第七章 白銀の覚醒
遠く離れた山奥では。
リュウガもまた、剣の鍛錬を続けていた
「……はっ!」
――ガキィン!
ムーンブレイドが、ゼインの木剣に弾かれる。
「まだまだ遅い」
「くっ……!」
リュウガは踏みとどまる。
息が荒い。
手には豆ができ、腕も限界に近づいていた。
それでも、剣を離さない。
「もう一度お願いします!」
ゼインは静かに頷いた。
「いいじゃろう来い」
リュウガが踏み込む。
一歩
二歩
相手の攻撃を受ける。
流す
そして――
「今!」
ムーンブレイドを振り抜く。
――ガキィン!
ゼインが木剣で受け止めた。
「悪くない」
「……本当ですか?」
「ああ」
ゼインは木剣を下ろす。
「以前のお前なら、ここで力任せに押していた」
リュウガはムーンブレイドを見る。
「今は……違います」
「そうだ」
「剣の力じゃなくて、自分で相手を見る」
ゼインは頷いた。
「よく気付きおったなそれがお前の剣だ」
リュウガは小さく笑う。
「もっと強くなりたいです」
「何のために?」
「守るためです」
即答だった。
「村を」
「セレナを」
「カイルを」
そして――
「ガルド兄ちゃんみたいに、魔剣に負けたくない」
ゼインはしばらくリュウガを見つめた。
「……ならば、もっと強くなれ」
「はい!」
その時だった。
――ザッ。
遠くから、複数の足音が聞こえた。
リュウガが振り返る。
山道の向こうから、白銀の鎧をまとった騎士たちが姿を現した。
十数人。
全員が聖剣教団の紋章を身につけている。
その中央に、一人の男がいた。
白銀の鎧。
短く整えられた髪。
腰には一本の聖剣。
男はリュウガを見る。
そして――
ムーンブレイドを見る。
「……さがしたぞ」
リュウガの表情が険しくなる。
「教団か?……」
騎士たちが一斉に剣へ手をかけた。
だが。
ゼインが一歩前へ出る。
それだけで。
騎士たちの足が止まった。
「……」
中央の男だけが前へ出る。
「私は聖剣教団、捜索隊長」
「ガイウス・レグナード」
男は腰の聖剣へ手を添えた。
「そして、この聖剣――」
柄を握る。
白銀の光が溢れ出した。
「《アストレア》の使い手だ」
リュウガはムーンブレイドを握り直す。
「……俺に何の用だ」
ガイウスは答えた。
「本来の目的は聖剣回収だがその前にひとつ確認したい」
「何を?」
「お前が、本当にムーンブレイドに選ばれた者なのか」
リュウガの眉が動く。
「……どういう意味だ?」
「ムーンブレイドは、古代より存在する聖剣」
「選ばれた者以外には、その真価を引き出せない」
ガイウスは剣を抜いた。
「私は、お前がその資格を持つのか確かめに来た」
「だったら――」
リュウガもムーンブレイドを構える。
「自分で確かめろ!」
ガイウスの目が細くなる。
「いいだろう」
その時。
背後の騎士が口を開いた。
「隊長! 我々も――」
「誰も手を出すな」
ガイウスが遮った。
「これは私と、この少年の戦いだ」
騎士が戸惑う。
「しかし……」
その瞬間。
ゼインが口を開いた。
「……ワシもおるぞ」
静かな声だった。
だが。
騎士たちの顔から、一斉に血の気が引いた。
「……」
「……」
誰も動かない。
ガイウスだけがゼインを見る。
「剣聖……ゼイン・アルヴァード」
「ほぉ、よく知っておるな」
「教団に所属していない剣士の中では、最も警戒すべき人物の一人です」
ゼインは肩をすくめる。
「なら、そこで黙って見おれ騎士諸君」
ガイウスは再びリュウガへ向き直った。
「異論はない」
「私も、お前も――」
アストレアを構える。
「一対一で決着をつけよう」
リュウガは頷いた。
「望むところだ」
◆
二人が向かい合う。
風が吹く。
木々が揺れる。
そして――
ガイウスが消えた。
「――ッ!」
リュウガが反応する。
――ガキィン!
アストレアとムーンブレイドが激突した。
「ぐっ!」
衝撃で、リュウガの足が地面を滑る。
速い。
重い。
一撃一撃が、ゼインの修行とは別次元だったゼインとの修行は基本動作の繰り返し実戦は修行とか違う当たり前だ
ガイウスが連続で斬り込む。
右
左
上段
斜め
リュウガは必死に受ける。
――ガキン!
――キィン!
――ガンッ!
「くっ……!」
「防ぐだけでは勝てんぞ」
ガイウスが踏み込む。
「舐めるなよ―!」
リュウガが身体を捻る。
アストレアの刃を流す。
そして。
「ここだ!くらえ」
ムーンブレイドを振り抜く。
――ズバッ!
白銀の斬撃が走る。
ガイウスが後ろへ跳んだ。
「……なるほど」
「これがムーンブレイドか」
リュウガは息を吐く。
「まだ終わってないぞ!くらえ」
再び踏み込む。
「《ムーン・スラッシュ》!」
――ズガァン!
白銀の斬撃。
ガイウスはアストレアで受け止める。
「……聖剣技か」
そのまま力を受け流し、横へ回り込む。
「だが―しかし」
アストレアが輝く。
「私も聖剣使いだ」
――ズガァン!
強烈な一撃。
リュウガの身体が吹き飛ぶ。
「ぐあっ!」
地面を転がる。
「リュウガ!」
ゼインが叫ぶ。
だが、動かない。
ガイウスも追撃しなかった。
「立てまだやれるだろ」
リュウガは歯を食いしばる。
「……まだ……まだやれる」
ゆっくり立ち上がる。
「俺は……まだ戦える!」
ガイウスが頷く。
「その意志は本物らしいな」
◆
二人の戦いは続いた。
お互いが剣戟で打ち合う
聖剣と聖剣。
リュウガはゼインから教わった戦い方を使う。
攻撃を受ける。
流す。
耐える。
そして――
隙を狙う。
「そこだ!」
――ガキィン!
ガイウスの腕を狙う。
だが、アストレアがそれを弾く。
「甘い!」
――ズガッ!
リュウガの肩に浅い傷が走る。
血が飛ぶ。
「しまったっ!」
リュウガは下がらない。
「まだだ!」
ムーンブレイドを振る。
ガイウスも応える。
二本の聖剣が何度もぶつかる。
――ガキィン!
――ガキィン!
――ガキィン!
互いに傷が増えていく。
それでも、どちらも倒れない。
やがて。
ガイウスが距離を取った。
「……驚いたな」
リュウガは息を切らす。
「何が……?」
「お前はさっきよりだんだん強くなっている」
「……」
「だが」
アストレアが輝く。
「まだ足りない」
光が刀身に集まっていく。
「聖剣技――」
ガイウスが踏み込む。
「《アストレア・レイ》!」
――ズガァァン!!
巨大な光の斬撃が飛ぶ。
「くっ!」
リュウガはムーンブレイドを構えた。
――ガァン!
受け止める。
だが。
押される。
「ぐ……!」
足が地面へ沈む。
「これが……!」
「私の聖剣技だ!」
光がさらに強くなる。
「うああああっ!」
リュウガの身体が吹き飛んだ。
――ドォン!
木に激突する。
「リュウガ!」
ゼインが立ち上がりかける。
だが。
リュウガが手を上げた。
「……来ないで下さい…!」
ゼインが止まる。
リュウガは震える身体で立ち上がった。
「これは……俺の戦いです手出し無用です」
ゼインは黙って頷いた。
◆
ガイウスが剣を構える。
「まだやるのか」
「……当たり前だここで引き下がれるか」
リュウガはムーンブレイドを握る。
「俺は、ムーンブレイドに選ばれた」
「だったら――」
一歩。
「最後まで戦う!」
ガイウスが笑った。
「その意気だくるがいい」
アストレアが白く輝く。
「これで全て終わらせる」
ガイウスが踏み込む。
「《アストレア・ジャッジ》!」
――ズガァァァン!!
先ほどの光の斬撃よりさらに超
巨大な光の斬撃が、一直線にリュウガへ迫る。
「……!」
リュウガはムーンブレイドを構えた。
だが。
抑えきれない
腕が震える。
身体が動かない。
「……くっ……これ程とは!」
斬撃が迫る。
「リュウガ!」
ゼインの声が響く。
そして――
白い光が、リュウガを包んだ。
◆
「……ここは……?」
暗闇。
リュウガの意識は、深い場所へ沈んでいた。
何も聞こえない。
何も見えない。
ただ。
手の中にある剣だけが、熱を持っている。
「……ムーンブレイド……?」
返事はない。
だが。
剣が――
震えた。
――ドクン。
「……?」
もう一度。
――ドクン。
白銀の光が強くなる。
リュウガは手を伸ばす。
だが。
その身体は動かなかった。
「……俺は負けるのか…」
意識が遠ざかる。
そして――
完全に、闇へ落ちた。
◆
無意識のまま
リュウガの身体が、ゆっくりと立ち上がった。
ガイウスの目が見開かれる。
「……馬鹿な起き上がっただと」
リュウガは答えない。
目を閉じたまま。
ただ、ムーンブレイドを握っている。
刀身に――
見たことのない紋様が浮かんでいた。
「その光は……」
ガイウスが一歩下がる。
ムーンブレイドが静かに輝く。
そして――
リュウガの身体が消えた。
「――ッ!」
ガイウスがアストレアを構える。
――ガキィン!
突然、目の前に現れる。
速い。
先ほどまでとは比べものにならない。
「ぐっ!」
ガイウスが受け止める。
だが。
二撃。
三撃。
四撃。
ムーンブレイドが次々と斬り込んでくる。
「な……!」
ガイウスが後退する。
「速すぎる……!」
さらに一撃。
――ズガァン!
アストレアが弾かれる。
ガイウスの腕が震える。
「くっ……!」
ムーンブレイドが追撃する。
肩
腕
脇腹
次々と浅く斬られていく。
「ぐあっ!」
血が飛びちる
ガイウスは必死に受ける。
「何だ……この力は……!」
答えはない。
リュウガも無意識のままだ
ただ。
ムーンブレイドの力で身体を動かしている
「まさか……」
ガイウスが息を呑む。
「ムーンブレイドそのものが……戦っているのか……?」
◆
――ズガァン!
ガイウスが地面へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
立ち上がろうとする。
だが。
右腕が震える。
鎧は砕け。
肩から血が流れている。
額にも傷が走り、頬を伝って血が落ちる。
それでも。
「まだだこんな馬鹿な事が」
ガイウスはアストレアを握った。
「私は……聖剣士だ……!」
立ち上がる。
その瞬間。
ムーンブレイドが輝いた。
ガイウスの目の前に現れる。
「――ッ!」
――ガキィン!
アストレアで受ける。
だが。
腕が限界だった。
「ぐあああっ!」
アストレアが弾き飛ばされる。
ガイウスは膝をつく。
「……くっ……こんな事が!」
それでも手を伸ばす。
「アストレア……!」
剣が地面に突き刺さっている。
ガイウスは立ち上がろうとした。
だが、足が震える。
「……私が……」
血が滴る。
「負ける……?」
ムーンブレイドが静かに輝く。
その刀身に浮かんだ紋様が、さらに強く光る。
ガイウスが息を呑んだ。
「まだ……何かあるのか……?」
◆
ムーンブレイドが、静かに構えられる。
リュウガの身体は、完全に意識を失っている。
それでも。
剣は――
動く。
白銀の光が、刀身へ集まっていく。
ガイウスは立ち上がれない。
それでもアストレアへ手を伸ばす。
「……まだだ」
「この戦いだけは……」
アストレアを握る。
「負けられない!」
光が爆発する。
「聖剣技――」
最後の力を振り絞る。
「《アストレア・ブレイク》!」
――ズガァァァン!!
巨大な光が弾ける。
その中心へ――
ムーンブレイドが踏み込んだ。
刀身の紋様が、まばゆい白銀へ変わる。
そして。
一閃。
――ズガァァァァン!!
世界が白く染まった
音が消える
風も止まる
そして――
パキン。
小さな音がした
光が消える
ガイウスの手から――
アストレアが落ちた。
「……え?」
刀身に、大きな亀裂が入っている。
「アスト……レア……?」
次の瞬間。
――パキィィン!
聖剣アストレアが、真っ二つに折れた。
「……そんな……」
ガイウスは呆然とする。
「聖剣が折れた」
その場に崩れ落ちた。
◆
静寂。
ムーンブレイドの紋様が、ゆっくりと消えていく。
白銀の光も失われる。
そして。
リュウガの身体が――
ドサッ。
地面に倒れた。
「リュウガ!」
ゼインが駆け寄る。
すぐに身体を抱き起こす。
「……気を失っておるだけか」
呼吸はある。
ゼインは安堵した。
だが。
「……この聖剣は……」
ムーンブレイドを見る。
そこには、先ほどまで存在していた紋様が消えていた。
「……」
ゼインは目を細める。
「今の技は……」
《ムーン・スラッシュ》ではない。
リュウガが教わった技でもない。
そして。
アストレアの技でもない。
「……ムーンブレイド自身の力か」
ゼインは静かに呟いた。
◆
少し離れた場所。
ガイウスは地面に片膝をついていた。
鎧は大きく壊れている。
右肩には深い傷。
左腕にも複数の切り傷。
額からは血が流れ続けている。
呼吸も荒い。
アストレアを握ろうとするが――
もう、剣は折れていた。
「……私の負けだ」
その言葉を聞いた騎士たちが息を呑む。
「隊長……!」
ガイウスは折れたアストレアを見る。
「……これ以上は無理だ戦えない」
立ち上がろうとする。
だが、足に力が入らない。
一人の騎士が慌てて駆け寄り、肩を支える。
「隊長!」
「……すまない」
ガイウスは悔しそうに笑った。
「ここまで負傷するとはな……」
それでも、リュウガを見る。
「だが――」
「こいつは、確かにムーンブレイドの選定を受けた者だ」
「聖剣を持つ資格はある」
ガイウスは目を細める。
「惜しいできれば仲間にしたい」
騎士が戸惑う。
「ですが、隊長……」
「撤退する」
「しかし――」
別の騎士が前へ出る。
「隊長! まだ我々がいます!」
その瞬間。
ゼインが静かに振り返った。
「……ワシもおるぞ死にたい奴は前にでろ」
空気が凍った。
騎士たちの顔が強張る。
「……」
誰も動かない。
ガイウスが小さく笑う。
「……そうだったな」
「剣聖がいる」
ガイウスは折れたアストレアを見つめる。
「これ以上戦えば、部下まで失う」
「それは……私の望むところではない」
騎士たちはガイウスの指示に従い、撤退の準備を始める。
◆
ガイウスは去る前に、もう一度だけリュウガを見た。
「……少年」
返事はない。
リュウガは意識を失ったままだ。
ガイウスは静かに言う。
「次に会う時までに――」
「その力を、自分の意思で使えるようにしておけ」
「今のままでは、いつかその剣に呑まれるぞ」
ゼインがガイウスを見る。
ガイウスは続けた。
「それまで……生きていろ」
「次に会った時は――」
折れたアストレアを見る。
「今度こそ、己れの力で戦おう」
ガイウスは騎士に支えられながら、山道を下っていった。
その背中は、最後まで聖剣士としての誇りを失っていなかった。
◆
やがて。
教団の姿が見えなくなる。
ゼインはリュウガを背負った。
ムーンブレイドも手に取る。
「……重いな」
剣の重さではない。
この剣が背負っているもの。
その意味を、ゼインは感じ取っていた。
「お前は……まだ何も知らん」
眠っているリュウガを見る。
「この聖剣の本当の力も」
「アストレアを砕いた力も」
「なぜ、聖剣がお前の意識を越えて動いたのかも」
ゼインはムーンブレイドを見る。
白銀の刀身は、何事もなかったかのように静かだった。
「……聖剣が、選んだのか」
その瞬間。
ムーンブレイドが――
ほんの一度だけ。
淡く輝いた。
「……そうか」
ゼインはそれ以上、何も言わなかった。
ただ。
リュウガを背負い直し、山道を歩き始める。
遠くの空には、薄い月が浮かんでいた。
その月明かりの下。
折れた聖剣アストレア。
そして、静かに眠るムーンブレイド。
二本の聖剣は、それぞれ別の運命を迎えた。
だが――
この戦いによって。
聖剣の歴史は、確かに一つ動き始めていた。
リュウガ自身もまだ知らない。
自分が意識を失った瞬間。
ムーンブレイドが、自らの意思で戦ったことを。
そして――
その剣に眠る力が。
これから、さらに目覚めていくことを。
――第七章・完




