#96. 蒼穹に到る
少女は、白い天井ばかり見つめていた。
薬の匂いにも慣れてしまった頃、少女はゲームを手にした。
過ぎ去っていく時間と孤独を埋めるように、ただ黙々とボタンを押す。この時代ではレトロゲーとまで言われる携帯ゲーム機だったが、暇潰しにはちょうどよかったのだ。
一人でもゲームがあれば耐えられる。
治療費を稼ぐため忙しなく働く『パパ』と『ママ』が面会に来るまで、ゲームをしていれば寂しくない。
そう、思っていた。
「──え、ケーキ!? じゃ、じゃあじゃあ……いちごがいーっぱいのったショートケーキがいいな!」
その日は誕生日で、『パパ』と『ママ』からケーキを持って来ると連絡があった。
大きなホールケーキをおなかいっぱい食べる。
子どもらしい夢に目を輝かせながら、少女は親の到着を待った。
だが。昼を過ぎても、日が暮れても、『パパ』と『ママ』は来なかった。
きっと大雨で遅れているのだと、雨で濡れた窓を眺めながら、少女は待ち続ける。
──ガララ。
遂に病室の扉が開いた。
体が弱っていなければ、飛び起きていただろう。
それほどまでに少女は待ち望んでいた。
しかしそこに居たのは、顔も知らない女の人。
スーツ姿で、美人。けれど雨でびしょ濡れになっており、どこか疲れたような、酷い顔だった。
『ママ』の妹と名乗ったその人は、先の言葉を紡ぐことが苦しいのか、途切れ途切れで少女に告げる。
「君の、ママとパパだが……事故で、亡くなった……」
亡くなる。
その言葉の意味を少女は理解していた。
理解していたから、到底信じられなかった。
死ぬのはきっと自分が先だと、子どもながらにわかっていたからだ。
だから、突然告げられたそんなものは『嘘』で、『デタラメ』だと泣き叫ぶ。
だが、理不尽は塗り替えられない。
──それから数年後。
まるで両親の命と引き換えになったかのように、ツバサは退院した。
■■■
「──ってことがあって、先生があたしを引き取ってくれた。まぁざっくりこんな感じかなぁ」
身の上話を終えたツバサは、青空を飛び回るアネモレナスを見上げながら懐かしむ。
「んで、どうして空を飛びたいか……なんだけど。天国って空にあるって言うじゃん? だから、雲の上がいいところだといいなぁって」
「そっか……そりゃあ諦めるわけにはいかないね」
「うん。それにほら、パパとママがくれたあたしの名前、むっちゃ飛びそうだし? 空を飛んで、あたしはもう大丈夫だよって二人を安心させてあげたかった……って言うと、ちょっと恥ずいんだけどね?」
元気な姿を見せられればそれでいい。
夢を一つ叶えたと両親に報告できればよかったのだ。
「けど、これは飛べそうにないかなぁ」
依然として、クエストクリアのリザルトが出てこなかった。
何か条件を達成できなかったか。
アネモレナスを飛べるようにしただけではダメなのか。
原因がわからない以上、どうすることもできない。
「いや、そんなことはないと思うよ」
カナメは上空のアネモレナスを眺めながら言う。
口から出まかせ、というわけではない。
ぎこちなかったアネモレナスの飛行が次第に安定しているのが、見てみてわかったからだ。
そして、義翼に慣れたアネモレナスは飛び去るわけでもなく、再び降りてくる。
そして、伏せたかと思えば、翼を下ろした。
まるで「私の背中にお乗り」とでも言うかのように。
「クァァルルフォ」
「レナちゃん……?」
「恩人にも飛ぶ気持ちよさを体験してほしいんじゃないかな」
ここまで付き合ってくれた恩人を落とすわけにいかないから、感覚を掴んでいたのだろう。
ツバサを背に乗せて飛ぶ。それがアネモレナスなりの恩返しだった。
「ツバサ、行ってくるといい。これは君が掴んだ報酬だ。自分の力で飛んだ、と言えなくもないと思うが?」
「せ、先生、そんな屁理屈を……でも、そうなのかも」
「──クォルフ?」
「……レナちゃん、乗っていい?」
「コルルルッ」
頑丈に造られた義翼は足場にするにはちょうどよく、ツバサは危なげなくアネモレナスの背中に跨った。
──視点がいつもより、ずっと高い。
両翼が大きく拡げられ、アネモレナスは力強く羽ばたく。
次第に上昇していき、巣の穴を抜け、森の木々を越え、一気に高度を上げていく。
「うきゃああああああーーーーっ!?」
風が顔に当たる。赤髪尻尾も激しく揺れる。
ツバサは落っこちないよう必死にアネモレナスの背中にしがみついていた。
「ちょおっ、レナちゃん!? 雲に突っ込むの!?」
「クーフォォーール!」
咆哮と共に雲の中へ。
思わず目を瞑ったツバサは肌がしっとり濡れる感覚を覚えた。
アネモレナスは速度を落とさず、雲を抜けるとぽっかり穴が空いていた。
まぶたの裏に光を感じ、おそるおそる目を開ける。
高いところが怖いからではない。
いざ空を前にした時、「思っていたほどじゃなかったらどうしよう」と少し不安だった。
薄く目を開いたツバサは、アネモレナスと目が合った。
「キュールッ」
──前を見てご覧なさい。
そう言っているような気がして、ツバサは意を決し、今度はしっかりとその目に空を捉えた。
青い。
果てなくひろがる青色が、視界を埋め尽くしていた。
風が運ぶ雲の白。
大地に根を張る木々の緑。
目に見える全てが輝いてみえるのは、太陽に近いからだろうか。
「わあっ……!」
ここは遥か遠くの雪を被った山脈よりも高い場所。
見渡す限りの青の中を、一点の白き竜と赤髪の少女が往く。
やはり天国はなく、空は空である。
「気持ちいいね」
「クァール!」
「……いい空だ」
憑き物が落ちたかのように、ツバサは瞳から雫をこぼす。
「空がこんなに気持ちのいいところなら、きっと大丈夫……パパ、ママ、あたし……夢を叶えたよ」
「──クォォォルフィーオ!」
「レナちゃん……?」
━━━━━━━━━リザルト━━━━━━━━━
EXクエスト《臥竜雲を恋う》
目標:アネモレナスの背に乗って飛ぶ
場所:古竜の巣、蒼穹
依頼人:古竜アネモレナス
報酬:スキル【──────】
称号 《白き竜翼》《蒼穹の覇者》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「──こ、このスキルって……!?」
「クォルルッ」
「ありがとう、レナちゃん!」
そして。
「ありがとう……カナメちゃん、皆……!」
ツバサは白竜の背の上に立ち、声高々に叫ぶ。
「【蒼穹に到る】────ッ!!!!」
スキル発動と同時に、ツバサの背中に一対の白い光の翼が現れる。
アネモレナスの翼を模した光の翼だ。
それはたった一度の羽ばたきで飛翔し、名の通り蒼穹に到る。
「すごぉ! 体が軽い! どこまでも行けそ……ってMPめっちゃ減ってる!」
エクストラスキル【蒼穹に到る】
一度スキルを使うと10分間は竜翼が展開される。
任意で解除可能。クールタイムは飛行時間に比例する。
時限式ではあるものの、広い空を自由に翔ける感覚にツバサは目を輝かせる。
「ふふっ……! ふははっ! 我こそはっ! 白き竜翼の騎士!! ドラゴナイトだぁぁぁぁーーっ!!」
「……! ツバサちゃん飛んでんで!」
「あれは、まさか飛行スキルか……!?」
アネモレナスと並走するツバサが手を振っているのを見て、テンコとビブリオフィルは目を丸くする。
「そうか……ツバサ、夢を叶えたんだな」
ホッとしたように、小塚文芽は微笑んだ。
亡き姉は、天国で見守っているだろうか。
きっと笑いながら旦那とはしゃいでいるだろう。
まぶたの裏にハッキリと映る光景に、一人、静かに涙ぐむ。
「制空権、取られちゃったわね」
「こっちも負けてられないね」
楽しそうに空を飛ぶツバサを見上げ、カナメはどこか誇らしげに笑うのだった。
穏やかな風が吹き抜けていく。
夢を叶えた少女を祝福するように、クエストクリアのファンファーレが蒼穹に響き渡っていた。




