DAY59 加速する戦況と覚醒
Transient Hypofrontality
【トランジェント・ハイポフロンタリティ】
前頭前皮質には
記憶の一時的な保存や、感情や行動などの制御を行う。
その前頭前皮質の機能が一時的に低下する事により、
自己意識が薄れていき、
行動と感覚が一体化する様な状態を指す。
スポーツ心理学では"フロー"または"ゾーン"と呼ばれる、
所謂、"超集中状態"である。
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一馬(何も聞こえない…なんだこいつら?)
一馬の周りに汚染ゾンビが襲い掛かる。
目の前にはブルートが一馬に向かいまっすぐ歩いてくる。
一馬に群がるゾンビが進行を
邪魔するのが気に入らないのか一掃しながら近づいてくる。
一馬(痛いなぁ…どこだ?ココ?こいつらは?)
一馬の左目の視界は血で塞がれ、
意識は朦朧としている。
一馬(白黒…?うざいなぁ…なんだこいつ等…ゆっくり動きやがって…痛ッ、どうでもいいか…どうでも…早く、帰りたい…瑠奈は無事か…誠…錬次…隼人…さん…)
今の一馬に恐怖や怒りの感情は無い。
視界に入る事実を
現状を現象として受け止めている。
ブルートの射程圏内に、
一馬はゆっくり近づいていく。
ブルートは一馬の動きに反応し、
大きく配管パイプを振り下ろす。
一馬が右肩をダラリ落とし後ろに引く。
同時に左足を大きく一歩前に出し、
右足を後ろに下げる。
体は腕一本分
半身になり配管パイプを最小限で躱す。
ブルートは反す刀で
配管パイプで追撃しようとするが…
一馬がブルートの引手と共に
大きく踏み込んでいた左に
右足を引き寄せブルートの懐に入る。
ザシュッ
踏み込みながら
一馬の”ボウイナイフ”を振り抜き
ブルートの太ももに食い込み引き斬る。
そこから左足を軸に"ボウイナイフ"を
振り抜いた勢いで半回転し、
背中を向ける形で左手のG17を
右太腿の斬り傷に押し込む。
腕が邪魔だと言わんばかりに
”ボウイナイフ”で腕を下から刺し押し上げる。
ザシュッ
ドンッ
ドンドン…
傷口に乱暴に3発、
弾丸を撃ちこんでいく。
ブルートに痛覚があるかはわからない。
しかし驚いたブルートは
勢いよく一馬から距離を取ろうとする。
ブンッ
ブルートは苦し紛れに、
配管パイプを振り回す。
殺気の無いブルートの
配管パイプは無情にも空を切る。
ドンッドン……
ドンッ
ザシュッ
一馬は配管パイプを持つ右肩に
集中して弾丸を撃ちこんでいく。
横から乱入してきた
汚染ゾンビを”ボウイナイフ”で斬り薙ぎ払う。
ブルートの左拳が、
一馬の腹部を叩きつける。
まともに腹部に叩きつけられ、
一馬が後方に弾かれ飛ばされてしまう。
浮いた体が地面に叩きつけられるが、
踏み止まり、ブルートへ歩み寄ろうとする。
しかし足が固まり
一馬は大量に血を吐き出す。
汚染ゾンビは休む暇を与えない。
一馬の意識はいまだに混沌としている。
一馬(なんだ…瑠奈は?誠は?錬次は?錬次?隼人さん…瑠奈?ダメだ!錬次!やめろ!やめろ!!やめろ!!!やめろ!!!)
一馬の視界に色が戻り始める。
汚染ゾンビの群れが視界に入り、
ブルートが雄たけびを上げている。
一馬「お前らのせいかァァァァァァ!!!」
一馬のアドレナリンが最高潮になる。
アドレナリンが
全身を駆け巡り痛みのすべてに蓋をしてしまう。
一馬限界をアドレナリンが押し上げ
一馬の立ち回りが、俊敏さを増していく。
決して一馬の意識がクリアになったわけでは無い。
汚染ゾンビの動きを最小限に躱していき、
”ボウイナイフ”とG17を叩きつける。
体勢を崩した汚染ゾンビを足場に、
踊る様に跳ねるように動き続ける。
錬次のような獰猛さに…
瑠奈のような立体的な動き…
隼人のような正確な銃の扱いに体裁き…
そして一馬の怒りの感情…
ブルートに
恐怖心があるかはわからないが、
一馬から視線を外さず動こうとしない。
右足と右肩を
壊されたブルートは、反撃を試みるが…
突然、力強い”焼夷弾”の白色光が
ブルートの左ひざから立ち上がる。
いつの間にか一馬の左手には、
”焼夷弾”が装填された
G19が握られていた。
勢いよく両ひざをつくブルート…
ドンッ
左肩から再び”焼夷弾”の
白色光が上がり炎と共に煙が立ち上がる。
まるで悔しがるように
大きな雄たけびを上げようとした瞬間…
口と目から強い白色光が上がり
炎が立ち上がりブルートを燃やし始める。
一馬は朦朧としながら周囲を見渡す。
視界の端に汚染ゾンビが遠くに1体映る。
最後の”焼夷弾”を
一馬は、汚染ゾンビに撃ちこむ。
その瞬間、
一馬の視界は暗くなり…
一馬の意識もなくなる…
一馬の膝が崩れ…前のめりに倒れこむ。
ダァーン
ダァーン
ダァーン
ダァーン…
……ダァーン……
黒羽「チッ、やっと終わった」
葵「一馬ッ!」
黒羽「チッ、世話が焼ける…いっ痛ッ」
気が付くと
赤い月はいつの間にか見えなくなり
雲がいつもの色を取り戻している。
狂乱の血死潮の幕は下りていた。
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激闘を終えてから約1時間が過ぎている。
葵「意識戻らないね…
ねぇ一馬…朱華姐と同じ…」
黒羽は
軽く首を横に振り否定する。
黒羽「いいやBOSSとは違う部類だよ…」
黒羽と葵のグループのBOSSの名は「朱華」
グループ内で誰も勝った試しがない。
黒羽「BOSS…朱華は…
どちらかと言えば野生の勘?の様な戦い方をする。
一馬は…俺の師が…チッ、
以前話してた戦闘スタイルにそっくりだ…」
葵「戦闘…スタイル?」
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隼人と黒羽が師弟関係だった頃…
どの格闘技、戦い方が最強なのか?
と黒羽が隼人に質問した。
隼人は少し考えながら答えを探った。
隼人「どの戦い方…最強の格闘技術って事…か。
そうだね…特にないかな。
あえて言うなら…
目と頭が良くて…
体を扱える戦い方?かな」
黒羽「隊長、真剣に聞いてるんですが?」
隼人はいたずらっぽく笑いながら答える。
隼人「冗談じゃないよ。
眼と頭が良い事は戦闘には欠かせない。
でも、その動きを体現…再現できる体も必要…
ボクシングであろうがレスリングであろうが
それは何処まで突詰ても、技術の枠からは外れない。
戦場で生き残る為に必要なのは、
瞬間的に判断する為の情報収集力、
瞬発的に身体操作が出来る体と頭…
あとは実行する為の模倣と再現そして心…覚悟だよ。」
黒羽は
隼人の戦闘術が最強だと思っていただけに
隼人の意外な答えに腑に落ちない。
隼人「納得してない顔だな…
でも僕には出来ないかな…
理性的で警戒心が強い臆病者だからね。」
黒羽「茶化さないで下さい。」
隼人「あははごめんごめん」
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黒羽の思考に、
あの時の尊敬する師の言葉が反芻される。
黒羽「チッ、とにかく
コイツ(一馬)は気に食わないな。」
葵「??」
葵は黒羽の顔を
不思議そうに見ている。
葵は黒羽と
パートナーとして共に戦ってきたが、
笑みを浮かべる顔は初めて見る。
一馬「んッ…い、痛ッてぇぇぇぇあたたたたたた痛ッ痛ッあ、あ、あ?ゾンビは?デカい奴は?痛ッおい痛ッッ」
激痛と共に一馬の意識が戻る。
葵「一馬…勝ったよ!
生き残ったよ!ありがとう」
葵の目から大粒の涙がこぼれてくる。
生き残った安心感からなのか、
それとも緊張の糸が切れたからなのか…。
黒羽「チッ、おい!……よくやった」
一馬が素直な黒羽の、
顔を化け物を見たように驚いて見つめる。
黒羽「……止めは俺が刺してやる」
一馬「わー待った待った待ったあたたたた痛ッ」
泣いていた葵が笑い出す。
黒羽「チッ」
一馬「あはっあははっゴホゴホ痛ッ痛ッ」
すっかり辺りも明るくなり
穏やかな空気が流れててくる。
3人は無事、狂乱の血死潮を乗り越えた。




