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第八章 帰還する聖剣

挿絵(By みてみん)山奥の小屋。


静かな朝だった。


窓から差し込む光が、床を淡く照らしている。


その部屋の中央で――


リュウガは布団に横たわっていた。


「……っ」


身体を動かそうとした瞬間。


脇腹に鋭い痛みが走る。


「痛っ……!」


思わず顔をしかめる。


「まだ動くな」


隣から声がした。


「……師匠」


剣聖ゼイン・アルヴァードが、薬草を調合していた。


リュウガは自分の身体を見る。


胸元には包帯。


左肩にも包帯。


そして脇腹には、ガイウスの剣によってできた深い傷が残っている。


「……俺、こんなに怪我してたのか」


「自覚がなかったのか?」


「戦ってる時は……必死だったから」


ゼインは薬草をすり潰しながら答える。


「最後の一撃を放った後、お前はそのまま倒れた」


「かなり危険な状態だった」


「……そうだったんだ」


リュウガは天井を見つめた。


ガイウスとの戦い。


アストレアの光。


ムーンブレイドの輝き。


そして――


自分でも理解できなかった、最後の力。


「……師匠」


「何だ」


「俺、最後に何をしたんですか?」


ゼインの手が止まった。


「私にも分からん」


「……師匠でも?」


「ああ」


ゼインはリュウガを見る。


「お前の剣技そのものなら分析できる」


「足運びも、呼吸も、力の流れもな」


「だが、聖剣そのものが持つ力については――」


ゼインは首を横に振った。


「私は聖剣使いではない」


「魔剣使いでもない」


「だから、あの技がムーンブレイド自身の力なのか、別の何かなのか……今の私には判断できん」


リュウガはムーンブレイドを見る。


「……俺自身でも分からない」


「だからこそ、調べる必要がある」


ゼインは包帯を締め直した。


「だが、その前に傷を治せ」


「俺、もう動けますよ」


リュウガが起き上がろうとする。


「動くな」


「はい……」


すぐに布団へ戻る。


ゼインは小さく息を吐いた。


「強くなりたいのは分かる」


「だがな」


ゼインはムーンブレイドを見る。


「身体が壊れれば、剣は振れん」


リュウガは黙っていた。


「守るための力が欲しいなら――」


ゼインは静かに続ける。


「まず、自分自身を守れる身体を作れ」


「……はい」


リュウガは小さく頷いた。


その言葉が、胸に残った。


◆


数日後。


リュウガはようやく立って歩けるようになった。


まだ傷は完全には塞がっていない。


それでも、以前より身体は軽い。


「……少しだけ、剣を」


ムーンブレイドへ手を伸ばす。


「駄目だ」


「まだ何も言ってないですよ」


「顔に書いてある」


「……」


リュウガは渋々手を引っ込めた。


ゼインが少しだけ笑う。


「焦るな」


「強さというのは、一日で身につくものではない」


「分かってます」


リュウガはムーンブレイドを見る。


「でも……あの技だけは、知りたい」


「なぜ自分が使えたのか」


「そして――」


「なぜ、あの時だけムーンブレイドがあんな力を出したのか」


ゼインはしばらく考えた。


「一人、心当たりがある」


「誰ですか?」


「剣王ヴァルディア・グラン」


「……剣王?」


「ああ」


ゼインは遠い山を見る。


「私がまだ剣聖と呼ばれる前、何度か剣を交えた男だ」


「勝ったんですか?」


「勝負に決着はつかなかった」


「お互い、本気で殺し合う理由がなかったからな」


リュウガは少し驚いた。


「師匠と互角に戦った人……」


「そう思っていい」


ゼインは続けた。


「ヴァルディアは今、始原剣を追っている」


「始原剣……」


リュウガはその言葉を繰り返した。


「聖剣と魔剣の起源に関わる、古代の剣だ」


「ヴァルディアは何年も古代文献を調べている」


「そして――」


ゼインはムーンブレイドを見る。


「始原剣とムーンブレイドには、深い関係があるという記録を見つけている」


「……ムーンブレイドと始原剣が?」


「ああ」


「どういう関係なんですか?」


「そこまでは、ヴァルディアにも分かっていない」


ゼインは首を横に振る。


「だが、古代文献の中で何度も同じ記述が出てくるらしい」


リュウガはムーンブレイドを見つめた。


「俺の剣と……始原剣」


「何かが繋がっている」


「そう考えるのが自然だろう」


◆


ゼインは懐から一通の封筒を取り出した。


「これを持っていけ」


リュウガが受け取る。


「手紙ですか?」


「ああ」


「ヴァルディアへの紹介状だ」


リュウガは封筒を見る。


「中を読んでも?」


「駄目だ」


即答だった。


「本人に直接渡せ」


「分かりました」


リュウガは封筒を大切にしまった。


「何が書いてあるんですか?」


ゼインは答えなかった。


「ヴァルディアに会えば分かる」


そして――


「お前自身の剣についても、何か分かるかもしれん」


リュウガは頷いた。


「行きます」


「傷が治ってからだ」


「……はい」


◆


その頃。


聖剣教団。


本部の門を、一人の男がくぐった。


白銀の鎧は傷だらけ。


身体には深い傷。


そして右手には――


折れた聖剣。


「ガイウス様!」


騎士たちが駆け寄る。


「その傷はいったい……!」


「先に報告をする」


ガイウスはそれだけを言った。


◆


教団本部。


会議室。


ガイウスは中央に立っていた。


「ムーンブレイドの所有者を確認しました」


「レオン様の報告にもあった少年です」


「そして――」


折れたアストレアを見せる。


「私の聖剣、アストレアはその少年に破壊されました」


部屋にざわめきが広がった。


「聖剣が破壊された?」


「一体、何があった?」


ガイウスは答える。


「ムーンブレイドです」


「最後に、未知の技を使いました」


「私にも、あれが何なのか分かりません」


「ただ――」


ガイウスは折れたアストレアを見る。


「その一撃で、アストレアは折れました」


一人の司祭が口を開く。


「ならば、その少年を処分すべきでは?」


ガイウスは首を横に振る。


「私は反対します」


「……なぜだ?」


「殺すには惜しい人材です」


「ムーンブレイドを扱える者は、そう多くいません。ましてやあれはロストアイテムです」


「彼はまだ、自分の力を完全には理解していない」


ガイウスは続ける。


「ならば――」


「同志として教団側へ迎え入れる」


「そして、ムーンブレイドの力を制御する方法を教える」


司祭たちは顔を見合わせた。


「拒否した場合は?」


ガイウスは静かに答えた。


「その時は、私が止めます」


「ですが――」


「最初から殺す必要はありません」


◆


会議の後。


ガイウスは廊下を歩いていた。


そこへ一人の司祭が近づく。


「ガイウス」


「はい」


「次の任務が決まった」


ガイウスが足を止める。


「次の任務?」


「その任務には聖剣が必要だ」


「アストレアは?」


「現在、修復室へ送られている」


「修復には時間がかかるそうだ」


司祭は言った。


「だから、お前自身で新しい聖剣を選べ」


ガイウスは黙っていた。


「……分かりました」


◆


聖剣保管庫。


何十本もの聖剣が並んでいる。


ガイウスは一振りずつ見ていった。


炎を宿す剣。


雷を宿す剣。


光を宿す剣。


だが――


どれもしっくりこない。


その時。


一本の聖剣が、微かに光った。


ガイウスが足を止める。


「……お前か」


柄を握る。


――ドクン。


聖剣が強く輝いた。


ガイウスは静かに目を閉じる。


「……分かった」


「お前と行く」


新しい聖剣が、ガイウスの手に収まった。


その名は――


まだ誰にも語られなかった。


◆


一方。


聖剣教団の修復室。


折れたアストレアが、台の上に置かれていた。


「……かなりひどいな」


修復担当の司祭が刀身を調べる。


「聖剣の力も大きく損なわれている」


「修復できますか?」


「時間をかければ、形だけなら戻せるだろう」


「ですが――」


司祭が眉をひそめる。


「妙だな」


「何が?」


「聖剣の力が……少しずつ弱くなっている」


誰も、その理由を知らなかった。


◆


その夜。


リュウガは山小屋で眠っていた。


まだ傷は完全には癒えていない。


ムーンブレイドは枕元に置かれている。


静かな夜。


そして――


遠く離れた教団の修復室。


誰もいない。


折れたアストレアが、静かに置かれている。


その刀身に残っていた白い光が――


小さく揺れた。


――ドクン。


光が、刀身から抜け出す。


白い光の粒。


それはゆっくりと宙へ浮かんだ。


誰も気づかない。


光は壁をすり抜ける。


夜空へ飛び出す。


そして――


遠い山奥へ向かって飛んでいった。


◆


リュウガの小屋。


ムーンブレイドが、淡く輝く。


その瞬間。


窓から白い光が入り込んだ。


光はムーンブレイドへ吸い込まれていく。


――ドクン。


ムーンブレイドが大きく震える。


そして――


静かになった。


誰も知らない。


アストレアの力が――


ムーンブレイドへ帰ったことを。


教団も。


修復担当者も。


ガイウスも。


ゼインも。


そして、眠っているリュウガさえも。


◆


翌朝。


リュウガは目を覚ました。


「……」


身体を起こす。


まだ傷は少し痛む。


「……痛っ」


脇腹を押さえる。


だが――


ムーンブレイドを見る。


「……何だ?」


いつもと少し違う。


どこか温かい。


「気のせいか……」


リュウガは剣を手に取った。


その瞬間。


視界が――


白く染まった。


◆


気がつくと。


リュウガは、見知らぬ場所に立っていた。


白い空間。


空もない。


地面もない。


ただ静かな光だけが広がっている。


「……ここは?」


声がした。


「やっと来たね、ずっと待ってたのここはムーンブレイドの中だよ、あなたからみたら精神世界になるのかな?」


リュウガが振り返る。


そこには――


一人の少女が立っていた。


白銀の髪。


淡い光をまとった姿。


「……誰だ?」


少女が微笑む。


「私のこと、忘れちゃったの半分に折っておいて」


リュウガの目が見開かれる。


「半分に折った?もしかして……アストレア?」


「うん」


リュウガは息を呑む。


「でも……どうして?」


アストレアは少し困ったように笑った。


「私にも分からない」


「え?」


アストレアは胸に手を当てる。


「ただ――」


「私は、本来あるべき場所に帰ってきたんだと思う」


「本来あるべき場所?」


「うん」


アストレアは、遠くに浮かぶ空間を見つめる


「ここにいると、すごく落ち着く」


「まるで――」


「ずっと前から、ここが私の居場所だったみたいにね」


リュウガは黙っていた。


「でも……」


「どうして、それがムーンブレイドなんだ?」


アストレアは首を横に振った。


「私にも分からない」


「私は、始原剣の記憶の断片にすぎないから」


「始原剣の……記憶?」


「うん」


「私の中には、始原剣に関係する記憶が残っている」


「でも、それは全部じゃない」


「だから、どうしてムーンブレイドが私の本来の場所なのかも分からない」


リュウガはムーンブレイドを見る。


「じゃあ……アストレアはこれからどうなる?」


アストレアは微笑んだ。


「消えないよ」


「私の力も、記憶も、この剣の中に残っている」


「それに――」


アストレアが手を差し出す。


「私が知っていることなら、あなたに教えられる」


「剣の技」


「戦い方」


「聖剣の力の引き出し方」


「私が戦ってきた記憶」


リュウガは驚いた。


「……俺に?」


「うん」


「一緒に強くなれる」


リュウガはムーンブレイドを握る。


「……ありがとう」


アストレアは微笑んだ。


「こちらこそ」


「私を、ここへ帰してくれて」


リュウガは首を傾げる。


「俺が帰したのか?」


「あなたがムーンブレイドを選んだ」


「だから、私はここへ来られたんだと思う」


リュウガはしばらく黙っていた。


そして――


「じゃあ」


「俺に教えてくれ」


「何を?」


「アストレアの力を」


アストレアは嬉しそうに笑った。


「分かった」


「まずは――」


白い光が少女の身体を包む。


「私の最初の技からね」


◆


現実世界。


リュウガは静かに眠っていた。


その隣にはムーンブレイド。


誰も、彼が見ている世界を知らない。


ゼインも。


教団も。


なぜアストレアがムーンブレイドへ帰ったのか。


その本当の理由を知らない。


ただ一つだけ。


アストレアは――


本来あるべき場所へ帰った。


そしてその帰還によって。


ムーンブレイドは、また一つの力を受け入れた。


◆


朝。


リュウガは目を覚ました。


身体を起こす。


「……まだ痛いな」


傷は残っている。


だが、昨日とは違う。


ムーンブレイドを握る。


「……アストレア」


刀身が淡く輝いた。


その光を見つめる。


「俺は、もっと強くなる」


そして、懐の封筒を確認する。


ゼインから託された手紙。


中身はまだ知らない。


向かう先は――


剣王ヴァルディア・グラン。


始原剣の謎。


ムーンブレイドと始原剣の関係。


そして――


アストレアが語った「本来あるべき場所」という言葉。


まだ答えは何も分からない。


それでも。


リュウガは立ち上がった。


「行こう」


ムーンブレイドを腰に収める。


まだ傷は完全には治っていない。


それでも、歩ける。


山道の先へ。


始原剣の真実を探す旅へ。


その手には――


ムーンブレイド。


その中には――


アストレアの力と記憶。


そして、まだ誰も知らない。


三本の剣を繋ぐ、古代の真実が眠っていた。


第八章――完

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