3章38節
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普天間基地正門前。
怒号と悲鳴が、混ざり合って渦を巻く。
だが、その中心には、奇妙な空白があった。
誰もが本能的に、そこを避けている。
理由は単純だ。
――血が落ちている。
米軍兵の肩口から流れた赤が、アスファルトに黒く滲み、
その周囲だけ、時間が止まったように見えた。
刺した本人は、そこにいた。
刺剣の所有者は、剣を下ろし、
あくまで自然体のまま、人波の中に溶け込んでいる。
逃げていない。
隠れてもいない。
むしろ――見せている。
「撃たないのか?」
誰にともなく、低く呟く。
その声は拡声器もマイクも通していない。
それでも、不思議と届く。
米軍兵の盾が、わずかに揺れた。
――撃てない。
――拘束も、難しい。
ダンジョン外。
民間人が密集する現場。
しかも全国中継。
この場で一線を越えれば、
それは「制圧」ではなく「虐殺」と呼ばれる。
その制約を、
刺剣の所有者は完璧に理解していた。
(ここだ)
(ここしか、ない)
彼の胸は、高鳴っていた。
ダンジョン内での称賛とは違う。
これはもっと、生々しい。
国家。
軍。
群衆。
正義と怒りが衝突する場所。
――誰もが、自分を見る。
「ヤヒロ!」
ツダの声が、背後から飛ぶ。
ヤヒロは、すでに前に出ていた。
盾を構え、
市民と米軍の境界線に立つ。
催涙ガスの白煙が、風に流される。
咳き込む声。
怒鳴り声。
泣き声。
そのすべてが、背中に突き刺さる。
(……守る)
ヤヒロは、歯を食いしばった。
この場で守るべきものは、明確だ。
市民。
仲間。
その次に、米軍。
そして――
最後に、あの男を殺さないこと。
盾に、石が当たる。
拳が当たる。
痛みが、腕から肩へ、背中へと広がる。
ダンジョン内なら、無視できた衝撃。
だが今は違う。
身体が、現実に縛られている。
「下がれ!」
ヤヒロは叫ぶ。
だが、誰も従わない。
怒りは、命令を聞かない。
その様子を、
刺剣の所有者は、陶然と眺めていた。
(ああ……)
(これだ)
(守ろうとするほど、綺麗になる)
彼は、剣を強く握り直す。
刃が、微かに震える。
――妬みが、集まっている。
自分を見て、
守られる自分を見て、
憎まれ、羨まれ、恐れられている。
それが、快感だった。
「……ヤチヨ」
ユイが、震える声で呼ぶ。
矢をつがえたまま、動けずにいる。
撃てば止められる。
だが、その一矢が、何を壊すか分からない。
ヤチヨは、一歩踏み出しかけ――止まった。
拳が、白くなるほど握られている。
(ここで終わらせれば……)
(でも、それは……)
彼女の中で、
傲慢が、怒りとせめぎ合っていた。
その瞬間。
遠くで、サイレンが重なり合う。
テレビ中継のカメラが、
一斉にこの場へ向けられる。
刺剣の所有者は、
ゆっくりと両腕を広げた。
「――選ばれたな」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
この戦場は、
偶然ではない。
恐怖と制約が重なり、
誰も踏み込めない場所。
こここそが、
自分が最も輝ける舞台だと。
ヤヒロは、その姿を見て、理解してしまった。
(……ここは)
(守るために用意された戦場じゃない)
(見世物になるための、舞台だ)
盾を構えた腕が、わずかに震える。
それでも、下ろすことはできなかった。
守ると決めたからだ。
たとえ――
その選択が、
誰かの狂気を完成させることになったとしても。
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