3章32節
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ダンジョン中層・第七区画。
かつては採掘用として使われていたらしい広間は、今や完全に“戦闘用”に作り変えられていた。
天井は高く、柱は等間隔。
遮蔽物はあるが、身を隠すには心許ない。
そして何より――
「……盾殺し、だな」
ヤヒロは、足を止めて呟いた。
床一面に刻まれた魔法陣。
赤と黒の複合紋様が、薄く脈打っている。
ツダが、少し後ろから声を出す。
「攻撃対象の固定を無効化する構造だ。加えて、被弾量に比例して発動率が上がる反射系の罠」
モノクル越しに、陣をなぞる。
「正面から受け続ける盾役ほど、早く詰む」
ヤヒロは盾を構え直す。
「……嫌な設計だな」
「最近増えてる」
ツダの声は淡々としている。
「“守る前提”を崩すための配置だ」
ユイが、弓を握る指に力を込める。
「じゃあ、どうするの」
ヤチヨが一歩前に出る。
「壊す。速攻で」
短く、断言。
「盾が耐える前提で戦うから詰む。前に出て、叩き潰す」
ヤヒロは一瞬、言葉を失う。
それは――
合理的だ。
だが。
「それだと……」
口を開きかけて、止まる。
(守れない)
その言葉が、喉に引っかかる。
ツダが視線を向ける。
「言っていい」
促すように。
ヤヒロは、息を吸う。
「それだと、誰かが被弾する」
ユイか。
自分か。
あるいは、全員か。
ヤチヨは振り返らない。
「被弾しない戦場なんて、ない」
低い声。
「だったら、早く終わらせる」
そのときだった。
魔法陣が、一斉に明滅する。
――来る。
ヤヒロは、即座に盾を前に出した。
だが、次の瞬間。
視界の端で、空気が歪む。
「っ!」
床から、無数の刃が噴き出した。
ランダム。
無差別。
狙いは――全員。
「ユイ!」
叫ぶ。
盾を振るが、刃は“攻撃対象”を固定していない。
盾の前を、すり抜ける。
ヤチヨが踏み込む。
「チッ!」
剣閃が走り、刃を叩き落とす。
だが、その間に別方向から刃。
ユイが後退しながら矢を放つ。
「……っ!」
一瞬、遅れた。
刃が、ユイの肩を掠める。
血が、飛ぶ。
「ユイ!」
ヤヒロは、盾を突き出した。
その瞬間。
――重い。
盾が、異様な抵抗を示した。
魔法陣が、反応する。
被弾量増加。
反射率上昇。
「くっ……!」
盾に走る衝撃が、腕を痺れさせる。
ツダが叫ぶ。
「受けすぎるな!このままだと――」
分かっている。
だが、他にどうすればいい。
ヤチヨが、前に出る。
「下がれ、ヤヒロ!」
その背中が、刃に晒される。
「ヤチヨ!」
盾を向けようとするが、刃は既に別方向へ。
――選べ。
ツダの言葉が、脳裏をよぎる。
全部は無理だ。
守る対象を。
「……っ!」
ヤヒロは、盾を振る。
だが、向けた先は――ヤチヨではなかった。
ユイ。
次の刃の軌道を読み、盾をずらす。
瞬間。
刃の進路が、歪んだ。
「……え?」
ユイの声。
刃は、盾に吸い寄せられるように軌道を変え、激突した。
衝撃。
反射。
床の魔法陣が、ひび割れる。
「なに……今の」
ヤヒロ自身も、驚いていた。
今までとは、違う。
ただ受けたのではない。
“向きを変えた”。
ツダの目が、見開かれる。
「……攻撃対象の干渉」
呟き。
「盾が、判断を受け取った……?」
ヤチヨが、振り返る。
「今の、意図的か」
「……分からない」
正直な答えだった。
だが。
「もう一度、やる」
ヤヒロは、踏み出す。
次の刃が、ヤチヨに向かう。
盾を構える。
だが、真正面ではない。
ほんの僅か、角度をつける。
「……!」
刃が、軌道を変える。
ヤヒロの盾へ。
衝撃。
反射。
刃は砕け、床に散る。
魔法陣の光が、明らかに弱まった。
「……は」
ヤチヨが、短く笑う。
「やっと、盾らしくなったじゃないか」
ユイが、息を整えながら言う。
「全部を守るんじゃない……」
「守る“順番”を決めてる」
ツダは、確信を帯びた声で言った。
「盾が、選択を覚え始めてる」
ヤヒロは、歯を食いしばる。
守れなかったもの。
守れなかった命。
それらが、盾の奥に沈んでいく感覚。
だが同時に――
「……俺は、迷っていい」
呟く。
「でも、決める」
盾が、重く脈打つ。
魔法陣が、完全に沈黙した。
敵影、消失。
戦闘終了。
静寂。
ユイが、肩を押さえながら笑う。
「……死ぬかと思った」
「ごめん」
ヤヒロが言う。
「でも……助けた」
ヤチヨが剣を収める。
「助け“た”な」
一拍。
「全員は無理でも」
ツダが、ゆっくりと近づく。
盾を、じっと見る。
「鑑定結果は後だが……」
低く。
「これはもう、レアの挙動じゃない」
ヤヒロの胸が、ざわつく。
「……エピック?」
「限りなく近い」
ツダは、断言する。
「吸収だけの盾が、“選択”を覚えた」
モノクルの奥で、目が光る。
「これは、強化じゃない」
一歩、踏み出す。
「進化だ」
ヤヒロは、盾を見下ろす。
まだ、完全じゃない。
守れなかったものは、消えない。
だが――
「次は、もっと難しい」
ツダの声。
「選ばなければならない戦場が、来る」
ヤヒロは、盾を握り締める。
「……来い」
静は、終わった。
ここから先は、
“選ぶ盾”が試される。
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