3章33節
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セーフハウスは、沖縄ダンジョン外縁部に設けられた旧研究施設を転用したものだった。
厚いコンクリート壁。
外界からの音はほとんど遮断され、代わりに空調の低い唸りだけが響いている。
戦闘の直後に訪れる、あの静寂。
ヤヒロは、盾を床に立てかけた。
使い捨てる盾。
一見すれば、何も変わっていない。
金属表面に走る傷も、歪みも、前と同じ。
だが、確かに違う。
近づくと、空気が重い。
「落ち着かないな」
ユイが、包帯を巻き終えた肩をさすりながら言う。
「……盾、怒ってるみたい」
ヤヒロは苦笑する。
「俺も、そんな気がする」
ヤチヨは壁にもたれ、腕を組んでいた。
「盾が怒るか」
鼻で笑う。
「ようやく意思を持ち始めたってところでしょうね」
ツダは、黙って機材を展開していた。
詳細鑑定用の祭壇。
ダンジョン産アーティファクトに対する測定装置。
だが、その手つきが――いつもより、速い。
「ツダ」
ヤヒロが声をかける。
「……休まなくていいのか」
ツダは、一瞬だけ動きを止めた。
「問題ない」
即答。
「むしろ、今じゃないと駄目だ」
視線は盾に固定されたまま。
「今の挙動……記録しておかないと、二度と再現できない」
ヤチヨが、眉をひそめる。
「義務か」
「執着だ」
ツダは言い切った。
空気が、少し冷える。
ユイが、間に入るように声を出す。
「……盾の話、だよね?」
ツダは、ようやく顔を上げる。
「ああ」
そして、盾に手をかざす。
「まず確認する」
淡々と。
「今回の強化は、スキル追加ではない」
ヤヒロの胸が、少し沈む。
だが、次の言葉で引き上げられた。
「おそらく、等級変動の“前段階”だ」
装置が起動し、光が盾を包む。
数値が、次々に流れる。
耐久値。
防御効率。
反応速度。
そして――
「……え?」
ユイが、小さく声を漏らす。
表示された魔素数値は、通常のレア装備の範囲を、遥かに超えていた。
「おい」
ヤチヨが、前に出る。
「レアってレベルじゃないでしょ、これ」
ツダは、唇を噛む。
「そうだ」
一拍。
「だが、まだ“エピック”ではない」
ヤヒロが問う。
「どういうことだ」
ツダは、慎重に言葉を選ぶ。
「大事なのは、コイツが“使い捨てる盾”だってことだ」
全員が頷く。
「わかっている範囲では、吸収対象は、原則レア装備以上」
「で?」
「問題は、その“満足度”だ」
ツダは、装置を操作し、別のグラフを表示する。
「レア等級でも、特性・スキルを持たない個体」
「――吸収反応が、鈍い」
ユイが、目を見開く。
「え……吸収しない、ってこと?」
「正確には」
ツダは、静かに言う。
「吸収はする。だが、成長に寄与しない」
ヤチヨが、舌打ちする。
「贅沢になったな」
「そうだ」
ツダは、はっきり認めた。
「盾が、選り好みを始めている」
ヤヒロは、盾を見る。
思い当たる節があった。
中層に入ってから、吸収後の“手応え”が薄い装備が、確かにあった。
「そして」
声が、少しだけ熱を帯びる。
「今回、一定量の“価値あるレア”を吸収した」
装置が、警告音を鳴らす。
数値が、揺れる。
「臨界点に、到達しかけている」
ヤヒロの喉が、鳴る。
「……エピックに、届くか」
「そのうち、もうすぐにな」
ツダは言う。
「今はまだ、“自称レア”だ」
ユイが、くすっと笑う。
「……盾、グルメだね」
ヤヒロも、少しだけ笑った。
だが、ツダは笑わない。
「笑い事じゃない」
低い声。
「“価値”の判断基準が、盾の中で再定義され始めている」
ヤチヨが、鋭く見る。
「それが、さっきの戦闘か」
「そうだ」
ツダは、断言する。
「攻撃対象の干渉――あれは、偶然じゃない」
ヤヒロは、思い出す。
刃の軌道が、ずれた瞬間。
「……俺が、選んだ」
そう呟く。
ツダは、首を振る。
「違う」
全員が、彼を見る。
「正確には」
ツダは、言葉を切る。
「盾が、“お前の迷い”を材料にして食ったんだ」
静寂。
「守る対象を即断できなかった」
「だから、盾が補完した」
「お前の中にある優先順位を、勝手に」
ヤヒロの背中に、冷たい汗が走る。
「それって……」
ユイが、不安げに言う。
「盾が、ヤヒロの心を読んでるってこと?」
「否定できない」
ツダは、即答した。
「レジェンダリー装備は、いずれも使用者の精神に影響を与える」
「なら、その逆があっても不思議じゃない」
ヤチヨが、腕を組み直す。
「ますます、面白い」
だが、その目は笑っていない。
「制御できるのか?」
ツダは、盾から目を離さずに言う。
「だから、静の時間が必要だ」
「吸収を止める」
「数を重ねない」
「価値の測定を、こちらがやる」
ヤヒロは、拳を握る。
「……俺は」
言いかけて、止める。
何を言うべきか、分からない。
ツダが、静かに続ける。
「ヤヒロ」
「この盾は、もう“全部を守る盾”じゃない」
「選ぶ盾だ」
重い言葉。
「お前が選ばなければ」
「盾が選ぶ」
その意味が、胸に刺さる。
ユイが、そっと言う。
「……なら」
「……ヤヒロが選んで」
ヤヒロは、顔を上げる。
「間違えても?」
ユイは、少し考えてから答えた。
「……間違えたら……一緒に後悔しよう」
ヤチヨが、鼻で笑う。
「甘いな」
だが、続けた。
「悪くない」
ツダは、何も言わない。
ただ、盾に触れる。
その指先が、わずかに震えていた。
――エピック。
その一線を越えれば、戻れない。
ツダは、それを誰よりも知っている。
だからこそ。
「……次の動きは、慎重にいく」
低く、呟いた。
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