
「……奪われるくらいなら……」
「……選ばれないくらいなら……」
視線が、虚空を彷徨う。
「……死んだ方が……マシだ……」
そのまま、
体が崩れ落ちた。
ヤヒロの腕の中から、
命が、消えた。
「……っ」
盾を構えたまま、
ヤヒロは動けなかった。
守ったはずだった。
殺させなかった。
刺させなかった。
それなのに――
救えなかった。
「……くそ……」
喉の奥から、
掠れた声が漏れる。
ツダは、何も言わなかった。
刺剣は、彼の懐にある。
だが、人の命は、そこにはない。
血と怒りと妬みが渦巻いた戦場は、
静かに、沈黙していった。
完全な解決ではない。
――刺剣は、確保された。
――だが、命は守れなかった。
ヤヒロは、
その事実を、盾の重さとして抱え続ける。
守ると決めた。
それでも――
守れないものが、確かに存在する。
それを、
この戦いは、痛いほど突きつけていた。
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