第九章 魔剣の邂逅(かいこう)
リュウガがガイウスとの戦いを終え、アストレアの力をムーンブレイドへ受け入れてから。
半日が過ぎていた。
リュウガはすでにゼインのもとを離れ、剣王に会うため旅へ出ている。
そして――
その頃、別の場所では。
カイルが一人、深い森を歩いていた。
肩には、黒き魔剣――ヴァルグレイヴ。
「魔物もでないし……腹減ったな」
『集中しろ』
「はいはい」
カイルは苦笑する。
村を離れてから、ヴァルグレイヴとの修行を続けていた。
相手の足を見る。
重心を読む。
無駄な力を使わない。
そして――
魔剣の力に、自分自身を呑ませない。
以前よりも、確実に戦い方は変わっていた。
だが。
ヴァルグレイヴには、まだ分からないことが多い。
始源剣の記憶。
自分の中にある意志。
そして、時折見せる奇妙な反応。
「……お前って、昔のことどれくらい覚えてるんだ?」
『分からぬ』
「またそれかよ」
『我は完全な記憶を持っているわけではない』
「じゃあ、何を覚えてる?」
ヴァルグレイヴは答えなかった。
その時――
『止まれ』
カイルの足が止まる。
「……何だ?」
『人の気配がする』
「何人?」
『多い』
カイルが周囲を見渡す。
森の奥。
木々の間から、白銀の鎧が見えた。
「……教団かよ」
◆
「魔剣使いを発見!」
声が響いた。
森の中から、次々と聖剣教団の兵士たちが姿を現す。
前方。
左右。
そして後方。
逃げ道を塞ぐように、兵士たちが広がっていく。
「囲め!」
「逃がすな!」
「魔剣を確保しろ!」
カイルはヴァルグレイヴを抜いた。
「……ずいぶん大人数だな」
兵士たちの中央から、一人の男が歩いてくる。
白銀の鎧。
整えられた髪。
そして、人を見下すような目。
腰には一振りの聖剣があった。
男はカイルを見て、鼻で笑った。
「これが魔剣使いか」
「思ったより普通だな」
カイルの眉が動く。
「……誰だよ、お前いきなり」
男は聖剣の柄に手を置いた。
「ローディス・アルベイン」
「聖剣の使い手だ」
「その魔剣を教団に差し出せ」
「断る」
即答だった。
ローディスの目が細くなる。
「魔剣に選ばれただけで、随分と偉そうだな」
「お前のような子供が扱えるほど、魔剣は甘くない」
カイルはヴァルグレイヴを肩に担ぐ。
「……お前に魔剣の何がわかるんだよ、いちいち腹立つな」
「ならば、力で分からせてやる」
ローディスが聖剣を抜いた。
白銀の光が森を照らす。
「来い小僧」
カイルも魔剣を構える。
「やってみろよ、できるもんならな」
◆
先に動いたのはローディスだった。
――シュン!
一瞬で距離を詰める。
「聖剣技――《グランセリオ・レイ》!」
白銀の斬撃が走った。
「くっ!」
カイルは身体を捻る。
刃が頬をかすめた。
「速ぇ……!」
ローディスは止まらない。
二撃。
三撃。
四撃。
カイルは必死に受け流す。
「どうした?」
ローディスが笑う。
「魔剣の力を見せてみろ」
「……うるせぇ!」
カイルが踏み込む。
「《ヴァルグレイヴ・ファング》!」
黒い炎をまとった斬撃。
――ガキィン!
ローディスが正面から受け止めた。
「遅い」
弾き返される。
カイルの腕が痺れる。
「くっ……!」
ローディスが踏み込む。
「聖剣技――《グランセリオ・ブレイク》!」
衝撃波が地面を走る。
カイルは跳ぶ。
だが、着地した瞬間――
「ぐっ!」
肩に刃がかすめた。
血が流れる。
『焦るな』
「分かってる……!」
『足を見ろ』
カイルはローディスの足を見る。
踏み込み。
重心。
呼吸。
読む。
だが――
「遅い」
――ガキィン!
ヴァルグレイヴが弾かれる。
カイルの身体が吹き飛んだ。
「コイツ思ってたより…強ぇ」
ローディスは聖剣を構える。
「これが聖剣の力だ」
◆
カイルは立ち上がる。
肩から血が流れている。
「……まだだ」
ローディスが笑った。
「まだ戦うか小僧」
「ああ」
「ならば――」
ローディスが片手を上げた。
「全員、出ろ」
カイルの表情が変わる。
「……は?」
教団兵たちが一斉に前へ出た。
「隊長!」
「我々も加勢します!」
「当然だ」
ローディスは平然と言った。
「1対1で戦う必要などない」
「数で押し潰せ」
カイルはヴァルグレイヴを握り直す。
「……お前」
「1対1じゃ勝てそうなのに、なんで部下まで使うんだよ」
ローディスは鼻で笑った。
「勝つためなら手段など選ばない言うでないか獅子は兎を搏つに全力を用う」
「部下は、何の為にいる?使う為だ」
「……最低だなお前」
「好きに言え勝てば官軍よ」
ローディスが手を下ろす。
「かかれ攻撃しろ!」
教団兵たちが一斉に襲いかかる。
剣。
槍。
弓。
無数の攻撃がカイルへ集中する。
「くそっ!」
カイルはヴァルグレイヴを振る。
一人。
二人。
三人。
武器を弾き飛ばす。
だが、数が多い。
「右か!」
『左だ』
「どっちだよ!」
槍をかわす。
背後から剣。
――ガキィン!
受け止める。
その隙に別の兵士が斬り込む。
「ぐっ!」
腕から血が流れる。
「まだだ!」
カイルは後退する。
「多すぎるだろ……!」
ローディスは遠くから笑っている。
「どうした?小僧」
「魔剣の力を見せてみろ」
「これが教団の」
聖剣を掲げる。
「数の力だ」
◆
その時だった。
――ズガァァァン!!
轟音。
森の地面が大きく裂けた。
教団兵たちが一斉に足を止める。
「なっ……!」
「何だ!?」
カイルも振り返る。
森の奥から、一人の男が歩いてくる。
黒い外套。
傷だらけの鎧。
そして――
右手には赤黒い魔剣。
刀身には血管のような紋様が走っている。
男は楽しそうに笑った。
「……おいおい」
「1人の魔剣使いを、こんな大人数で囲んでるのか?」
ローディスが睨む。
「貴様、何者だ!」
男は笑った。
「俺か?」
一歩、前へ出る。
「グレン・ヴァルガ」
「魔剣の使い手だ」
カイルが眉をひそめる。
「……魔剣使い?」
グレンはカイルを見る。
そして、ヴァルグレイヴを見る。
その瞬間――
ブラッドレイヴンが脈動した。
「その魔剣…ヴァルグレイヴ」
カイルの目が細くなる。
「知ってんのか?」
グレンは笑う。
「ああ」
「その魔剣は有名だからな知らないはずがない」
ヴァルグレイヴも――
ドクン。
激しく脈動する。
『……やつの魔剣』
カイルが驚く。
「ヴァルグレイヴ?」
『クックッあの剣……我と同じだ』
ヴァルグレイヴは不気味な笑いをした
◆
グレンは教団兵たちを見渡す。
「なあ、聖剣使い」
「1人の魔剣使いを、何人で囲んでる?」
ローディスが睨む。
「それがどうした」
「恥ずかしくないのか?腰抜けめ」
グレンの笑顔が消えた。
「お前強いなら1人で戦えよ仮にも聖剣使いなんだよな」
ローディスが聖剣を構える。
「黙れ!魔剣使い」
グレンはブラッドレイヴンを振り上げる。
「まあいい」
「先にここにいる雑魚どもを葬るか」
――ズガァン!
赤黒い斬撃が走る。
教団兵たちの武器が次々と弾き飛ばされた。
「うわぁぁ!」
「何だ、この力は!」
「武器が退け!」
兵士たちが吹き飛ぶ。
グレンはカイルを見る。
「ほら」
「俺も混ぜろよ戦いに」
カイルはヴァルグレイヴを構え直した。
「……変な奴が来たなでも、助かったぜ」
ヴァルグレイヴの声が低く響く。
『この男面白い』
◆
ローディスはグランセリオを構えた。
「貴様ら魔剣使いを、まとめて処分してやるわ」
グレンが笑う。
「いいねぇ」
カイルもヴァルグレイヴを構える。
「俺も、こいつには負けちゃいられねえ」
その瞬間。
ヴァルグレイヴが強く脈動した。
『……欲しい』
「どうした?何が欲しいんだ?」
『あの魔剣の欲が欲しい』
カイルはブラッドレイヴンを見る。
「ブラッドレイヴンの……欲?」
『ああ』
『強者との戦いを求める欲』
『闘争への渇望』
ヴァルグレイヴの刀身に黒い紋様が走る。
『我は、それを知っている素晴らしいものだ』
カイルは眉をひそめる。
「取り込めるのか?」
『取り込むのでない』
一瞬の沈黙。
『だが…欲がほしい』
カイルは苦笑する。
「……好きにしろ」
◆
ローディスが踏み込んだ。
「魔剣使いが二人なら――」
グランセリオが輝く。
「まとめて斬る!」
カイルとグレンも同時に動いた。
白。
黒。
赤黒。
三つの力が激突する。
――ドガァァン!!
森が震えた。
ローディスの聖剣技
グレンの荒々しい魔剣技
カイルとヴァルグレイヴの連携技
三人の戦いが激しく交差する。
だが――
ローディスは、さらに兵士たちへ命じた。
「全員、下がれ!」
兵士たちが距離を取る。
「魔法砲弾を一斉に撃て!」
「隊長!?しかし仲間が交戦してます」
「構わん!」
「魔剣使いごと吹き飛ばせ!」
兵士たちが一斉に攻撃する。
カイルが目を見開く。
「あいつ魔法砲弾まで用意してたのかよおい!仲間がいるのに正気か?」
グレンも笑みを消す。
「こいつ……本当にクズだな」
「仲間たちごと巻き込む気かよ!」
ローディスは答えた。
「勝利に犠牲はつきものだ!」
◆
その瞬間。
ヴァルグレイヴが――
静かになった。
『……』
カイルが眉をひそめる。
「ヴァルグレイヴ?どうした?」
返事はない。
ただ、黒い炎だけが刀身を這っている。
そして――
『……邪魔をするな聖剣使い』
カイルの右腕が、勝手に動いた。
そしてシュンとひと振りした
「手が勝手に」
剣から黒い炎が飛びだす
――ドォォォン!!
押し寄せていた攻撃が、一瞬で消し飛んだ。
ローディスの顔から余裕が消える。
「何だ……今のは……」
ヴァルグレイヴがカイルの身体を動かす。
『我は、あの魔剣と戦う』
『我の欲を邪魔する者は――』
カイルが叫ぶ。
「ヴァルグレイヴ、待て!」
だが――
もう遅かった。
ローディスが聖剣を構える。
「魔剣ごときが!」
その言葉を聞いた瞬間。
ヴァルグレイヴが反応した。
『……魔剣ごとき?』
空気が震える。
『我を侮るな』
――ザンッ!!
黒い一閃。
ローディスのグランセリオが弾き飛ばされる。
さらに二撃目。
ローディスの身体が吹き飛んだ。
首が変な方向に曲がっている
「ぐあっ!」
地面を何度も転がる。
そして――
動かなくなった。
◆
静寂。
教団兵たちは凍りついた。
「……隊長?」
一人が駆け寄る。
肩を揺さぶる。
反応はない。
「……死んでる」
誰かが呟いた。
ローディスは――
聖剣を握ったまま、息を引き取っていた。
「逃げろ!」
1人が叫ぶ。
「ここにいたら俺たちも殺される!」
「撤退だ急げ」
兵士たちは一斉に逃げ始めた。
誰もローディスを連れていこうとはしなかった。
カイルは、その背中を見つめる。
「……隊長を置いていくのかよ」
グレンが鼻で笑う。
「そんなもんだろ連れて行くも何も奴はもう死んでる」
「強い奴が倒れたら、弱い奴は逃げる」
◆
だが。
教団兵たちが去ったあとも――
グランセリオは、ローディスの手に残っていた。
聖剣の刀身は静かだった。
すると――
ヴァルグレイヴが、一度だけ大きく脈動した。
『……光』
カイルが振り返る。
「何だ?」
『聖剣の力だ』
その瞬間。
グランセリオの刀身に、細かな亀裂のような光が走った。
――ピシッ。
「……?」
グレンもブラッドレイヴンを下ろす。
「何だ、あれ」
グランセリオが白く輝き始める。
だが――
剣そのものが消えているわけではない。
変化していたのは、刀身の奥だった。
「……何かが聖剣から抜けてる?」
カイルが呟く。
白い光が、グランセリオの内部から少しずつ浮かび上がる。
それは、長い間剣の中に封じられていた力そのものが、外へ解放されていくようだった。
ヴァルグレイヴが低く響く。
『ようやく…始まった』
「何が?」
『聖剣の中に封じられていたものが、抜けだしている』
白い光がさらに強くなる。
そして――
グランセリオの刀身から、一つの光の塊が完全に抜け出した。
――ドクン。
グランセリオが震える。
白い光は空中へ浮かび上がった。
「……!」
だが、グランセリオそのものは残っている。
ただ――
もう、以前のような聖なる輝きを放ってはいなかった。
白銀だった刀身が、普通の金属のように静まり返っている。
カイルは目を細める。
「……剣は残ってる」
『ああ』
「じゃあ、何がなくなった?」
ヴァルグレイヴが答える。
『聖剣としての力だ』
カイルは息を呑む。
「……グランセリオは、聖剣じゃなくなったのか」
『正確には――』
ヴァルグレイヴが一瞬沈黙する。
『聖剣として封じられていた力を失った』
白い光は、まだ空中に浮かんでいる。
まるで行き先を探しているようだった。
「どこへ行くんだ?」
ヴァルグレイヴが答える。
『……帰る』
「帰る?」
『本来あるべき場所へ』
白い光が、ゆっくりと上昇する。
森の木々を抜ける。
空へ。
そして――
まるで何かに導かれるように、一つの方向へ進み始めた。
カイルはその光を見上げる。
「……帰るって何処に?」
ヴァルグレイヴは答えなかった。
ただ、黒い刀身の奥で――
銀色の光が一瞬だけ輝いた。
◆
その頃。
リュウガは、すでにゼインのもとを離れていた。
剣王に会いにいく旅。
山道を一人で歩いている。
「……遠いな」
腰にはムーンブレイド。
ガイウスとの戦いで負った傷も、まだ完全には癒えていない。
それでも歩き続けていた。
その時――
ムーンブレイドが微かに震えた。
「……?」
リュウガが足を止める。
「どうした?」
返事はない。
だが。
意識の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
『リュウガ』
「……アストレア?」
『うん』
少し楽しそうな声だった。
『お客さんがもうすぐくるよ』
「……お客さん?」
リュウガが空を見上げる。
遠くから、一筋の白い光が近づいてきていた。
「……何だ、あれ?」
アストレアが静かに言う。
『聖剣の力だね』
「聖剣……?」
『うん』
『でも、まだ誰なのかは分からない』
光が近づく。
『私と同じようなものかもしれない』
「同じ?」
『記憶の断片』
『私は始源剣の記憶の一部だから、多くのことは知らない』
『その剣も、きっと何かを残している』
白い光がムーンブレイドへ近づく。
リュウガは剣を握る。
「……何が起きるんだ?」
『分からない』
アストレアが笑う。
『だから、お客さんなんだよ』
その瞬間――
白い光がムーンブレイドへ吸い込まれた。
――ドクン!
刀身が強く輝く。
リュウガの頭の中に、一瞬だけ知らない光景が浮かんだ。
白い剣。
戦場。
誰かの声。
『……守れ』
そして――
記憶は消えた。
「……今のは?」
『新しいお客さんの記憶かな』
「名前は?」
『まだ分からない』
「……そっか」
リュウガはムーンブレイドを見る。
刀身には、新たな光が宿っていた。
アストレアが静かに言う。
『そのうち、本人が話してくれるかもしれないね』
「……そうだな」
リュウガは再び歩き始めた。
◆
一方。
グランセリオは森の中に残されていた。
聖なる輝きは消えている。
それでも、剣そのものは存在している。
ただの剣となったグランセリオ。
だが――
その力が消滅したわけではなかった。
本来、グランセリオの中に封じられていたもの。
始源剣の記憶断片。
そして、それに結びついた聖なる力。
それらだけが、ムーンブレイドのもとへ帰ったのだ。
◆
そして。
グランセリオから抜け落ちた記憶断片を――
ヴァルグレイヴが覗いていた。
カイルの意識に、光景が流れ込む。
白い剣。
戦場
誰かの声
『……守れ』
そして――
それらに分かれる前の、巨大な一本の剣。
『……始源剣』
カイルが息を呑む。
「これが……お前の記憶なのか?」
『違う』
『我の中にある意志核とは別だ』
『聖剣に封じられていた記憶の断片だ』
「全部分かるのか?」
『分からぬ』
『断片にすぎない』
カイルは黙った。
『だが――』
ヴァルグレイヴが低く響く。
『一つだけ分かった』
「何だ?」
『我らは、かつて1つだった』
カイルは息を呑む。
「……始源剣がヴァルグレイヴ」
『そうだ』
それ以上の記憶は途切れていた。
カイルはヴァルグレイヴを見る。
「じゃあ、お前は今は何なんだ?」
ヴァルグレイヴは答えなかった。
ただ、黒い刀身の奥で――
銀色の光が静かに脈動していた。
◆
グレンがカイルを見る。
「おい」
「何ぶつぶつ言ってる?」
カイルは振り返る。
グレンにはヴァルグレイヴの声は聞こえていない。
「……何でもねぇよ」
グレンは笑った。
「そうか」
ブラッドレイヴンを構える。
「なら――続きをやろうぜ」
カイルもヴァルグレイヴを構え直す。
「……ああ」
二本の魔剣が再び激突する。
――ドガァァン!!
黒い炎。
赤黒い魔力。
森を揺らす轟音。
その戦いの裏側で――
1つの聖剣の力は、ムーンブレイドへ帰っていた。
そして。
聖剣に封じられていた始源剣の記憶断片は、ヴァルグレイヴによって覗かれた。
それは、まだほんの一欠片。
だが――
その一欠片は、いずれリュウガの精神世界に現れる新たな聖剣へと繋がっていく。
聖剣教団はまだ知らない。
ローディスの死によって失われた聖剣が、ただ消えたのではないことを。
そして――
自分たちが恐れている「封印の揺らぎ」が、少しずつ始まっていることを。
第九章――完




