#95. 片翼の古竜よ、今こそ遥かなる空へ
すっかり元通りになった白樹・鍛冶場にて。
「そうか、城に残っていたのか……」
《設計図α》と《設計図β》を交互に見て、懐かしむように笑った。
「ということはお前さん達、アネモレナスに会ったんだな? 元気そうか?」
「元気だよ! 魚あげたら美味しそうに食べてたし! けど、おっちゃんもレナちゃんのこと知ってるんだね」
「知ってるっつぅーか、そもそもアネモレナスに義翼を作ってやろうと提案したのはオレだからな」
「へ? 発案者だったの!? 言ってよぉ!」
「いやァ、後始末に追われててそれどころじゃなかったしよ……まあ悪かったな」
ドワーフもエルフと同じく長命。
ジークリウスの時代から鍛冶師をしていた。
「オレ達はアネモレナスに恩がある。その昔、人間、エルフ、ドワーフの三国がいがみ合っていた時代があってな。三国の無益な争いを見かね現れたのが、白き竜アネモレナス。戦地の真ん中に舞い降り、争いを制した。おかげで三国は協力し合い、共通の敵に立ち向かう友となった……ってなわけだ」
三種族にとって、アネモレナスは平和の象徴。
守り神のような存在だ。
「アネモレナスが片翼を失ったのは、アルファスが拠点を移した後だったか。ルナデルタに厄災が降りかかった」
「厄災……?」
「《グリムアルター》……手にした者の思考を侵蝕しちまう魔剣だ。コイツが神出鬼没でな。己の力を発揮するに相応しい依代の前に現れ、自身を引き抜かせる。左の翼はその時に斬られちまった」
『魔剣か。ワクワクするな』
『ワンチャンレアドロする?』
『どーだろ』
「まぁそんなこんなでアネモレナスには二度も救われた。恩返しも込めて義翼を作ってやろうって皆と話し合ったのさ」
気になる名前も出てきたが、しかしこれで解決した。
ボルダーなら骨組みと羽根を組み合わせられるはずだ。
と、皆が安堵した時。
「だが、コイツを組み合わせても飛ぶことはできねぇ」
「え、飛べない? 魔法でどうにかできるんじゃないの?」
カナメは首を傾げる。
素材それぞれは上手く機能しそうだった。
組み合わせればきちんと翼になるものだと思っていた。
すると、ボルダーはその言葉に頷く。
「その通り。コイツを動かすには魔法……言い換えると魔力を操作し羽ばたかせる技術が必要だ。だが、アネモレナスは既に老いている。魔法を思うように使えねぇんだ」
歩くには筋肉が必要だが、衰えてしまえば歩くことさえ難しくなる。リハビリで筋肉をつけなければならない。
今のアネモレナスは、筋肉をつけるための体力がないようなもの。年老いた竜が再び魔法を使うことは、不可能に近かった。
「…………大丈夫だよ。レナちゃんは飛べる。魔法だって、感覚を取り戻せばきっとすぐに使えるようになる」
「飛べたとしても、滞空時間はごくわずかだ。落下の危険もある」
「でも──レナちゃんは飛びたがってる。本人が諦めてないのに、あたし達が無理って決めつけるの? あたしは、嫌だよ」
諦めてなるものか。
盲目的になって忘れていた感覚が、奮えていた。
ボルダーは髭を弄りながら、ふぅ、と静かに息を吐いた。
「オレも、諦めたくはねェな……無理ってのは押し通るもんだ。アルメネルに頼んで結界を編んでもらおう。万が一の落下防止装置を取り付ける」
「ありがとう、おっちゃん!」
「任せな。ついでに翼爪替わりの剣も付けておこう! アダマンタイトならその辺の武器にも劣らねェ! こうしちゃおれん、火を熾すぞ!」
「……ボルダー、火事には気をつけてね?」
今回ばかりは『火事師』にならないことを祈る。
呼びつけられたアルメネルは最高硬度の金属であるアダマンタイトの加工に苦い顔をしていたが、「見てない時にやられるよりはマシだ」と言って協力。
ボルダーとの合作で、『一定範囲内の重力を反転させる結界術』を施した魔道具が完成した。
バラバラだった骨組みと羽根も遂に組み合わさり、一翼として形になる。
「あとは、アネモレナス次第だね」
「きっと大丈夫だよ。ドラゴンだし!」
「ドラゴンに対する信頼が強い」
「ふっふっふ……カナメちゃん、ドラゴンは最強だよ。天敵のいない空を自由に飛び回るんだよ」
「確かに……」
それにアネモレナスもたまに翼を動かしていた。
準備運動はバッチリだ。
念のためボルダーとアルメネルを連れて、一行は義翼を携え《古竜の巣》へ。
射し込む光を浴びていたアネモレナスは、「クォルル」と甲高い鳴き声で出迎える。
「久しいな、アネモレナスよ」
「クオォル……」
「あん? お前さんだって老けとるだろ」
「グァル、フォォウルルルッ」
「ガハハハ! そんな口が聞けるなら心配する必要はなさそうだな!」
「フゥシュ…………」
「……何話してるんだろうね?」
「いいなー、あたしもお話したいなぁー」
「ほら、義翼を取り付けるぞ! 手ェ貸してくれ!」
義翼をアネモレナスの左翼の根元にあてがい、装着。
やや機械的な外見になったが、飛行できれば良いのだ。
アネモレナスは新たな翼の感触を確かめるように数回羽ばたいたあと、穴の先にある空を見上げる。
両翼を大きく拡げたかと思えば──次の瞬間、突風が巻き起こった。
「一回羽ばたいただけで、この風!?」
「さすが嵐飛竜の翼膜ね……」
しかし、何度羽ばたいてもアネモレナスの体は浮かず、疲れてしまったのか遂に羽ばたくのをやめてしまった。
息を荒らげ、青い瞳で義翼を見つめている。
「グゥッ、グゥッ……」
「レナちゃん、焦らなくていいよ。ゆっくり息を吸って」
「クォォル……」
「あたしも初めはつらかった。でも、前はできてたんだ。すぐにコツを掴めるよ」
「──フォォォルルッ!」
ツバサの言葉が通じたのか、アネモレナスはもう一度強く羽ばたく。
空を見上げながら。かつての自分を思い描きながら。
すると。
「……! 体が浮いた!」
「せやけどおかしな方向に行っとる!」
浮きはしたが、それ以上は上昇せず、アネモレナスは岩壁に衝突してしまった。
「レナちゃん!」
崩れた岩を被り、白い鱗が傷付くが、アネモレナスの眼光は依然として空を捉えている。
「義翼を少し調整する。アルメネルは魔力回路を確認してくれ」
「アネモレナスの魔力パターンは大体把握した。やってみよう」
ボルダーとアルメネルが義翼を再調整し、再びチャレンジ。
今度はさらに上昇したが、維持が上手くいかず、アネモレナスは落下。
重力反転の魔道具が機能して着地に問題はなかった。
「クァアッ……コフッ……フシュルル……ッ」
「凄いよレナちゃん! だんだん上手くなってる!」
「……コルルルッ」
飛んで、落ちる。
その繰り返しが、数十回。
まさか素材品質が足りなかったのか?
そんな予感を覚えた時。
「────────ッ!!」
アネモレナスの咆哮に呼応するかのように。
義翼が淡く、光を帯びた。
虹のベールが煌めき、空気がふわりと舞い上がっていく。
いっそう強く羽ばたいた白き竜は、瞬く間に『空』へ。
懐かしき『故郷』たる空に、飛び上がる。
落ちる様子もなく、旋回。
数度羽ばたき、高度維持。
虹の弧を描きながら、古竜アネモレナスは確かに飛んでいた。
「…………や、やった……やった! やったああ!!」
まるで自分のことのようにはしゃぎ、ツバサは空を飛ぶアネモレナスの姿を目に焼きつける。
まだ少しぎこちないが、それでも竜は空に在る。
「気持ちよさそうやなぁ〜!」
「えぇ、ほんとに……」
「やったねツバサ!」
「うん! 皆のおかげだよ! ありがとうっ!」
空に響き渡るアネモレナスの鳴き声はとても嬉しそうで、ぐるぐるといつまでも飛んでいた。




