第二十一章 狂気の少女
拳王の館
「リュウガ、追え! そいつを逃がすな!」
剣王ヴァルドの声が響いた。
リュウガはすぐさま駆け出した。
逃げる男は、先ほどヴァルドの家を監視していた不審者だ。ヴァルドに見つかった途端、煙幕を使って逃走した。
(いったい何者なんだ……?)
リュウガは男の背中を追い、森の奥へと走った。
やがて男は、木々に囲まれた開けた場所へと飛び込んだ。
そこには、数人の男たちが待ち構えていた。
逃げてきた男が足を止めると、そのうちの一人が険しい顔で口を開いた。
「監視対象に存在を知られたか、馬鹿め」
「……すまん」
逃げてきた男は、悔しそうに顔を伏せた。
「まあいい。ここでコイツを捕らえるぞ」
男たちが一斉にリュウガへと向き直る。
その身にまとっているのは、聖剣教団の騎士たちとは異なる、目立たない装備だった。
だが、彼らの腰には聖剣があった。
(こいつらも教団の人間なのか?)
リュウガが警戒して構えた、そのときだった。
「……あれ?」
場違いなほど可愛らしい声が、森に響いた。
男たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
少女は小首をかしげ、男たちを見回した。
「ふっふっ……無明、こんなにたくさんいるんだ」
その顔には、無邪気な笑みが浮かんでいた。
「みんな、殺しちゃおうかな?」
「何者だ、お前!」
男の一人が怒鳴る。
だが、少女は答えなかった。
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
「なっ――!」
鋭い剣戟が響く。
男が倒れ、続いて別の男が地面に崩れ落ちた。
少女は軽やかに身を翻し、次々と男たちを斬り伏せていく。
その動きには、ためらいがなかった。
そして何より、少女は笑っていた。
「あはっ! 次はあなたね!」
まるで、楽しい遊びの順番を決めているかのような声だった。
男たちは聖剣を抜き、必死に応戦した。
しかし、少女の剣は彼らの攻撃を軽々とかわし、その身体を斬り裂いていく。
やがて最後の一人が倒れた。
その場に立っていたのは、少女だけだった。
「ふふっ……つまんないの…弱すぎ」
少女は倒れた男たちを見下ろすと、彼らの聖剣を拾い上げた。
「こんなの、また使われたら困るもんね」
少女は聖剣を次々と破壊していった。
その様子を、リュウガは少し離れた場所から見つめていた。
(なんなんだ……この少女は?)
可愛らしい顔立ち。無邪気な口調。
それなのに、目の前で人を殺し、聖剣を破壊することに何のためらいも見せない。
むしろ、心から楽しんでいるようだった。
そのとき、少女がリュウガの視線に気づいた。
「あら?」
少女はにっこりと笑った。
「貴方は無明じゃないけど……遊んであげようか? お兄ちゃん?」
リュウガは警戒を強めた。
「お前は何者だ?」
「えー? そんなこと、どうでもよくない?」
少女は楽しそうに笑い、剣を構えた。
「遊ぼうよ、お兄ちゃん!」
次の瞬間、少女の姿が消えた。
リュウガは五感を研ぎ澄ました。
視覚だけに頼らず、風の揺らぎ、足元から伝わる振動、かすかな衣擦れの音――あらゆる感覚を使って少女の位置を探る。
(見失うな……!)
その瞬間、背後から気配が走った。
リュウガは反射的に身をひねり、ムーンブレイドを振るった。
「今度は、上か!」
少女は空中から急降下し、剣を振り下ろしてきた。
ガキィィンッ!
リュウガは頭上に剣を掲げ、その一撃を受け止めた。
凄まじい衝撃が腕を駆け抜ける。
「へえー! よく分かったね、お兄ちゃん!」
少女は刃を引くと、軽やかに着地した。
リュウガは相手の動きを見極めようと、構えを崩さなかった。
(速い……!)
少女は再び地面を蹴った。
リュウガは急に左横へ剣を振った。
「ここか!」
ガキィィンッ!
少女の剣が、リュウガの刃にぶつかった。
死角から斬りかかろうとしていた少女の顔から、一瞬だけ笑みが消える。
だが、次の瞬間には、再び楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
「……あはっ! すごい、すごい!」
少女は嬉しそうに笑い出した。
「今の、よく分かったね! もっと遊ぼうよ、お兄ちゃん!」
二人の剣戟が森に響き渡った。
キィンッ! ガキィンッ!
「左!」
少女の剣がリュウガの脇腹を狙う。
リュウガは身をひねり、紙一重でかわした。
間髪入れず、少女の剣が反対側から襲いかかる。
「右か!」
リュウガはムーンブレイドを引き戻し、迫る刃を受け流した。
上段からの斬撃。低い位置からの切り上げ。左右への鋭い連撃。
少女は巧みな剣技を織り交ぜながら、次々とリュウガに斬りかかった。
リュウガは一撃一撃を紙一重でかわしていく。
頬をかすめる刃。服の裾を切り裂く剣先。
あと一瞬でも反応が遅れていれば、深手を負っていたに違いない。
「すごいよ、お兄ちゃん! 私の攻撃をここまでかわすなんて!」
少女は一度後ろへ跳び、リュウガとの距離を取った。
「ふふっ……じゃあ、これはどうかな?」
少女が剣を構え直した、その瞬間だった。
剣身が、まばゆい光を放ち始めた。
淡い光は瞬く間に強さを増し、周囲の木々や地面を照らし出す。
まるで聖剣の力を思わせる輝きだった。
『……そんな、あの力は……』
脳裏にアストレアの、声が響いたかすかな動揺が混じった声だった
『リュウガ、気をつけて! あれは聖剣ではないわ。聖なる力に似ているけれど、根本的に違う……何か人為的に作られたもののような……』
少女は輝く剣を見つめ、うっとりと微笑んだ。
「これね、すっごく面白い力なんだよ?」
そして、リュウガへ視線を戻す。
「さあ、お兄ちゃん。今度はちゃんと受け止めてね?」
「くっ……!」
リュウガは必死によけた。
だが、間に合わなかった。
輝く刃がリュウガを捉え、凄まじい衝撃が全身を貫いた。
「ぐああっ!」
リュウガの身体が宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
手からムーンブレイドが滑り落ちた。
「……まだ……」
立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。
視界が急速に暗くなっていく。
そして、リュウガは意識を失った。
「……あれ?」
少女は首をかしげ、倒れたリュウガを見下ろした。
「お兄ちゃん? ねえ、どうしたの?」
返事はない。
少女はしゃがみ込み、リュウガの顔を覗き込んだ。
「……死んじゃったのかな?」
そのときだった。
地面に落ちていたムーンブレイドが、突然、強い光を放った。
光がリュウガの身体を包み込む。
次の瞬間、リュウガの指が剣の柄を握りしめた。
ゆっくりと立ち上がるリュウガ。
しかし、その瞳に意識の光はない。
ムーンブレイドの防衛反応モードが発動したのだ。
「……え?何?」
少女は不思議そうに首をかしげた。
次の瞬間、リュウガの姿が消えた。
「っ!」
少女が剣を構えた直後、鋭い剣戟が彼女を襲った。
先ほどまでとは、まるで逆だった。
リュウガはアストレアの剣戟、グランセリオの剣戟を次々と繰り出し、少女を追い詰めていく。
「なにこれ……! お兄ちゃん、意識ないんじゃないの!?」
少女は驚きながらも、必死に攻撃を受け流した。
リュウガは答えない。
ただ、ムーンブレイドを握ったまま、淡々と剣を振るい続ける。
鋭い斬撃が少女を襲う。
アストレアの正確な剣技と、グランセリオの重く力強い剣技。
二つの剣の技が、ひと振りの剣から繰り出されていた。
『リュウガを守るのよ!』
アストレアの声が響く。
『敵を近づけるな! 主を守り抜け!』
グランセリオの声が重なった。
ムーンブレイドは、二振りの聖剣の意志を受け継いだかのように、容赦なく斬撃を繰り出していく。
ついに少女は受け止めきれず、大きく後ろへ跳び退いた。
「……っ!」
少女の顔から、初めて余裕の笑みが消えた。
だが、すぐにその瞳が輝き始める。
「……あはっ! すごい……!」
恐怖ではない。
むしろ、今まで以上の興奮がその瞳に宿っていた。
「お兄ちゃんの剣……本当に面白いね!」
ムーンブレイドが、さらに強い光を放った。
「ムーンスラッシュ!」
月光を思わせる斬撃が、少女へと一直線に放たれた。
「っ!」
少女は剣を構えて受け止めようとしたが、その威力に押され、足元の土を削りながら後退する。
だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
ムーンブレイドが再び輝く。
「ムーンバースト!」
凝縮された力が一気に解き放たれ、少女を包み込むように炸裂した。
轟音が森を揺らし、土煙が舞い上がる。
少女の姿が、その向こうに消えた。
やがて、土煙の中から少女がよろめきながら姿を現した。
「……うそ……でしょ……?」
少女は剣を握りしめ、驚いたようにムーンブレイドを見つめた。
意識を失っているはずの少年が、剣そのものに守られ、二つの技まで繰り出している。
「……あはっ……あははっ!」
少女はふらつきながらも、楽しそうに笑い始めた。
「すごい……! こんなの、初めて……!その剣ムーンブレイドっていうの?」
やがて、少女はリュウガの顔をじっと見つめた。
「……あれ? よく見たら、お兄ちゃんってイケメンだよね」
場違いな感想を口にすると、少女はくすくすと笑った。
「ふふっ。今日は十分遊んだし、引き上げることにするわ」
少女は剣を肩に担ぎ、踵を返した。
「またね、お兄ちゃん!」
まるで、また明日会う約束でもしたかのような気軽さだった。
少女はひらひらと手を振り、森の奥へと歩き出した。
「こんなのより、よっぽど面白かったよ、お兄ちゃん!」
ふと足元に転がっている無明の男の死体に目を向ける。
少女はつま先で死体を蹴り飛ばした。
「ふふっ、あははっ!」
その笑顔は、どこまでも可愛らしい。
だからこそ、その無邪気さの奥に潜む狂気が、ひどく不気味だった。
少女の姿が木々の向こうへ消えると、リュウガの身体から力が抜けた。
彼は再び地面へと倒れ込む。
ムーンブレイドの輝きも、静かに消えていった。
その直後、反対の森の奥から慌ただしい足音が近づいてきた。
「リュウガ!」
駆けつけたのは剣王ヴァルドだった。
彼は周囲を見渡し、地面に倒れているリュウガを見つけると、すぐさま駆け寄った。
「おい、しっかりしろ! リュウガ!」
返事はない。
ヴァルドは膝をつき、リュウガの様子を確かめた。呼吸はある。だが、意識は戻らない。
「いったい何があった……?」
そのとき、ヴァルドは周囲の異様な光景に気づいた。
地面には無明の男たちが倒れ、破壊された聖剣が散乱している。さらに、辺りの地面には激しい戦闘の痕跡が残されていた。
ヴァルドは険しい表情で立ち上がった。
「……今の衝撃は、いったい何だったんだ?」
先ほど感じた、空気を震わせるほどの凄まじい力。
あれほどの力がぶつかり合う戦いなど、そうそう起こるものではない。
ヴァルドはリュウガの傍らに落ちていたムーンブレイドへ目を向けた。
「まさか……お前がやったのか?」
剣は何も答えず、ただ静かにそこにあった。
ヴァルドは再びリュウガを見下ろした。
この場で何が起きたのか。
そして、リュウガをここまで追い詰めた相手は何者なのか。
剣王の胸に、言いようのない不安が広がっていった。
第二十一章 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回の章はいかがでしたでしょうか?
物語も少しずつ大きく動き始め、新たな出会いや戦い、そして聖剣と魔剣を巡る謎が、これからどのように物語へ繋がっていくのか――。
楽しみにしていただけたら嬉しいです。
感想や応援コメントなども、お気軽にお寄せください!
それでは、次の章でまたお会いしましょう。
三國ユウ




