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第五章 聖魔剣エクリシア

挿絵(By みてみん)封印の地。


古代遺跡の奥へ続く道の前で、セレナは立ち止まっていた。


その先には、大きな石の扉がある。


扉の表面には、白と黒、そして銀の三つの紋様が刻まれていた。


「この先に……エクリシアがあるんですか?」


セレナが尋ねる。


エリオスは静かに頷いた。


「ああ」


「だが、私が案内できるのはここまでだ」


セレナが振り返る。


「……え?」


エリオスは扉を見る。


「この先は、エクリシアを求める者自身が進まなければならない」


「私は、この試練を越えられなかった」


「だから、この先へ進むことはできない」


セレナは黙った。


そのことについては、すでに聞いている。


エリオス自身が、過去にエクリシアを求めたこと。


そして――


試練に敗れたこと。


「だから、この先はお前一人で行け」


エリオスは石扉の前から離れた。


セレナは扉を見る。


その向こうに何があるのか。


まだ分からない。


それでも。


「……分かりました」


セレナは頷いた。


エクリシアを求めるために、ここまで来た。


だったら――


自分の足で進むしかない。


「エリオスさん」


「何だ?」


「戻ってきたら……話を聞かせてください」


エリオスは少しだけ驚いた。


「何を?」


「エクリシアのこと」


「それから……あなたが知っていること全部」


エリオスは静かに笑った。


「分かった」


セレナは石扉へ向き直る。


そして――


扉に手を触れた。


――ゴゴゴゴゴ……。


重い音が響く。


石扉がゆっくりと開いていく。


その先には、暗い通路が続いていた。


「……行ってきます」


エリオスは答えなかった。


ただ、静かに頷いた。


セレナは一人で歩き始めた。


◆


扉が閉じる。


――ズン。


完全な静寂が訪れた。


セレナは暗い通路を進む。


壁には古代文字。


床には白と黒の紋様。


そして、その先に――


巨大な円形の広間があった。


「ここが……」


セレナが足を踏み入れる。


その瞬間。


――ゴォン!


背後の扉が閉じた。


「……!」


逃げ道がなくなる。


広間の中央には、一本の古びた剣が突き刺さっていた。


その剣の周囲には、白い光と黒い闇が渦巻いている。


セレナが一歩近づく。


すると――


黒い霧が広がった。


「……何?」


霧の中に、人影が現れる。


それは――


幼い頃のセレナだった。


「……私?」


幼いセレナが震えている。


その周囲には、聖剣教団の騎士たち。


「危険な力だ」


「聖と魔、両方を持つなど異常だ」


「このままでは誰かを傷つける」


「封じるべきだ」


セレナは耳を塞いだ。


「やめて……」


だが声は止まらない。


「お前は普通じゃない」


「いつか力に飲まれる」


「聖を選べ」


「魔を捨てろ」


「それができないなら――」


幼いセレナが泣いている。


セレナは拳を握った。


「……違う」


霧が揺れる。


今度は別の姿が現れた。


黒い魔剣を握ったガルド。


ヴァルグレイヴに心を侵食された姿。


「お前も、こうなる」


「……違う!」


「聖の力を使えば身体が壊れる」


「魔の力を使えば心が壊れる」


「ならば、どちらかを捨てろ」


セレナは一歩後ろへ下がる。


「……嫌」


「では、どちらも捨てろ」


「力を持たなければ、誰も傷つけない」


セレナの身体が震える。


聖の力が暴れる。


身体が重くなる。


魔の力が疼く。


頭の奥が痛む。


「……っ!」


膝をつく。


「私には……無理なのかな……」


そのとき。


遠くから声が聞こえた。


「セレナ!」


リュウガ。


「立て!」


カイル。


幼い頃の記憶。


三人で丘に座った夜。


三人で拳を重ねた夜。


――いつか三人で、この村の外へ行く。


――そして、ちゃんと帰ってくる。


セレナはゆっくり顔を上げた。


「……そうだった」


立ち上がる。


「私、選ばなくていい」


白い光が身体を包む。


「聖も」


黒い闇がその隣に現れる。


「魔も」


二つの力を無理に混ぜない。


互いを消そうともしない。


ただ、自分の中にあるものとして受け入れる。


「どっちも私」


セレナは前を見る。


「怖くても……私の力」


影が襲いかかる。


セレナは聖の力を身体へ流した。


「――っ!」


身体能力が上がる。


影の攻撃を受け止める。


だが、負担が身体へ返ってくる。


「くっ……!」


次の瞬間。


セレナは魔の力を使った。


相手の動きを読む。


攻撃の軌道を避ける。


そして――


「今!」


闇の力を剣へ集める。


「《ダーク・エッジ》!」


黒炎黒い斬撃が影を切り裂く。


だが、影は消えない。


再び襲いかかってくる。


セレナは左手を掲げた。


「《光弾》!」


白い光の弾丸が連続して放たれる。


影が怯む。


セレナは一気に距離を詰める。


「まだ!」


足元に風の魔力を集める。


「――ウィンド!」


風が身体を押し出す。


一気に加速する。


「そこ!」


剣を振る。


「《ダーク・エッジ》!」


黒炎闇の斬撃。


続けて。


「《光弾》!」


光の弾丸が影を撃ち抜く。


さらに風をまとわせる。


闇。


光。


風。


三つの力を、それぞれの性質を保ったまま連続して使う。


「私は……!」


影が消えていく。


「聖でもない!」


白い光。


「魔でもない!」


黒い闇。


「そのどちらかになるんじゃない!」


セレナは中央の古びた剣へ走る。


「私は――」


柄を握る。


「セレナだ!」


――バァァン!


白い光と黒い闇が同時に弾けた。


影が消える。


広間に静寂が戻った。


セレナは荒い息を吐きながら立っていた。


そして――


中央の古びた剣が、ゆっくりと砕けて消えた。


同時に。


正面の壁に光が走る。


――カチッ。


新たな扉が開いた。


セレナは目を見開く。


「……これが、試練の答え……?」


答えはなかった。


ただ、先へ続く道だけが現れていた。


◆


一方。


試練の入口。


エリオスは一人で待っていた。


扉の向こうから、かすかな衝撃音が響く。


「……始まったか」


エリオスは目を閉じる。


自分がかつて挑んだ試練。


そして――


越えられなかった場所。


「……セレナ」


祈るように呟く。


「お前なら……」


その先の言葉を、エリオスは飲み込んだ。


彼には、進む資格がない。


だからこそ。


待つしかなかった。


◆


試練を越えたセレナは、さらに奥へ進んでいた。


長い通路。


古代文字。


白と黒の壁画。


そして――


一つの巨大な扉。


扉には三本の剣が描かれている。


白。


黒。


銀。


中央の銀色の剣だけ、他の二本とは少し違っていた。


二つの紋様を繋ぐように描かれている。


「……エクリシア」


セレナが呟く。


扉に手を触れる。


――ゴゴゴゴゴ……。


扉が開いた。


その先には――


巨大な石室。


中央に石台がある。


その上に、一振りの剣が眠っていた。


白でもない。


黒でもない。


銀色の刀身。


その中心を、淡い白い光と黒い闇が、それぞれ別の流れとして走っている。


「……これが」


セレナは息を呑む。


「聖魔剣……エクリシア」


静かに歩く。


一歩。


また一歩。


石台の前に立つ。


セレナは手を伸ばした。


――パチッ。


小さな火花が散った。


「……!」


手を引く。


拒絶されたように感じた。


だが。


「……違う」


セレナはもう一度手を伸ばす。


「試してるんだ」


白い光。


黒い闇。


どちらも否定しない。


「聖の力も」


白い光が手を包む。


「魔の力も」


黒い闇が手を包む。


「どっちも……私だから」


エクリシアが微かに震える。


「私は、私のままで使う」


――ドクン。


エクリシアが大きく脈動した。


石台から光が溢れる。


古代文字が次々と輝いていく。


そして――


セレナの手に、エクリシアが収まった。


◆


その瞬間。


温かな力が身体を包み込んだ。


「……!」


身体の重さが薄れていく。


聖の力を使ったときの疲労。


魔の力を使ったときの頭痛。


それらが、少しずつ静まっていく。


「……楽……」


セレナは驚いた。


呼吸が軽い。


身体が軽い。


頭の中も静かだった。


だが――


「……っ」


膝が崩れる。


「まだ……」


力を完全には抑えられない。


エクリシアは、まだ目覚めたばかり。


セレナの力を受け止めることはできても、すべてを支えられるわけではない。


それでも。


「……これなら」


セレナはエクリシアを握り直す。


「もっと強くなれる」


そのとき。


エクリシアの刀身が、ほんの少しだけ輝いた。


まるで――


応えるように。


◆


しばらくして。


セレナは試練の入口へ戻ってきた。


そこには、エリオスがいた。


エリオスはセレナを見る。


そして――


その手にある銀色の剣を見る。


「……そうか」


セレナは微笑んだ。


「エクリシアです」


エリオスは答えなかった。


ただ、長い間、その剣を見つめていた。


何十年も。


追い続けた剣。


研究し続けた剣。


自分が手にすることのできなかった剣。


「……エリオスさん?」


「いや」


エリオスは目を伏せた。


「よく戻ってきた」


セレナは頷いた。


「はい」


エリオスはエクリシアを見る。


「触れてもいいか?」


「もちろん」


エリオスが手を伸ばす。


だが――


エクリシアは何も反応しない。


エリオスは静かに手を引いた。


「……そうか」


その声は穏やかだった。


だが。


セレナは気づいた。


エリオスの手が、わずかに震えている。


「……悔しい」


小さな声だった。


「え?」


エリオスは苦笑する。


「私は、お前が羨ましい」


セレナは黙って聞く。


「何十年も追い続けた」


「古文書を読み、遺跡を調べ、失われた記録を探した」


「それでも、私は選ばれなかった」


エリオスはエクリシアを見る。


「なぜ私ではなかったのか」


「何度も考えた」


「私の研究が足りなかったのか」


「力が足りなかったのか」


「覚悟が足りなかったのか」


セレナは何も言わなかった。


「そして今」


エリオスは笑う。


「お前は、その剣を持っている」


セレナはエクリシアを見る。


「……ごめんなさい」


エリオスが首を横に振る。


「謝るな」


「お前は何も悪くない」


エリオスは目を閉じた。


「ただ……少しだけ、悔しかったんだ」


セレナは静かに言った。


「エリオスさんが研究してきたから、私はここまで来られました」


「……」


「あなたが残してくれた記録がなかったら、エクリシアのことも分からなかった」


エリオスは目を開く。


セレナは続ける。


「だから、この剣を私だけのものにはしたくない」


「エリオスさんが見つけたかった答えも、一緒に探したい」


しばらく沈黙が続いた。


やがて。


エリオスは小さく笑った。


「……お前は、優しいな」


「そうかな?」


「ああ」


エリオスはエクリシアを見る。


「エクリシアがお前を選んだ理由が、少し分かった気がする」


◆


その夜。


エリオスは一冊の古いノートをセレナへ渡した。


「これは?」


「私の研究記録だ」


「全部?」


「ほとんどな」


ノートには、古代剣の魔力構造。


聖と魔の流れ。


属性魔法の制御方法。


そして、エクリシアについての研究が記されていた。


「これを……私に?」


「ああ」


「でも、これはエリオスさんが何十年も――」


「だからこそだ」


エリオスは静かに言った。


「私の研究を、私のところで終わらせたくない」


「お前なら、その続きを書ける」


セレナはノートを胸に抱いた。


「……ありがとう」


◆


翌朝。


セレナはノートを読みながら、魔法の練習をしていた。


「《ダーク・エッジ》!」


闇をまとった斬撃が岩を削る。


「……うん」


以前よりも魔力の消費が少ない。


「じゃあ……」


今度は聖の力を集める。


「《光弾》!」


白い光の弾丸が岩を撃ち抜く。


「次は……風」


「《ウィンド・カッター》!」


風の刃が走る。


セレナは息を吐いた。


「同じ魔力でも……前より少ない」


エリオスが頷く。


「魔力の流し方が無駄なくなっている」


「威力は?」


「ほぼ変わらん」


「じゃあ……効率が良くなった?」


「その通りだ」


セレナは嬉しそうに笑った。


「これなら、もっと戦える」


「ただし」


エリオスが言う。


「魔力の総量そのものが増えたわけではない」


セレナは止まった。


「……総量?」


「お前が一度に使える魔力の量には限界がある」


「それは、効率を良くしても変わらない」


セレナは自分の手を見る。


「じゃあ……もっと魔力を増やすには?」


エリオスは少し考えた。


「魔力の器そのものを大きくする必要がある」


「魔力の器……」


「ああ」


エリオスは古い地図を広げた。


そこには、山々に囲まれた巨大な谷が描かれていた。


「ここには、特殊な魔力の流れがある」


「長い年月をかけて、周囲の魔力が集まり続けている場所だ」


「そこで修行すれば、魔力の器を広げられる可能性がある」


セレナは地図を見る。


「可能性?」


「確実に増えるとは言えん」


「だが、お前なら試す価値はある」


セレナはエクリシアを見る。


白い光と黒い闇が、それぞれ静かに刀身を流れている。


「……行きます」


エリオスが頷いた。


「そう言うと思った」


◆


その日から。


セレナはエクリシアと共に魔法を磨いた。


闇


光


風


火


水


土


様々な力を使い分ける。


《ダーク・エッジ》は闇の力。


《光弾》は光の力。


そして、風や 火、水、土、はそれぞれ独立した属性として扱う。


エクリシアは、それらを一つに混ぜるのではない。


セレナが必要な力を必要な瞬間に選び、切り替えるための流れを整えていく。


以前なら、一つの魔法を使った後に大きく魔力を消費していた。


だが――


少しずつ、変化が起き始めた。


「《ダーク・エッジ》!」


黒炎闇の斬撃。


「《光弾》!」


白い光が追いかける。


「――《ウィンド・カッター》!」


風の刃が二つの攻撃を押し出す。


三つの力は、それぞれ別の性質を保ったまま連続していく。


「……あれ?」


セレナが止まる。


「今……」


エリオスも気づいていた。


「エクリシアの反応が変わったな」


「どういうこと?」


「お前の魔力の流れを覚え始めている」


「覚える?」


「ああ」


エリオスはエクリシアを見る。


「お前が《ダーク・エッジ》を使う時、どこから闇の力を流すのか」


「その後、どのタイミングで光へ切り替えるのか」


「風を使うとき、どこへ魔力を回すのか」


「エクリシアが、その流れを少しずつ記憶している」


セレナは目を見開いた。


「……エクリシアが、私に合わせてる」


「ああ」


「それが、この剣の成長だ」


セレナはエクリシアを見つめる。


「じゃあ……私が上手くなれば」


「エクリシアも上手くなる」


「エクリシアが上手くなれば?」


「お前も、さらに複雑な力を扱えるようになる」


セレナは剣を握る。


「……一緒に強くなってる」


エクリシアの刀身が、淡く輝いた。


◆


さらに数日。


セレナは魔法を繋げていく。


「《ダーク・エッジ》!」


黒炎闇の斬撃。


「《光弾》!」


白い光が追いかける。


「――《ウィンド・カッター》!」


風が攻撃の流れを変える。


さらに――


「《アクア・ランス》!」


水が槍のように伸びる。


「《サンダー・レイ》!」


雷が地面を走る。


セレナはそれぞれの属性を別々に操りながら、連続して攻撃を組み立てていく。


以前なら、切り替えに時間がかかっていた。


今は違う。


エクリシアが魔力の流れを受け止める。


闇


光


風


水


火


土


それぞれを混ぜることなく、必要な瞬間に切り替える。


「速い……」


セレナ自身が驚く。


エリオスが頷く。


「エクリシアが、お前の戦い方を理解し始めている」


「私も、エクリシアの力の流れが分かってきた」


「それでいい」


エリオスは微笑む。


「剣と使い手が、互いに学んでいる」


セレナはエクリシアを見る。


「私だけじゃない」


「この剣も、一緒に成長してる」


「そうだ」


セレナは剣を握り直した。


「私だけじゃなくて――」


少しだけ笑う。


「エクリシアも、もっと強くしたい」


エクリシアが、強く輝いた。


◆


その夜。


セレナは窓の外を見ていた。


遠くには、険しい山々。


その向こうに、リュウガとカイルがいる。


「リュウガ……」


「カイル……」


三人で交わした約束。


いつか村の外へ行く。


そして――


ちゃんと帰ってくる。


セレナはエクリシアを見る。


「待っててね」


「今度は、私が追いつくから」


◆


同じ頃。


山奥では、リュウガが剣を振っていた。


「遅い」


ゼインの木剣が迫る。


「……まだ!」


リュウガは受け止める。


守る。


耐える。


そして――


「《ムーン・スラッシュ》!」


白銀の斬撃が走る。


ゼインはそれを受け止めた。


「少しずつ、形になってきたな」


「はい!」


リュウガは笑った。


◆


遠く離れた森では。


カイルがヴァルグレイヴを振っていた。


「――そこだ!」


黒い斬撃。


『悪くない』


「また褒めたな?」


『気のせいだ』


「はいはい」


カイルは笑う。


ヴァルグレイヴの黒い刀身に、ほんの一瞬だけ銀色の光が走った。


『……』


「今の何だ?」


『分からぬ』


「お前にも分からないことあるんだな」


ヴァルグレイヴは答えなかった。


ただ――


遠くにある何かを感じていた。


◆


三人は、まだ別々の場所にいる。


リュウガは――


守るために。


カイルは――


自分自身の力を手にするために。


セレナは――


聖と魔、そのどちらも自分自身として受け入れるために。


そして。


セレナの手には、新たな剣がある。


聖魔剣《エクリシア》。


まだ生まれたばかりの剣。


まだ、できることは少ない。


それでも。


セレナが強くなるたび。


エクリシアも学ぶ。


エクリシアが学ぶたび。


セレナも新しい戦い方を覚えていく。


二人は、互いの成長を力へ変えていく。


まだ誰も知らない。


この三本の剣が、いつか同じ場所に集まることを。


そのとき。


何が封じられ。


何が目覚めるのか。


まだ誰にも分からない。


ただ一つ。


長い眠りから目覚めたエクリシアは――


確かに、セレナと共に歩み始めていた。


――第五章・完

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