#92. 大空洞の弩蠍蟹
バリスタの矢は有限だと思いたかった。
どこからともなく装填される矢を見て、カナメは「うげ」と声を漏らした。
これはあきらカニ、無制限。
サジットの名は伊達じゃないようだ。
「ありゃぁ、破壊しない限り撃ってきそうやねぇ」
「ふむ。テンコ、ちょっとそのハンマー投げて壊してくれないか」
「ハンマー投げはリスキーやろがい」
アタマ小突いたろか? とハンマーを担いで威嚇するテンコをよそに、ビブリオフィルは遠距離攻撃を試みる。
光属性魔法、【ペネトレイト・レイ】
通常であればモンスターを二、三体貫通する光線だが……カニは、無傷。
魔法耐性まであるらしい。
魔法が効かないとなると物理火力に頼る他ないが、いかんせん攻撃チャンスがない。
「なら、後ろに回っちゃえば──!」
ツバサは、空中歩行で射線をくぐり抜け弩蠍蟹の背後に回る。
が、しかし。背後には蠍の尾。
「げっ! やばっ」
狙い澄ましたように着地狩りし、突き刺されたツバサのHPはじわじわと減少を始めた。
蠍らしく、しっかり毒も持っている。
「うぐぅ、解毒薬の匂い苦手なんだよなぁ!」
『わかる』
『なんで薬みたいな味してんだ』
『解毒薬だからだろ』
「ツバサー平気ー?」
「うん、毒自体はそんなに問題じゃないよー!」
ツバサのHPは三割ほど減少。
毒を素早く治療すれば三発は耐えられる。
「コユはバリスタを押さえてて。私は背後に回る!」
「了解よ!」
カナメはその場で踏ん張り、跳躍。
バトルフィールドは広いとはいえ、壁と天井がある閉所空間だ。
【スーパージャンプ】での跳躍では天井に衝突する勢いがある。が、天井に到達したカナメは、さらに天井を蹴って方向転換。
降下と同時に、蠍の尻尾をチェーンソーで斬り付けた。
「さすがに一撃じゃ斬れないか!」
だが、その攻撃でドロップしたコインを【コイントス】で消費。
クリティカルヒット率が上昇すれば、部位破壊にも近付ける。
「多分魔法耐性だけじゃなくて、物理のダメージカットもあるんだと思う。カナメちゃんの連撃だと……」
「威力半減で考えた方がいいね……」
それならそれで【ゴルトライザー】で稼げるチャンスなのだが、今は速戦即決が求められる。
こうしている間にも、《魔鉱石》の品質は下がりつつあるのだ。
「ふふっ」
「どうしたの、カナメちゃん?」
「いや、面白いなってさ。攻撃の隙はないし、嫌な戦法まで使ってるけど……でも、負ける気がしない」
そう言うとカナメは再度跳躍し、天井に着地する。
「このカニ、急な方向転換はできないみたい! 動き回れば勝機がある!」
「奴の防御力を下げた! カナメが注意を引いている隙に畳み掛けろ!」
攻撃を当てたことで《サジット・スコルピオキャンサー》はカナメにヘイトを向けている。
大空洞を【スーパージャンプ】で跳び回るカナメに狙いを定めようとするが、ロックオンされる前に跳び去れば問題はない。
コユの大盾、テンコのハンマーが本体を直撃し、HPゲージは二本目に突入。
しかし、これでヘイトは分散してしまった。
両爪が地面に叩き付けられ、振動で動きを封じるばかりか砂塵が舞い上がり視界も悪い。
「まずい、防御が……!」
視界不良はコユのガードアシストが機能しなくなる。
それを分かってやったのなら、蟹にしてはなかなか知能が高い。
だが、それで止まるカナメではなかった。
「【ダストワール】ッ!」
チェーンソーの唸り声と共に旋風が巻き起こり、砂塵が掻き消える。
そうしてあらわになった戦況は──爪攻撃がテンコに直撃しようとした瞬間だ。
巨爪が迫る。ボクサーが放つオーバーハンド・ブローのように。
が、しかし。彼の拳が届く直前──眼前の白狐は、目を細め笑みを浮かべた。
「──背中にも目をつけなアカンで?」
その言葉を聞き、巨爪はピタリと、テンコの目の前で止まる。
いや、蟹に人語が理解できるはずもない。
動きを止めたのは、異変を感じ取ったから。
──今、私が見ているのはなんだろう。
──あれは、私の尻尾ではないか?
──なぜ、それが、目の前に落ちている?
蠍の尾が斬られたと理解した時、弩蠍蟹は怒号する。
「ギィィ──シュアアアア!!!!」
「尻尾の部位破壊成功っ!」
「ナイスツバサ!」
炎を纏ったツバサの長剣に斬られたことで蠍の尾は断面に焼き色が付き、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
蠍ではあるが、あれも一応は蟹の身なのだろうか。
気になるところだが、これで背後は安置。反撃に怯える心配は無くなった。
「コユはそのままバリスタを止めて!」
「なんならもう──壊すわっ!」
双盾が大剣へと変形し、蟹の重荷を破壊。
《サジット・スコルピオキャンサー》は、もはやただの蟹へと成り下がった。
それでもボスとしての意地を見せ、巨爪を振り回し反撃。
バリスタ破壊で双盾を離したコユを襲う──が。
「──【火竜砲】!」
ツバサの銃剣から放たれた業火に阻まれ、爪はこんがり焼かれ赤く染った。
「カナメちゃん! 決めちゃって!」
壁に張り付いていたカナメにバトンタッチ。
残りHPを削り切るには火力が足りない。
だが、青の魔導書のおかげで【ゴルトライザー】は時間経過でゴルトを獲得できるようになった。
その分を【コイントス】に使えば、実質損害ゼロでバフを受けられる。
「【コイントス】──裏!」
攻撃力、上昇。物理防御貫通、付与。
クリティカルヒット率100%──かつクリティカルダメージ、倍率上昇。
蟹狩りには、充分だ。
「【オンスロート】────ッ!!」
蟹を穿つ三連撃。
超跳躍を駆使し、背後から一撃。
怯んだところに、正面に一撃。
立て続けに最後の一撃を叩き込み、残りHPを削り切る。
チェーンソーで解体された蟹は光の粒子となって爆散。
大量の《カニポーション》をドロップさせ、遂に彼は星となった。
元から星座ではあったが。
『おお、カニよ……』
『カニポーションってなんだよ』
『脚の殻を剥いた状態のことだよ』
『食べやすそう』
『なんか中央らへん光ってね?』
『カニしか見てなかった』
「あれ? あそこって、カニが出てきたとこだよね」
「そういえば穴が空いてるわね……って、これ結晶埋まってない?」
掘り出すのに苦労したが、虹色の光彩を放つそれは背丈よりも大きく、見事な大結晶だった。
「《星稀晶》だ! これで二つ素材ゲットだよ!」
「残るは《嵐飛竜の翼膜》だけ、終わりが見えたね」
「時間もたっぷりある! やっぱりカナメちゃん達が居てくれて助かったよ〜!」
「まあ、友達の頼みとなればたとえ火の中水の中……」
「友達……友達かぁ! うへへ〜! 面と向かって言われるとこそばゆいなぁ」
嬉しそうにくるりと回るツバサ。
いざ口にして喜ばれると、恥ずかしくなってきたのかカナメはフードを被ってライブドローンから顔を逸らした。




