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第十章 魔剣の記憶

挿絵(By みてみん)1頭の早馬が聖教会の前でとまる


聖剣教団本部。


深夜。


重い扉が――


――バンッ!


勢いよく開いた。


「報告があります!」


泥と血にまみれた騎士が、息を切らしながら謁見の間へ駆け込んできた。


「どうしたのだ、その格好は」


司祭の一人が立ち上がる。


騎士はその場に膝をついた。


「……ローディス隊長の捜索隊から、帰還しました」


「ローディスはどうした?」


騎士は一瞬、言葉を失った。


そして――


「……戦死されました」


謁見の間が静まり返った。


「何?今なんと言った?」


「隊長は戦死されました」


騎士はもう一度答え顔をあげる


「捜索対象の魔剣使いとの戦闘で」


「馬鹿なそんな事があるはずは、ローディスはレオン程ではないがかなりの実力者だぞ」


司祭たちが互いに顔を見合わせる。


「それで?戦況をはなせ」


騎士は拳を握った。


「ローディス隊長は聖剣《グランセリオ》を抜き、初戦はカイルを追い詰めていましたそして、我々もカイルを拘束すべく戦闘に加勢しました。」


「ですが――」


騎士の声が震える。


「途中で、別の魔剣使いが現れました」


「別の?」


「はい」


「黒い外套を着た男です」


「赤黒い魔剣を持っていました」


司祭たちの間にざわめきが広がる。


「魔剣使いが……二人?」


「はい」


騎士は頷いた。


「男は戦場へ入り、カイルに加勢しました」


「その男の名は――」


一度、息を整える。


「グレン・ヴァルガ」


「魔剣《ブラッドレイヴン》の使い手です」


「……ブラッドレイヴン」


その名を聞いた司祭の表情が変わった。


騎士は続ける。


「二人の魔剣使いとローディス隊長の戦いになりました」


「そして最後に隊長を倒したのは――」


「カイルです」


「……」


「ヴァルグレイヴの力が、途中から異常なほど強くなりました」


「まるで……魔剣自身が何かを求めているのを邪魔されて怒っているように見えました」


司祭が眉をひそめる。


「ローディスはその後どうなった」


騎士は俯いた。


「…… ヴァルグレイヴの一閃で吹き飛ばされて息をひきとりました」


「その一閃でか?」


「はい確認しました」


「生存の可能性はありません」


重い沈黙が落ちる。


やがて、司祭が口を開いた。


「グランセリオはどうした?」


騎士は答えに詰まった。


「……分かりません」


「何?」


「隊長が倒れた後、我々は混乱して撤退しました」


「グランセリオが現場に残ったのか」


「誰かが持ち去ったのか」


「……確認できていません」


司祭が目を細める。


「つまり、分からないということか」


「はい」


「……そうか」


司祭は立ち上がった。


「ローディスの遺体については回収隊を出せ」


「はい」


「だが、グランセリオについては慎重に調べろ」


「選定者がいなくなった事で聖剣が自ら戦場を離れた可能性もある」


騎士は頷いた。


「承知しました」


「それと――」


司祭は低い声で続ける。


「グレン・ヴァルガについても情報を集めろ」


「はい!」


騎士は頭を下げる。


「失礼します」


扉が閉じた。


――ギィィィ……。


◆


誰も、しばらく口を開かなかった。


やがて、一人の司祭が呟く。


「……ガイウスに続いて、ローディスまで任務失敗」


「ガイウスはムーンブレイドの使い手に敗北」


「そしてローディスは魔剣使いによって戦死」


別の司祭が続ける。


「しかも今回は、魔剣使いが二人も…」


「カイル」


「そしてグレン・ヴァルガ」


最奥に座る老司祭が、静かに目を細めた。


「……聖剣も動いている」


「魔剣も動いている」


「何かが始まっているのかもしれんな」


だが――


その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。


◆


深い森。


月明かりすら届かない場所。


2人の魔剣使いが戦っていた


1人はカイル


肩には傷が残っている。


腕にも血が滲んでいた。


その手には――


ヴァルグレイヴ。


その視線の先。


もう1人はグレン


黒い外套。


傷だらけの鎧。


そして――


赤黒い魔剣。


男は楽しそうに笑っていた。


カイルはヴァルグレイヴを再び構える。


「俺の名前はカイルだ」


グレンはカイルの剣を見る。


そして――


ブラッドレイヴンが脈動した。


――ドクン。


グレンの目が細くなる。


「楽しいなあ、ゾクゾクするぜ」


カイルが眉をひそめる。


「ああ」


グレンは笑った。


その瞬間。


ヴァルグレイヴも――


――ドクン。


激しく脈動した。


『……あの剣』


カイルが驚く。


「ヴァルグレイヴ?」


『ククッ……』


『やはり我と同じだ』


カイルはブラッドレイヴンを見る。


「何がだ?」


『魔剣としての欲を持っている』


◆


グレンがブラッドレイヴンを再び構えなおす。


「どうした?」


「もう戦わないのか?」


カイルも剣を構える。


「やめるわけねぇだろ」


グレンが笑う。


「そうこなくちゃな」


次の瞬間――


――ズガァン!


赤黒い斬撃が走った。


カイルは身体を捻る。


刃が頬をかすめる。


「速ぇ……!」


グレンが踏み込む。


二撃。


三撃。


カイルは必死に受け流す。


『左だ』


「分かってる!」


カイルが横へ跳ぶ。


グレンの刃が木を切り裂く。


「……?」


グレンの目が僅かに細くなった。


だが、何も言わない。


カイルは踏み込む。


「《ヴァルグレイヴ・ファング》!」


黒い炎をまとった斬撃。


――ガキィン!


グレンがブラッドレイヴンで受け止める。


「いいな!」


赤黒い魔力が爆発する。


カイルの身体が弾き飛ばされた。


「ぐっ……!」


グレンは笑う。


「もっと見せろよ!」


「お前の魔剣の力を!」


カイルは立ち上がる。


「言われなくても!そのつもりだ」


再び二本の魔剣がぶつかった。


◆


黒い炎。


赤黒い魔力。


二つの力が森の中で激しくぶつかる。


一撃。


二撃。


三撃。


互いの身体に傷が増えていく。


それでも――


二人とも笑っていた。


「最高だな!」


グレンが叫ぶ。


「もっとだ!」


カイルも歯を食いしばる。


「こっちだって!」


その瞬間。


ヴァルグレイヴが強く震えた。


『……欲しい』


「またかよ」


『あの魔剣の欲が欲しい』


カイルは眉をひそめる。


「ブラッドレイヴンの……欲?」


『ああ』


『強者と戦いたい』


『限界まで戦いたい』


『もっと強くなりたい』


ヴァルグレイヴの刀身に、黒い紋様が走る。


『……知っている』


「何を?」


『この欲を』


『我も、かつて持っていた』


カイルが目を見開いた。


「……お前も?」


『ああ』


◆


その瞬間。


ヴァルグレイヴの中に、断片的な光景が流れ込んだ。


荒れ果てた戦場。


無数の剣。


倒れていく敵。


そして――


戦いを求め、前へ進み続ける黒い剣。


『……我は戦っていた』


『強者を求めていた』


『もっと強い敵を』


『もっと激しい戦いを』


カイルは息を呑む。


「それ……お前の記憶か?」


『そうだ』


「じゃあ、ブラッドレイヴンから奪ったのか?」


『違う』


ヴァルグレイヴの声が低く響く。


『奪ったのではない』


黒い炎の奥に――


赤黒い光が混じり始める。


『あの欲を感じたことで』


『我自身の記憶が戻った』


カイルがヴァルグレイヴを見る。


「……記憶が?」


『そして――』


赤黒い光がさらに強くなる。


『我自身の力も』


――ドクン!


ヴァルグレイヴが大きく脈動した。


◆


グレンも、その変化に気づいていた。


「……おい」


「お前の剣、変わったぞ」


カイルは刀身を見る。


黒い炎の中に、赤黒い光。


見たことのない紋様。


「これが……」


『かつて我が持っていた力だ』


「使えるのか?」


『まだ完全には思い出せぬ』


「なんだよ、それ」


カイルが苦笑する。


ヴァルグレイヴが低く唸る。


『だが――』


黒と赤黒の光が一つになる。


『今なら、使える』


カイルが笑った。


「だったら使ってみろ!」


「俺も付き合う!」


ヴァルグレイヴを構える。


「行くぞ!」


――ドガァァン!!


黒と赤黒の衝撃が走る。


ブラッドレイヴンが弾き飛ばされた。


グレンの身体が吹き飛ぶ。


「ぐっ!」


木に叩きつけられる。


だが――


グレンは笑っていた。


「……最高だ」


ゆっくり立ち上がる。


「それだ」


「もっと見せろ!」


ブラッドレイヴンが赤黒く燃え上がる。


「もっと強い力を!」


カイルも笑う。


「望むところだ!」


◆


二本の魔剣が、再び激突した。


黒。


赤黒。


二つの炎が森を染める。


カイルの腕から血が流れる。


グレンの頬にも傷が走る。


それでも止まらない。


『もっと強く!』


『もっと戦え!』


二本の魔剣の声が重なる。


その瞬間――


ヴァルグレイヴの奥で、何かが弾けた。


――ドクン。


カイルの視界が、一瞬だけ白く染まる。


そこに浮かんだのは――


一本の巨大な剣。


白。


黒。


銀。


三つの光を宿した、始まりの剣。


「……これが」


カイルが呟く。


「始原剣……?」


巨大な剣に亀裂が走る。


白い光が分かれる。


黒い闇が分かれる。


そして――


銀色の光も分かれていく。


三本の剣。


ムーンブレイド。


ヴァルグレイヴ。


そして――


銀色の剣。


だが、その姿はぼやけている。


名前までは分からない。


ただ、その銀色の剣が――


二つの剣の間に立っていた。


『……まだ、戻る時ではない』


「誰だ!」


カイルが叫ぶ。


だが、声は消える。


銀色の剣も、闇の中へ消えていった。


◆


「――カイル!」


グレンの声で、現実へ引き戻される。


目の前にはブラッドレイヴン。


「分かってる!」


――ガキィン!


間一髪で受け止める。


グレンが目を細めた。


「今の……何だ?」


「あんたにもみえたのか、俺にも分からねぇ」


カイルはヴァルグレイヴを見る。


刀身には――


今までなかった銀色の線が浮かんでいる。


『……思い出した』


「何を?」


『我らは、かつて一つだった』


カイルは息を呑む。


『ムーンブレイド』


『ヴァルグレイヴ』


『そして――』


ヴァルグレイヴが一瞬、沈黙する。


『もう一つの刃』


カイルが呟く。


「……前に話したエクリシアか?」


『……まだ、分からぬ』


「お前にも分からないのかよ」


『記憶が足りぬ』


カイルはヴァルグレイヴを握り直した。


「だったら――」


「もっと思い出せばいい」


ヴァルグレイヴが低く笑う。


『その通りだ』


◆


グレンはブラッドレイヴンを肩に担いだ。


「……お前」


カイルを見る。


「さっきから、誰と話してる?」


カイルの動きが止まった。


「……は?」


グレンは笑う。


「いや」


「さっきから、お前の返事がおかしいんだよ」


「誰もいないところに返事してる」


カイルは黙った。


ヴァルグレイヴが低く脈動する。


『……』


グレンはブラッドレイヴンを見る。


「なるほどな」


「お前の魔剣――」


一瞬だけ目を細める。


「喋るんだろ?」


カイルが驚く。


「……なんで分かった?」


グレンは笑った。


「俺も魔剣使いだからな」


「その魔剣が普通の剣じゃないくらい、分かるさ」


カイルはヴァルグレイヴを見る。


「……バレたか」


『面白い男だ』


ヴァルグレイヴが呟く。


グレンはその声までは聞こえない。


だが――


「……やっぱりな」


そう笑った。


◆


しばらくの沈黙。


二人とも、すでに満身創痍だった。


グレンがブラッドレイヴンを構える。


「……今日はここまでだな」


カイルもヴァルグレイヴを構え直す。


「ああ」


「次は決着つけようぜ」


「望むところだ」


グレンが笑う。


「次に会う時までに、もっと強くなっとけよ」


カイルも笑った。


「そっちこそな」


二人は互いに剣を下ろした。


敵であることは変わらない。


それでも――


互いを魔剣使いとして認めていた。


グレンは森の奥へ歩いていく。


カイルも反対方向へ歩き始める。


数歩進んだところで、ヴァルグレイヴが呟いた。


『……次は、もっと思い出せそうだ』


カイルは小さく笑う。


「じゃあ、次の戦いが楽しみだな」


黒い刀身が、静かに輝いた。


森には、二人の足音だけが残った。


そして――


二本の魔剣が感じた「欲」と「記憶」は、まだ始まりにすぎなかった。


ヴァルグレイヴはブラッドレイヴンの力を奪ったわけではない。


その欲に触れたことで――


自分自身がかつて持っていた力と記憶を、少しだけ取り戻した。


そしてその記憶の奥には――


白。


黒。


銀。


三つの剣へと分かれた、始原剣の姿が眠っていた。


だが、その真実が明らかになるのは――


まだ先のことだった。


――第十章・完

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