第十一章 剣王
周囲には人の気配がない。
だが、静かなだけではなかった。
その場所に立っただけで、リュウガは妙な緊張を覚えていた。
「ここにいるのか剣王…」
腰に携えたムーンブレイドへ、無意識に手を添える。
ここへ来た理由は、先の戦いで無意識のうちに戦闘した謎を探る為だ。
師匠から託された手紙。
そこには、リュウガが戦いの中で見せた奇妙な剣技について、細かな記録が残されていた。
足の踏み込み。
身体の向き。
剣を振り抜く角度。
そして、技を放つ直前の身体の動き。
まるで、その場にいた者がリュウガの動きを一つ一つ見ていたかのように。
実際、ゼインはあの戦いを見ていた。
だが、ゼイン自身にも、その技を教えることはできなかった。
だからこそ、剣聖はリュウガにこう告げた
――この技の構造を理解できる者がいる。
――剣王を訪ねろ。
リュウガは大きく息を吐き、館の扉を叩いた。
「誰だ」
低い声が返ってくる。
「リュウガです。ゼインさん、から手紙を預かっています」
しばらくして扉が開いた。
現れたのは、一人の男だった。
年齢は六十代ほどに見える。
長身で、無駄な動きが一切ない。
黒髪には少し白いものが混じり、鋭い目をしている。
だが、その目には敵意はなかった。
「……リュウガ?」
「はい」
「入れ」
短い言葉。
リュウガは館の中へ入った。
そして、その男へ手紙を差し出す。
「ゼインさん、からです」
男は手紙を受け取ると、封を開けた。
静かに読み進める。
しばらくすると、その表情が変わった。
「……なるほど」
男は手紙を折りたたむ。
「これが、先の戦いの記録と詳細か」
「手紙の内容はみてないのでわかりません」
男はリュウガを見つめた。
「改めて名乗っておこう」
「私は剣王と呼ばれている」
一拍置いて、男は名を告げた。
「ヴァルド・レインだ」
「ヴァルド……」
「聖剣、魔剣の仕組みや構造を研究している。そういう意味で、第一人者と呼ばれることもある」
リュウガは驚いた。
「でも……聖剣も魔剣も持ってないんですね」
ヴァルドは僅かに笑った。
「持たない」
「どうして?」
「持っていれば、教団に目をつけられる」
ヴァルドは淡々と答える。
「私は聖剣や魔剣を研究している。それだけで、教団からすれば警戒する理由になる。まして聖剣や魔剣を所持していれば、研究どころではなくなる」
ヴァルドは腰に佩いた剣へ手を添えた。
「だから私は、これを使っている」
鞘からわずかに刀身を覗かせる。
聖剣でも魔剣でもない。
ただ、卓越した技術によって鍛えられた名刀。
「技物ですか……」
「そうだ」
ヴァルドは刀を戻す。
「ゼインも同じだ」
「師匠も?」
「ああ」
ヴァルドの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「私とゼインが使っている剣は、同じ刀匠が打ったものだ」
「……師匠と?」
「昔、ゼインとは旅をしたことがある」
リュウガは目を丸くした。
「その頃から、あいつは剣の腕だけは大したものだった」
「だけは……?」
リュウガが思わず聞き返す。
ヴァルドは初めて、少し楽しそうに笑った。
「本人に言えば怒るだろうな」
そして、その目が鋭くなる。
「だが、剣だけなら……今でも私とゼインの腕は、ほぼ互角だ」
リュウガは言葉を失った。
「さて」
ヴァルドは話を戻す。
「その剣を見せろ」
リュウガは少し迷った。
だが、ゆっくりとムーンブレイドを抜いた。
刀身が光を受ける。
その瞬間だった。
「……!」
ヴァルドの目が大きく見開かれた。
初めて、明らかな動揺が表情に浮かんだ。
「その剣……馬鹿な」
ヴァルドは一歩近づいた。
「これをどこで手に入れた?」
「俺の村の地下です」
「地下?」
「村が襲われた時、逃げ遅れた人を助けるために家へ飛び込んだんです。その時、床が崩れて……その下に遺跡がありました」
「……まさか」
ヴァルドはムーンブレイドを見つめた。
「辺境にあると記された、あの地下遺跡か」
「知ってるんですか?」
「ああ」
ヴァルドは机の上に積まれた古い書物へ目を向けた。
「私は長年、始源剣について調べている」
「始源剣……?」
「古い文献に、いくつか気になる記述が残っている」
ヴァルドは一冊の古びた本を開いた。
「辺境の地下に存在する、正体不明の遺跡」
ページをめくる。
「そこには、何か始源剣と繋がるものが封じられていると記されていた」
さらにページをめくる。
「だが、遺跡の場所は長い間、誰にも分からなかった」
ヴァルドはリュウガを見る。
「まさか、それが実在していたとはな」
そして、ムーンブレイドへ視線を戻す。
「まして、その聖剣まで……」
リュウガはムーンブレイドを見つめた。
「このムーンブレイドが、始源剣と関係しているんですか?」
「可能性はある」
ヴァルドは即答しなかった。
「まだ断定はできん。文献に残されている情報も断片的だ」
しばらくムーンブレイドを眺めた後、ヴァルドは口元を僅かに上げた。
「……面白い」
「え?」
「リュウガ」
「はい」
「一つ、取引をしないか?」
リュウガは首を傾げる。
「取引?」
「私はお前に、この技を教える」
ヴァルドはゼインの手紙を指で叩いた。
「お前が無意識に使った、ムーンブレイド固有の聖剣技だ」
そして、ムーンブレイドを見る。
「その代わり――」
一瞬、間を置く。
「私の研究にも協力してもらう」
「研究……?」
「ああ」
ヴァルドの目が輝く。
「研究対象は、お前だ」
「俺?」
「正確には、お前とその聖剣だ」
リュウガはムーンブレイドを見る。
「ムーンブレイドには、まだ私の知らない性質がある」
ヴァルドは淡々と続ける。
「どういう条件で力が発現するのか。なぜあの技が使えたのか。どのような構造で聖なる力が流れるのか」
「……つまり、俺を調べたいってことですか?」
「そういうことだ」
あまりにもあっさり言われ、リュウガは苦笑した。
「随分、はっきり言いますね」
「研究者だからな」
ヴァルドは悪びれない。
「それに、私にとってもお前は貴重な存在だ」
「貴重?」
「始源剣に関する文献を研究してきた私の前に、文献と関係する可能性のある剣を持った人間が現れた」
ヴァルドはムーンブレイドを見つめる。
「調べない理由がない」
リュウガはしばらく考えた。
そして頷く。
「分かりました」
「決まりだな」
ヴァルドは立ち上がった。
「ならば、明日から始める」
「明日から?」
「何を驚いている。技を覚えたいんだろう?」
「それは……そうですけど」
「ならば、時間を無駄にするな」
ヴァルドは木剣を手に取った。
「まずは、お前があの技を使った時の身体の動きを再現する」
こうして――
リュウガは剣王ヴァルド・レインのもとで、ムーンブレイドの研究と修行を始めることになった。
そして、その夜。
長い修行を終えたリュウガは、疲れ果てた身体を横たえた。
意識が遠のいていく。
――そして。
目を開けると、そこには見慣れない世界が広がっていた。
淡い光が漂っている。
静かで、どこまでも広い。
「……ここは?」
リュウガが立ち上がる。
その先に、一人の少女がいた。
淡い髪を揺らしながら、こちらを見ている。
「アストレア?」
「うん」
少女は笑った。
「ここはムーンブレイドの中」
リュウガは周囲を見渡す。
「そういや……前にもここに来たことがあったな」
「そうだね」
その時だった。
遠くで光が生まれた。
小さな光。
それは次第に大きくなり、人の姿へと変わっていく。
足が形を作り、身体が生まれる。
そして最後に、一人の男が姿を現した。
長身。
落ち着いた表情。
鋭い目をしているが、その眼差しにはどこか静かな温かさがあった。
アストレアが、その男を見つめる。
「……お客さんは、グランセリオだったのか」
リュウガは目を見開いた。
「グランセリオ?」
男はゆっくりと顔を上げた。
「……俺の名を知っているのか」
「もちろん」
アストレアは答える。
「わたしも聖剣だから」
グランセリオは少女を見つめる。
「……アストレアか」
「うん。久しぶり」
リュウガは二人を交互に見る。
「二人とも知り合いなのか?」
「聖剣同士だからね」
アストレアが答える。
「私たちは、お互いのことを知ってるよ」
「だが、今まで言葉を交わすことはできなかった」
グランセリオが続けた。
「俺たちは、それぞれ別の器に存在していたからな」
「じゃあ、どうして今は話せるんだ?」
グランセリオは周囲を見渡した。
「ここがムーンブレイドの中だからだ」
その声は静かだった。
「ここでは……聖剣同士が言葉を交わすことができる」
リュウガはグランセリオを見つめた。
「じゃあ、お前はどうしてここに来たんだ?」
グランセリオはしばらく黙っていた。
やがて、自分の胸に手を当てる。
「……俺にも詳しいことは分からない」
「分からない?」
「ああ」
グランセリオはムーンブレイドの中の精神世界を見渡した。
そして、静かに言った。
「ただ――」
その表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
「帰るべき場所に帰ってきただけだ」
リュウガは言葉を失った。
「帰るべき……場所?アストレアも同じ事言ってたな」
「そうだ」
グランセリオは頷く。
「理由は分からない」
そして、ムーンブレイドの世界を見つめる。
「だが、ここに来た時……そう感じた」
アストレアも静かにグランセリオを見る。
リュウガは何も答えられなかった。
ただ一つ。
ムーンブレイドの中で、何かが始まった。
そんな気がした。
そして――
この夜から、リュウガは聖剣たちの知られざる世界へ足を踏み入れることになるのだった。
第十一章 完




