第二十三章 謎の少女と黒き炎
暗い森の中
少女は一人、森へと続く道を歩いていた。
「ふふっ、今日は何して遊ぼうかなぁ、無明も狩つくしちゃたし」
楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いていた少女は、ふと足を止めた。
「……ん?」
遠くから、ただならぬ魔力を感じ取ったのだ。
「わぁ……すっごい! なに、この魔力!」
少女の瞳が、好奇心に輝く。
「誰がこんなにすごい魔力を持ってるのかな? ふふっ、気になる!」
少女は魔力のする方向へ顔を向けると、弾むような足取りで走り出した。
「どんな人なんだろう? 早く会ってみたいなぁ!」
その先に待つ出会いが、どんな戦いを引き起こすのか。
少女はまだ、知る由もなかった。
◇
森の奥にある開けた場所。
そこでは、カイルが一人、剣を振るっていた。
手にしているのは、漆黒の刀身を持つ魔剣ヴァルグレイヴ。
カイルが剣を振るうたび、刀身から黒い炎が噴き上がり、斬撃となって前方へと放たれる。
「くそっ……! まだ威力が安定しねえな」
カイルは剣を下ろし、額の汗を拭った。
ヴァルグレイヴと共に修行を始めてから、少しずつ魔力の扱い方が分かってきた。
しかし、自分の内に眠る魔力は、まだ完全には制御できていない。
『焦るな、カイル。力を引き出すことと、力を制御することは別だ』
「分かってるって。でも、せっかく使えるようになったんだから、もっと自由に扱いてえんだよ」
『ならば、繰り返し鍛錬するしかあるまい』
「はいはい。分かってますよ、師匠」
カイルは苦笑しながら、再び剣を構えた。
そのときだった。
「わぁ……!」
背後から、弾んだ声が聞こえてきた。
カイルが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
少女はカイルをじっと見つめ、目を輝かせている。
「すっごい魔力! お兄ちゃん、そんなにすごい魔力を持ってるんだね!」
「……誰だ、お前?」
突然現れた少女に、カイルは警戒しながら問いかけた。
しかし、少女は質問に答えず、楽しそうに笑った。
「ねえ、お兄ちゃん! 私と遊んでみない?」
「遊ぶ?」
「うん! 私、強い人と遊ぶのが大好きなんだ!」
少女の無邪気な笑顔に、カイルは思わず眉をひそめた。
「いや、遊ぶって……」
「ねえ、いいでしょ?」
少女は期待に満ちた目でカイルを見上げる。
カイルは困ったように頭をかいた。
「……分かったよ。ちょっとだけだぞ」
「やったぁ!」
少女は嬉しそうに両手を上げた。
その無邪気な様子に、カイルはまだ気づいていなかった。
目の前の少女が、自分の想像を遥かに超える存在だということに。
◇
「じゃあ、いくぞ!」
カイルはヴァルグレイヴを構え、少女との距離を一気に詰めた。
「ヴァルグレイヴ・ファング!」
黒い魔力をまとった斬撃が、少女へと襲いかかる。
しかし――。
「わぁ、速いね!」
少女は軽く身をひねり、あっさりと斬撃をかわした。
「なっ……!」
カイルは驚きながらも、すぐに体勢を立て直す。
続けて剣を振るうが、少女はまるで遊んでいるかのように、そのすべてを避けていく。
「えへへっ、惜しい! もうちょっとだよ、お兄ちゃん!」
「くそっ、ちょこまかと……!」
カイルは攻撃を続けながら、ヴァルグレイヴの言葉を思い出していた。
『相手の足を見ろ。動き出す瞬間を見極めるのだ』
これまでの修行で、何度も言われたことだった。
カイルは少女の足元に意識を集中させる。
少女が右足に重心を移した瞬間、カイルはその動きを先読みし、剣を振り抜いた。
「そこだ!」
「えっ?」
少女の髪が、ほんのわずかに斬撃にかすめられた。
少女は初めて、攻撃を避けるために大きく身を引いた。
「……わぁ!」
少女は自分の髪に触れ、驚いたように目を丸くした。
「今の、すごいね! お兄ちゃん、やるじゃん!」
「へっ、少しは当たるようになっただろ?」
カイルは得意げに笑った。
だが、少女はすぐに首を傾げた。
「でも、お兄ちゃん、ずるいね。剣の中にもう一人いるんだね!」
「……何?」
カイルの表情が変わる。
少女はヴァルグレイヴを指さし、楽しそうに続けた。
「私には分かるよ! だって、同じ感じがするもん!」
『……ほう。小娘、なかなか鋭いな』
ヴァルグレイヴが、カイルの頭の中で低くつぶやいた。
少女はさらに、何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、そうだ! 私ね、この前、もう一人のイケメンのお兄ちゃんとも遊んだんだよ!」
「もう一人のイケメン?」
「うん! すっごく強くて、ときめいちゃった!」
少女は頬に手を当て、楽しそうに笑った。
「そのお兄ちゃんの剣の中にも、誰かいたの!」
「……剣の中に?」
カイルは思わず聞き返した。
少女は少し考えるように視線を上に向ける。
「えーっとね……ムーンブレイド? っていうの?」
「ムーンブレイド……?」
その名を聞いた瞬間、カイルの脳裏にリュウガの姿が浮かんだ。
まさか、リュウガと戦ったというのか。
「おい、そのお兄ちゃんって、どこにいるんだ? そいつは今どうしてる?」
カイルが問い詰めると、少女は首を傾げた。
「ふふっ、それは秘密!」
「おい、ちょっと待て!」
少女は答える気がないらしく、くるりと身を翻した。
「さあ、もっと遊ぼうよ、お兄ちゃん!お兄ちゃんも結構カッコいいよ」
次の瞬間、少女の姿が消えた。
「なっ――!」
カイルが反応するより早く、強烈な斬撃が襲いかかる。
「ぐあっ!」
カイルの身体が大きく後方へ吹き飛ばされた。
地面を転がりながらも、カイルはなんとか剣を手放さずに踏みとどまる。
「いってぇ……! なんつう速さだよ……!」
少女は少し離れた場所に立ち、にこにこと笑っていた。
「えへへっ、今度はちゃんと当たったね!」
「お前なぁ……!」
カイルは立ち上がり、剣を構え直す。
少女の剣から放たれる魔力は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
圧倒的な力。
それなのに、少女の表情には敵意も殺意も感じられない。
ただ、遊びを楽しんでいるだけだった。
『気を抜くな、カイル。あの娘、まだ本気ではないぞ』
「分かってるよ……!」
カイルは息を整え、少女を見据えた。
負けっぱなしで終わるつもりはない。
「だったら、こっちも本気でいくぜ!」
カイルはヴァルグレイヴを握りしめた。
その瞬間、身体の奥底から魔力が湧き上がる。
「……っ!?」
カイル自身が驚くほどの魔力だった。
これまでの修行でも、ここまでの力を感じたことはない。
黒い魔力が剣を包み込み、周囲の空気を震わせる。
「すごい、お兄ちゃん! さっきより魔力が上がってるよ!」
少女は目を輝かせた。
「お兄ちゃん、多分だけど……私の剣の魔力に反応して、魔力を引き出せてるんじゃないかな?」
「俺の魔力が……?」
『その可能性はある。あの娘の剣の魔力が、お前の内に眠る力を刺激しているのだろう』
ヴァルグレイヴは静かに告げた。
『だが、勘違いするな。これまでの鍛錬がなければ、引き出された力を受け止めることもできなかったはずだ』
「……そっか。今までの修行が、ちゃんと役に立ってるってことか」
『そういうことだ』
カイルは口元を緩めた。
自分の中に、まだ知らない力が眠っている。
それを知れたことが、素直に嬉しかった。
「よし……だったら、これもいけるか!」
カイルは剣を両手で握りしめ、全身の魔力を集中させた。
黒い炎が、ヴァルグレイヴの刀身から激しく噴き上がる。
『カイル、待て! その技はまだ――』
「ヴァルグレイヴ・ノヴァ!」
カイルが剣を振り抜いた瞬間、凄まじい黒き炎の斬撃が放たれた。
「わっ、わっ! なんだこれ!?」
カイル自身も、放たれた技の威力に目を見開いた。
「マジか! 俺に止められねえぞ!」
一度放たれた黒き炎は、勢いを増しながら少女へと迫っていく。
少女は一度後ろへ跳び、カイルとの距離を取った。
「ふふっ……じゃあ、これはどうかな?」
少女が剣を構え直した、その瞬間だった。
剣身が、まばゆい光を放ち始めた。
淡い光は瞬く間に強さを増し、周囲の木々や地面を照らし出す。
まるで聖剣の力を思わせる輝きだった。
しかし、その力は聖剣のものとは明らかに異なっていた。
少女の剣から放たれる、正体不明の力。
それが黒き炎を迎え撃つように解き放たれた。
「アハッ! お兄ちゃんすごいよ! 最高だね!」
少女が放った技と、黒き炎の斬撃が正面から激突した。
轟音が森に響き渡る。
凄まじい衝撃が地面を揺らし、周囲の木々が大きくしなる。
少女の技は黒き炎を押しとどめようとしたが、ヴァルグレイヴ・ノヴァの勢いは止まらなかった。
「わぁっ……綺麗」
少女の技が黒き炎に押し破られる。
そのまま黒き炎が少女を包み込んだ。
轟音とともに炎が弾け、黒煙が辺りを覆い尽くす。
やがて炎が消え、森に静寂が戻った。
黒煙が晴れると、少女の姿が見えた。
服の一部は焼け、腕と頬には小さな傷が刻まれていた。
それでも少女は、楽しそうに笑っている。
「おい、お前大丈夫なのか?」
カイルは剣を構えたまま、心配そうに少女を見つめた。
少女は傷ついた頬にそっと触れると、嬉しそうに笑った。
「アハッ! 私にダメージを与えるなんて、あのイケメンのお兄ちゃん以来だよ!」
少女は自分の傷など気にも留めず、楽しそうにカイルを見つめていた。
カイルは呆然としたまま、目の前の少女を見つめる。
(マジかよ……あれを食らって、まだ笑ってやがる……!)
少女はしばらくカイルを見つめていたが、ふと小さくあくびをした。
「あっ、そうだ。私、疲れちゃったから帰るね!」
「……は?」
あまりにも唐突な言葉に、カイルは間の抜けた声を漏らした。
少女はくるりと背を向ける。
「また今度遊ぼうね、お兄ちゃん!」
「お、おい! 待てよ!」
カイルが呼び止めるより早く、少女は森の奥へと走り去っていった。
その姿は、あっという間に木々の向こうへ消えてしまった。
「何なんだよ、アイツ……」
カイルは呆れたように頭をかいた。
「でも、なんか憎めねえなぁ……」
『フッ。お前もずいぶん気に入られたようだな』
ヴァルグレイヴの声が頭の中に響いた。
「気に入られたっていうか、勝手に遊び相手にされただけだろ……」
カイルはため息をつき、手にした剣を見つめた。
先ほど放った黒き炎の威力が、まだ腕に残っている。
あれほどの力を引き出せたことは、確かな成長だった。
だが、制御できなければ自分自身も危険にさらされる。
「……それより、さっきの技だ。あんなの、どうやって制御すりゃいいんだよ」
『それをこれから学ぶのだ。まだまだ鍛錬が必要だな』
「へいへい……分かってるよ」
カイルは苦笑し、再び剣を構えた。
そして、ふとリュウガのことを思い出す。
(あの少女……リュウガとも戦ったって言ってたよな)
彼女がリュウガに何をしたのか。
そして、あの戦いがどうなったのか。
気になることは山ほどあった。
(リュウガに会ったら、絶対に聞いてやる……)
カイルは小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。
「よし、もう一回だ!」
『うむ。今度は、力を制御することを意識しろ』
「ああ!」
カイルは剣を握り直し、再び黒き炎をまとわせた。
森の中に、剣を振るう音が響き始める。
少女との出会いは、まだ始まりにすぎない。
そしてカイル自身もまた、己の内に眠る力の大きさを知り始めたばかりだった。
第二十三章 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回の章はいかがでしたでしょうか?
物語も少しずつ大きく動き始め、新たな出会いや戦い、そして聖剣と魔剣を巡る謎が、これからどのように物語へ繋がっていくのか――。
楽しみにしていただけたら嬉しいです。
感想や応援コメントなども、お気軽にお寄せください!
それでは、次の章でまたお会いしましょう。
三國ユウ




