第二十ニ章 戦闘その後
意識を失ったリュウガを発見したヴァルドは、周囲の惨状に目を細めた。
地面には、何人もの男たちが倒れている。
その傍らには、刃を砕かれた聖剣が散乱していた。
「……いったい、何があった?」
ヴァルドはリュウガの状態を確かめると、すぐにその身体を抱え上げた。
周囲に敵の姿はない。
しかし、倒れている男たちの傷跡と、破壊された聖剣を見れば、ここで激しい戦闘があったことは明らかだった。
「リュウガ、聞こえるか。しっかりしろ!」
ヴァルドの呼びかけに、リュウガのまぶたがかすかに動いた。
やがて、ゆっくりと目を開ける。
「……ヴァルドさん?」
「気がついたか。無理に動くな。何があった?」
リュウガは上半身を起こそうとしたが、頭に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめた。
「……すみません。最後のところが、思い出せません」
「最後のところ?」
「はい。俺は、あの少女と戦っていました。それから……」
記憶をたどろうとするが、意識を失う直前の光景しか浮かばない。
リュウガは周囲を見回した。
倒れている男たち。そして、刃を砕かれた聖剣。
「この連中を倒したのは……お前がやったのか?」
「……違います。謎の少女です」
「少女だと?」
「はい。見た目は、すごく可愛い少女でした。でも……彼女は笑いながら工作員たちを次々と斬り殺していたんです」
「笑いながらか…?」
「はい。戦闘の最中も、ずっと笑っていました。工作員たちも抵抗していましたが、彼女の方が強すぎて……まったく相手になっていませんでした」
リュウガは、少女の顔を思い出す。
あどけなさの残る顔立ち。どこにでもいそうな、可愛らしい少女。
それなのに、彼女は人を斬ることに何のためらいも見せなかった。
「見た目は、すごく可愛い少女なのに……。あの笑顔が、どうしようもなく恐ろしかったです」
「それで、お前はその少女と戦ったのだな?」
「はい。最初から一方的だったわけではありません。俺も応戦して、しばらくは戦えていたんです」
リュウガは拳を握りしめた。
「ですが、彼女が聖剣技のような技を使った瞬間、状況が変わりました。俺はその攻撃を受けて……そこで意識を失いました」
「なるほどな。お前が倒れた後のことは、覚えていないわけか」
「はい。目が覚めたら、ヴァルドさんがいました」
ヴァルドは周囲をもう一度見渡した。
男たちは全員倒れている。聖剣も、まともな形を残しているものはなかった。
少女が何者なのか。そして、なぜこれほどの力を持っているのか。
分からないことばかりだった。
「……詳しい話は、戻ってから聞く。今は身体を休めろ」
「分かりました」
リュウガは頷いた。
しかし、胸の奥には、あの少女の笑顔が焼きついていた。
あのとき、自分の意識が途切れた後、いったい何が起きたのか。
その答えを知るには、もう一つ確かめなければならないことがあった。
◇
その夜。
リュウガは静かに目を閉じ、意識を集中させた。
意識が深く沈み込むと、やがて見慣れた精神世界が広がる。
そこには、アストレアとグランセリオがいた。
「アストレア、グランセリオ。聞きたいことがあるんだ」
『どうしたの、リュウガ?』
アストレアが穏やかに問いかける。
「俺が意識を失った後のことです。あのとき、ムーンブレイドが防衛モードに移行したんですか?」
『その通りだ』
グランセリオが答えた。
『お前の生命が危険にさらされたため、ムーンブレイドは防衛モードを発動させた。そして、お前の身体を使って少女との戦闘を続けたのだ』
「やはり、そうだったんですね……」
リュウガは自分の手を見つめた。
自分が意識を失っている間も、ムーンブレイドは戦い続けていた。
「それで、具体的にはどんな戦いだったんですか?」
『少女の攻撃を受け止め、反撃を繰り出していたわ』
アストレアが説明を始めた。
『あなたが戦っていたときと違って、防衛モードでは私たちの力も使われていたの。少女の剣を受け流し、攻撃の軌道を見極めて、隙が生まれた瞬間に斬り返していたわ』
「俺の身体で、そんな動きが……」
『ああ。お前自身の剣技だけではない。ムーンブレイドは状況に応じて、取り込んだ聖剣の力を戦闘に利用していた』
グランセリオの言葉に、リュウガは息を呑んだ。
「では、アストレアとグランセリオの力を使って、少女に対抗していたんですね?」
『ええ。少女の攻撃を受け続けるだけではなかったわ。こちらからも反撃し、互いに攻撃をぶつけ合うところまで持ち込んでいたの』
アストレアは、わずかに表情を曇らせた。
『ただ、少女の力は私たちの聖剣の力とは、どこか性質が違っていたわ。聖なる力に似ているのに、同じものではない……。あの戦いでも、それが気になったの』
「聖なる力に似ているけれど、違う……?」
『ええ。人工的に作られた力なのかもしれない。けれど、今はまだ推測にすぎないわ』
リュウガは黙って考え込んだ。
あの少女が使った、聖剣技のような技。
そして、聖なる力に似ていながら、どこか異質な剣の力。
どれも、これまでに出会った敵とは違っていた。
「それで……防衛モードは、少女との戦いをどう終わらせたんですか?」
『少女との戦闘は、決着がつかないまま終わった』
グランセリオが答えた。
『ムーンブレイドは反撃を続け、少女の攻撃にも対応していた。だが、少女を倒すには至らなかったのだ、それでも少女は笑っていたよ』
「……そうですか」
リュウガは悔しそうに俯いた。
自分が意識を失った後も、ムーンブレイドは戦ってくれた。
それでも、あの少女の正体も、戦いの結末も分からないままだった。
そこで、リュウガはふと気づいた。
「待ってください。防衛モードが発動したのは、今回が初めてではありません。ガイウスとの戦いでも、同じことが起きたはずです。あのときは、アストレアの聖剣を折りました」
『ええ、そうよ。あのときも、ムーンブレイドはあなたを守るために動いたの』
アストレアは静かに頷いた。
『でも、あの頃のムーンブレイドは、まだ聖剣を取り込んでいなかったわ』
「……そうか。だから、あのときはムーンブレイド自身の技だけで戦っていたんですね」
『その通りだ』
グランセリオが続けた。
『今は違う。ムーンブレイドは聖剣を取り込んだことで、その力を利用できるようになった。防衛モードそのものが新しくなったのではない。使える力が増えたのだ』
「防衛モード自体が変わったわけではなく、使える力が増えた……ということですか」
『現時点では、そう考えるのが妥当だろう』
リュウガはゆっくりと頷いた。
防衛モードは、以前から存在していた。
だが、ムーンブレイドが聖剣を取り込んだことで、その戦い方には新たな可能性が生まれていたのだ。
「分かりました。教えてくれてありがとうございます」
『忘れないで、リュウガ。力が増えたからといって、どんな相手にも勝てるわけではないわ』
アストレアの言葉に、リュウガは真剣な表情で頷いた。
「はい。今回のことで、それはよく分かりました」
少女の力は未知数だ。
そして、ムーンブレイドの防衛モードにも、まだ分からないことがある。
自分自身が意識を失った状態で、剣がどこまで戦えるのか。
それを理解することも、これからの課題になるだろう。
リュウガは精神世界を後にする前に、腰にあるムーンブレイドへと意識を向けた。
この剣には、まだ知らない力が眠っている。
そして、その力を引き出すことができるかどうかは、これからの自分にもかかっているのかもしれなかった。
◇
聖剣教団本部。
枢機卿の執務室に、エドガー・ヴァレンが報告に来ていた。
「枢機卿猊下報告いたします。カシアン・ヴェイルと接触し、交戦しましたが、敗北しました」
「敗北しただと?」
枢機卿の目が鋭くなる。
「はい。カシアンの実力は、想定以上でした。そして、奴は魔剣ネメシスを所持していました」
「……ネメシスだと?」
枢機卿は思わず聞き返した。
「間違いありません。カシアンが持っていた剣は、ネメシスでした教団の資料でも見た事があります」
「馬鹿な。ネメシスは、教団の宝物庫に保管されているはずだ」
枢機卿は険しい表情を浮かべた。
ネメシスは、かつて無明が回収した魔剣だ。
それがなぜ、カシアンの手に渡っているのか。
「……分かった。報告は以上か?」
「はい。現時点で、ほかに確認できたことはありません」
「下がれ。引き続き、カシアンの動向を警戒しろ」
「承知しました」
エドガーは一礼し、執務室を退出した。
扉が閉まると、枢機卿はしばらく黙り込んだ。
ネメシスは教団が管理しているはずの魔剣だ。
カシアンが所持していたという報告を、簡単に片づけるわけにはいかなかった。
「……まずは、宝物庫を確認する必要があるな」
枢機卿がそう呟いたとき、扉のそばに控えていた司祭が前に出た。
「お呼びでしょうか」
「すぐに宝物庫を調べろ。ネメシスが本当に保管されているのか、現物を確認するのだ。保管記録も忘れるな」
「承知いたしました」
司祭は一礼すると、執務室を出ていった。
しばらくして、慌てて、司祭が戻ってきた。
「ご報告いたします。保管記録には、確かにネメシスの名が記されておりました」
「ならば、保管されているのだな?」
「いえ……実際に保管場所を確認したところ、そこにあったのは一本の剣でした」
「一本の剣だと?」
「はい。調査した結果、魔剣特有の力は確認できず、ただの剣であることが判明いたしました」
枢機卿の表情が険しくなった。
「記録にはネメシスとある。だが、現物はただの剣……ということか」
「その通りでございます」
枢機卿は腕を組み、考え込んだ。
記録上は存在している。
だが、実際には本物のネメシスがない。
「……過去の保管記録と、輸送に関する記録も調べろ。いつ、何があったのか、すべて洗い出すのだ」
「承知いたしました」
司祭が退出すると、枢機卿は机上の報告書に目を落とした。
いったい、教団の知らないところで何が起きていたのか。
その答えは、まだ見えなかった。
そのとき、再び扉が開いた。
「ご報告がございます」
入室したのは、教団の秘密組織に属する者だった。
「こんどは、何事だ?」
「カシアンを追跡していた部隊について、ご報告いたします」
枢機卿は顔を上げた。
「申せ」
「現地を確認したところ、部隊の構成員は全員死亡しておりました。また、彼らが所持していた聖剣も、すべて破壊されております」
「全員だと……?」
「はい。生存者は確認できておりません」
枢機卿は眉をひそめた。
「誰がやった?カシアンか?」
「現時点では、犯人を特定できておりません」
「報告を……続けろ」
「それとは別に、リュウガを監視していた工作員とも連絡が途絶えております。現在も確認が取れておりません」
枢機卿は黙り込んだ。
部隊は全滅し、聖剣はすべて破壊されている。
さらに、リュウガを監視していた工作員とも連絡が途絶えた。
カシアンがネメシスを所持していたこと。そして、宝物庫に本物のネメシスが存在しなかったこと。
立て続けに起きた異常な事態に、枢機卿の表情は険しさを増していった。
「……それぞれの件を調べろ。現時点で、すべてを同じ事件だと決めつけるな。だが、見落としも許さん」
「はっ」
「部隊が全滅した現場についても、詳しく調査しろ。聖剣が破壊された原因も含め、分かったことはすべて報告するのだ」
「承知いたしました」
報告者は一礼して退出した。
静まり返った執務室で、枢機卿は一人、考え込んでいた。
ネメシスの所在。
全滅した部隊。
破壊された聖剣。
そして、連絡の途絶えた工作員。
それぞれの背後に何があるのか、今はまだ分からない。
だが、教団の知らないところで、何かが動き始めている。
枢機卿は報告書を閉じ、低い声で呟いた。
「……一体、何が起きている?」
その問いに答えられる者は、まだ誰もいなかった。
第二十ニ章 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回の章はいかがでしたでしょうか?
物語も少しずつ大きく動き始め、新たな出会いや戦い、そして聖剣と魔剣を巡る謎が、これからどのように物語へ繋がっていくのか――。
楽しみにしていただけたら嬉しいです。
感想や応援コメントなども、お気軽にお寄せください!
それでは、次の章でまたお会いしましょう。
三國ユウ




