DAY71 美と暴逆
月明りだけが頼りの広い空間で、
2人の人間が殴り合う。
朱華は隼人の時とは真逆で、
立体的な動きを、封じ打撃を連続して放ってくる。
一馬は朱華の攻撃を躱し、防戦一方。
隼人は距離を取り、
一馬と朱華の攻防を静観している。
黒羽「相性が悪かったみたいですね…」
隼人は、声の方へ顔を向ける。
直ぐ後ろで、黒羽が隼人に語り掛ける。
隼人「……久しぶりだね。君もこの世界に来ていたんだね…彼女は?今、戦っている彼は知り合いなの?」
黒羽「あの女は”朱華”。うち等の組織のBOSSで元プロレスラーです。」
隼人「プロレスラー…なるほどね。女性にしてはタフだと思ったよ。」
黒羽「そうですね。しかも他の格闘技も齧ってますから、攻撃幅は広いですね。」
隼人「しかも、勘のいい天才肌…でしょ?」
黒羽「はい。」
憎んでいたはずの男を目の前に
黒羽は不思議な感覚に襲われている。
今は純粋に、元同僚であり、
先輩であり、師である事を、受け入れていた。
隼人「彼は?仲間かな?何となく君と戦い方が似てるけど。」
黒羽首を振り、否定を示す。
隼人の”彼と似ている"、と言う言葉に
”黒羽は何とも複雑な感情を抱く。
一馬の模倣は”隼人”の動きで、
隼人は一馬と過ごした時間を記憶していない。
否、知らない。
そして…似ているという事実、
それもまた、黒羽が
隼人の動きを模倣し、研鑽を重ねた歴史の答えでもある。
黒羽「いいえ教えるなんて柄じゃないです。一度アイツと殺そうとして返り討ちに逢いました。」
隼人「君が?」
黒羽「はい。あいつの名は、”一馬”…確か、ゲームのハンドルネームは確か…テンマ、”TENMA100”…知ってますか?」
隼人「いいや、記憶に無いかな。」
隼人は一馬の動きから目を離さない。
隼人「君と戦って勝ったんだ…。強いんだね、彼。」
黒羽「ええ、朱華に勝てるのは多分アイツぐらいですよ。」
隼人が瑠奈の気配に気が付く。
隼人「瑠奈ちゃん?どうしたの、固まって?」
瑠奈は隼人の手当てをしようと近づき、
隼人と黒羽の会話を耳にした。
瑠奈(”TENMA100”??彼が?)
隼人と黒羽は一馬の戦いを目で追い続ける。
瑠奈もまた、一馬から目が離せなくなっていた。
朱華と一馬の攻防戦に変化が訪れた。
一馬が攻撃を掻い潜り、反撃を繰り返す。
防戦一方だった一馬の攻撃頻度が上がってきていた。
次第に攻撃リズムが変わってくる。
朱華が左フックを放った瞬間、
朱華の視界が途切れ、気が付くと地面が目の前に映る。
立ち上がるも朱華は混乱を隠せない。
視界に映る男に焦点が集中する。
朱華「私が、膝をついた?…」
朱華の形相に怒りがにじみ出る。
ゴキゴキ…ゴキ
朱華の全身から指先まで、
ちからが入り血が巡る。
朱華が深くゆっくり息を吐く。
一馬は朱華を”おちょくる”かのように、
軽くその場で飛び上がり、体操を始める。
朱華は屈辱感と怒りで、肌が赤みを帯びる。
朱華が勢いよく飛び出し、
第2ラウンドのゴングがなる。
**********
朱華は、財閥一族の長女として産まれる。
悠々自適な暮らしと、
幼少期から日々、帝王学を叩き込まれた。
しかし最初の敗北は、
産まれる前から決まっていた。
兄の存在が、
朱華の行末に蓋をする。
家督を継ぐ者は、
今も昔も血筋と息子が相場である。
物心がつく頃には、
兄との立ち位置を理解していた。
(兄が馬鹿なら良かったのに…)
朱華は毎日、
兄の喉元を狙う瞬間を思い描く。
気の強さを隠しながら、
粛々とした女の子を演じる。
朱華は頭も良く、
勉強には苦労はしなかった。
さらに運動神経が特に秀逸で、
容姿にも恵まる。
中等部に上がる頃には、
カリスマ性を備え
男女問わず無視できない存在感を放つ。
中等部3年の夏に事件が起きる。
高等部の成金息子が、
朱華に好意を寄せ、猛アプローチをする。
成金息子は
"虎の威を借る狐"を体現したかの様な態度する。
成金息子と会うと朱華は常々思う事があった。
(股間に脳みそが付いている下等生物)
大衆の前で告白をしてきたが、
軽くあしらった事が、成金息子の自尊心を刺激した。
夕日がゆっくりと沈もうとしている。
朱華は生徒会の雑務を終え、
下校準備をしていた。
そこに4人の男達が現れる。
その中心に成金息子が、
ほくそ笑みながら朱華を見つめていた。
朱華はあえて抵抗はせず、
成金息子達と体育館倉庫へ向かう。
股間に寄生された男達が、
次にする行動は至って単純。
朱華を集団暴行する為、盛り上がりを見せる。
成金息子が力任せに襲いかかる。
ブラウスを破られ、下着を引きちぎられる。
息を荒立て、慌てながらベルトを外す。
パンツを下ろした瞬間…
朱華が成金息子を抱き寄せる。
成金息子は抱きつかれた事により、
思考が切り替えられ、慌ただしい勢いが止まる。
朱華は成金息子と視線を合わせ、
耳元に頬を寄せる。
ガリッ
「ぎゃっ」
成金息子が突然声を上げる。
ミチミチミチ…
「痛てぇーてめぇ、ぐがぁー離せっ離せイタタタ離れろ離れ…」
ブチブチブチ
「ぎゃあああああああああ」
成金息子は必死に耳を押さえる。
大量の血が指の隙間から溢れていく。
周りの男達は状況が飲み込めず、
朱華を見つめる。
朱華の口元には、
かつては耳であった肉の塊が咥えられていた。
口元から喉を伝い、
胸から太腿にかけ血が流れ落ちる。
清純の姿を見せ続けた朱華とは、
異質の雰囲気を放つ。
朱華は周囲の男達を見回し、
成金息子に視線を戻す。
成金息子は朱華を睨みつけると、
朱華長い脚が成金息子の股間に叩きつけられる。
「ぎゃ」
その時、男達は急いで
朱華を拘束しようとする。
ブゥゥー
朱華は1番近い男の顔に、
耳と血を吹きかける。
後ろに振り返り、
スマホを持っていた男の股間を、蹴り上げる。
スマホを奪い、
もう1人の男の鼻へ、スマホを叩きつける。
1回、2回、3回、4回。
スマホにひびが走り、男の鼻は原形を失う。
顔に血をかけられた男の股間を、蹴り上げる。
成金息子はその光景を、
痛みに耐えながら傍観する。
朱華が自分のスマホを拾い、
体育館倉庫の扉に向かいながら、電話を掛ける。
朱華「武臣…」
ガチャッ
短いひと言で通話を終わらせた。
朱華は鍵を開けると大柄な黒服の男が扉開ける。
武臣はスーツの上着を朱華に羽織らせる。
朱華「教育しておけ」
武臣「……はい」
武臣が手で合図をすると、
黒服の男達が体育館倉庫へ入ってくる。
成金息子と男達が、
どうなったかは語る必要も無い。
高等部に上がる頃には
学園内の立ち位置が固定される。
知能と美貌にカリスマ性…
そして財閥ならではの絶対的権力と暴力。
朱華は権力争いよりも、
暴力に興味と興奮を覚える。
高等部2年目にレスリング部に入り、
恵まれた体格と運動神経で各大会を制した。
清楚な仮面を被った凶暴。
朱華の事件を揉み消す父は、
朱華の二面性に頭を抱えた。
朱華の興味も権力争いから遠ざかっており、
大学院生に上がる頃には家を出ていた。
唯一武臣だけが、
ボディーガードとして生活を共にする。
武臣は朱華のやる事に口を挟まない。
朱華の暴力性には美学がある事を理解していた。
そして引き寄せられる様に、
朱華は、プロレスの世界に魅了される。
1年も経たない内に、スター選手として表舞台に立つ。
「プロレスラーの朱華が誕生し、
『美しき暴逆の女王』としてカリスマ的人気を誇る。」




