3章36節
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沖縄の夜は、いつも静かだった。
昼間の湿気と熱を引きずったまま、
セーフハウスの薄いカーテン越しに、街灯の光が滲んでいる。
ヤヒロは、ベッドに腰掛けたまま、盾を膝に置いていた。
使い捨てる盾。
いや――もはや、その呼び名すら似合わなくなりつつある。
レア以下を拒み、
エピックでなければ満足しない盾。
「……贅沢になったもんだ」
独り言は、誰にも聞かれない。
今日の戦闘を、頭の中でなぞる。
ムカデ型モンスター。
横取りの冒険者。
守る対象を選んだ、あの一瞬。
――間違ってはいない。
そう、理屈では分かっている。
だが同時に、胸の奥に残る違和感も消えなかった。
それを、自分は飲み込めているのか。
答えは、まだ出ない。
一方、同じ夜。
別の部屋で、ツダは一人、机に向かっていた。
モノクル――
《貪識の単眼鏡》。
片目にかけたまま、
机に並べられた資料と、タブレットを何度も往復している。
沖縄ダンジョンの地形ログ。
最近発生した強盗事件の時系列。
嫉妬の刺剣に関する、断片的な目撃証言。
ツダの指は止まらない。
だが――楽しそうだった。
モノクル越しに見える数値が、微かに揺れる。
弱点看破。
鑑定。
解析。
本来なら、事実を淡々と並べるための能力だ。
だが今のツダは――
そこに“物語”を見出そうとしていた。
思考が、破壊寄りに傾いている。
――気づいている。
気づいてはいるが、
止める理由が見当たらない。
「知りたい」
ただ、それだけだった。
嫉妬の刺剣。
まだ手元にはない。
だが、その“性質”が、すでに周囲を汚染している。
ならば――
「……俺が、一番近くで見ておくべきだろ」
理屈は完璧だ。
問題は、
その理屈に、どれほどの欲が混ざっているか。
ツダは、深く息を吐いた。
同じ頃。
ユイは、弓の弦を張り替えながら、ヤチヨを盗み見ていた。
ヤチヨは、壁に背を預け、目を閉じている。
だが、眠ってはいない。
分かる。
呼吸が、戦闘時と同じだ。
「……ヤチヨ」
声をかけると、彼女は目を開けた。
「なに」
「……この前のこと……」
言葉を探す。
「……あたし、動けなかった」
ユイは正直に言った。
「ヤヒロは前に、
ツダは全体を見てて、
でも……あたしは、矢を番えるだけだった」
ヤチヨは、少しだけ眉をひそめる。
「それで?」
「……悔しい」
短い言葉だった。
ヤチヨは、しばらく黙ってから、鼻で笑う。
「贅沢言ってんじゃないわよ」
乱暴だが、どこか優しい声音。
「動けなかったのは、
あんたが“動かなくてよかった”からでしょ」
ユイは、はっとする。
「ヤヒロが、仕事をしていた」
「……」
「だから、悔しがるのはいい。
でも、それを否定しちゃダメ」
ヤチヨは、拳を握る。
「……あたしは」
言いかけて、止めた。
その先を言えば、
自分の“傲慢”を認めることになる。
ユイは、何も言わなかった。
ただ、弓を抱きしめる。
それぞれが、違う後悔を抱えていた。
翌朝。
四人は、同じテーブルについた。
ツダが、簡潔に状況を共有する。
「刺剣の所有者、次に動くとしたら――ダンジョン外だ」
ヤヒロが頷く。
「より多くに見せるため、か」
「そうだ。今回は、目立つ」
ヤチヨが口角を上げる。
「なら、分かりやすいわね」
ユイは、静かに言った。
「……でも、次は」
全員が、視線を向ける。
「次は、守るだけじゃ足りないかもしれない」
その言葉に、否定はなかった。
ヤヒロは、盾を立てる。
「だからこそ――選ぶ」
誰を守るか。
何を捨てるか。
そして、
どこまで踏み込むか。
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