DAY73 不在の中心と敗者の窓辺
陽の光が上から注がれる。
一馬と朱華の戦いから数時間が経った。
朱華は一馬に鎖骨を折られていて、
左腕はしっかり固定されている。
朱華はガレッジの一室、
窓際に立って外を眺めている。
部屋の扉が開く音が聞こえ近づく足音…
六花「朱華様…」
朱華「……」
朱華は返事をしない。
六花と葵が朱華を見つめ黙りこむ。
絶対強者の自尊心を挫かれた朱華の姿を見て、
二人は痛々しくて言葉を詰まらせる。
少し大きめの足跡が聞こえ、部屋の扉が開く。
黒羽「朱華…客を連れてきた」
朱華が視線を黒羽に向ける。
視線の先に黒羽と隼人が立っている。
朱華「……勝負ならアンタの勝ちだ…約束だ、生かしてやる。ついでに、なんでも持って勝手に出ていけ。」
隼人「朱華さん、その条件の事で少し話があるんだけど…。」
朱華が隼人を睨みつける。
隼人は少しバツの悪そうな顔をし微笑む。
朱華「…言ってみろ。」
朱華は渋々だが、話に耳を傾ける姿勢を示す。
隼人「仲間にならないかな?僕達?」
朱華「はあ?」
六花「なッ?何を…」
葵は思わず笑顔になる。
朱華が立ち上がり、隼人に近づいていく。
朱華「おい!もう一度言ってみろ?」
隼人「元々の条件とは違うのはわかっているよ。でもこの提案は”一馬”君の提案なんだよ。」
朱華「あっ?かずま?………!?」
朱華は今にでも、
隼人の喉元に噛みつきそうな殺気を放つ。
しかしその殺気を葵は割って入った。
葵「朱華姉ーいいでしょ?一馬だよ。私と黒羽を狂乱の血死潮で助けてくれた人。」
六花「ちょっ…あおいっ…」
朱華に腕を取り、葵は嘆願する。
朱華「……!?あの男か?お前達が言っていた仲間に入れたい人間…ほぼ単騎討伐をした男…あいつが…か。」
朱華は押し黙り考え込む。
張り詰めた沈黙に皆が静観する。
朱華「黒羽…本当か?」
黒羽「ああ、気に入らないが本当の話だ。」
朱華は葵の話を、
尾ひれのついた話だと、冗談半分で聞いていた。
葵は戦闘においては無力に等しいので、
能力を過大評価しているに過ぎないと…。
朱華は葵の頭に手を置き優しく撫でる。
朱華「あいつは?なぜ、直接交渉にこない…。」
隼人が苦笑いしながら朱華に笑いかける。
実際には、疲れて爆睡しているだけだった。
それでも隼人は、
一馬の意識はまだ戻っていないと嘘をつく。
朱華「……目覚めたら教えろ。武臣ッ!」
部屋の外で、
待機していた武臣が部屋へ入ってくる。
武臣は朱華に軽く頭を下げ、部屋を後にする。
朱華「それよりアイツの強さは…お前はアイツの師か何かか?」
隼人は少し驚いた顔をした。
隼人は黒羽の顔を見るも黒羽は無視をする。
隼人「ん~僕の知り合いでは無いんだよ。仲間の友人らしいんだけど。黒羽は元教え子で同僚…だからね。」
隼人は黒羽に視線を向け片目を閉じるも、
黒羽は隼人の軽いノリに呆れながら首を振る。
朱華「黒羽、お前の見立ては?直接、闘った事もあるんだろ?」
黒羽は、ひとつタメ息をつき話始める。
黒羽「アイツは、朱華……アンタと似た部類だ。
だが、一馬の強さの本質は神経系の伝達速度にある。」
朱華は頭をひねり、隼人は頷きながら考え込む。
黒羽は隼人に視線を向ける。
黒羽「先輩、アナタの方が詳しいのでは?」
隼人は少し驚いた顔をするも、
”なるほど”っと、納得しながら朱華に語り掛ける。
隼人「OK!じゃあ説明する前に前置きが必要かな。朱華さん、強い条件は何だと思う?」
朱華「強い条件……勘?雰囲気?」
隼人「OK!じゃあ雰囲気とは?一言で言えば匂いでしょ?じゃあ、言語化すると?」
朱華「……言語化だと?…動き…機微…分泌…」
隼人「朱華さんは学がある人だね。それ、機微と分泌」
隼人は淡々と説明を始める。
人間はストレスを感じながら日々生活している。
良いストレスもあれば悪いストレスもある。
・興奮すればアドレナリン。
・強いストレスに反応する為にでるコルチゾール。
・期待感を促すドーパミン
・幸せを感じるセロトニン
・さらに多幸感を作るエンドルフィン
その時に体の細胞が科学反応し、
匂いの元を作り、匂いを発する。
隼人「朱華さんは先天的にその微細な匂いを感じ取る能力が高いんだと思う。勘の良さって言ってしまえばそれまでだけど、視野にも限界があるしね。」
朱華「匂い…」
隼人「合わせて脳の作りが良いから身体操作もとてもうまい。」
反射神経は言い換えれば脳の作りが良い、
言い換えるなら”頭が良い”と言える。
運動神経も言語も全て脳があって初めて機能する。
隼人「どちらも似た性質の人間なんだけど、朱華さんと一馬君の差は?」
朱華の瞼が反応する。
朱華「それで?」
隼人「彼の神動体視力が神がかっている事だね。」
朱華「動体視力それだけ?それだけだと?」
隼人「馬鹿には出来ないよ。動体視力もトドのつまり脳が高速処理をして認識するものだからね。そこで2つ目”機微”だよ。」
人間には行動する際に必ず予備動作を行う。
生理工学的に重心の移動や、
それ以外の行動に筋肉の連動は欠かせない。
その行動を眼のフィルターを通し、
脳内で修正し補完をしていく。
言わば人間に元から備わっている、
”AI修正機能”みたいな機能。
隼人「予測や行動の推測は脳が記憶している情報量で決まってくる。格闘技の練習も勉強もね。勉強していない大人が母国の字を読めないのと変わらない。」
朱華は隼人の話に静かに耳を傾ける。
朱華も格闘技術が高くても、
強いわけでは無い事は理解していた。
隼人「じゃあこの学習量が格段に高い人間が居るとしたら?」
黒羽は隼人の方へ視線を向ける。
隼人は一馬が、
死に戻りしている事を知らない。
しかし一馬の強さの本質的な部分…
学習量の高さを解釈し理解しているからだ。
黒羽(……かなわないな。)
隼人「目が良いから、人から得られる情報量がとても多い。しかも、それを記憶している。そこに技術を体現する身体操作…再現力だね。」
一馬は機微から相手の情報を読み取り、
記憶し脳内で修正補完する。
その事により相手の次の動きが、
映像のように見える。
隼人「先の先とも言えるし後の先とも言える。でもムラがあってある条件で解放状態になるみたいでね。|Transient Hypofrontality=極限集中…黒羽、彼よく喋るでしょ?」
黒羽は思わず、
笑みを浮かべながら下を向き首を振る。
隼人「前頭葉…ココは言語や理性を制御している所なんだけど、前頭葉の機能が下がった事によって、アスリートで言うゾーン状態に入ったんだね。」
朱華「どうやって?」
隼人「君が最初に見せた背中を向けて、背面状態から肘を入れ一馬君に膝をつかせたよね?ムエタイでよく使う技術…そして決定的な一撃は、ムエタイらしい立ち技…顔面へ膝のハイキック。どちらも脳の機能を低下させるのに貢献し、結果…まぁ危なっかしい状態でもあったけど。」
朱華は眉間に皺を寄せ考える。
隼人「僕も実際、体現できる人間に出会ったのは人生で今回が初めてだよ。」
朱華「なぜ?」
隼人「僕達の元の世界はココよりも平和だったからじゃないかな。」
窓から冷たい空気が流れ込んでくる。
陽が傾き始め、周囲の影を伸ばす。




