第十九章 聖剣の成長
王都聖剣教団本部
枢機卿の執務室
「研究員たちは、王都から逃げ去ったのか」
机の前に立つ部下へ、枢機卿は静かに問いかけた。
「はい。研究員たちの姿はすでになく、一部の資料も持ち去られております」
「始源剣と魔剣に関する記録はどうだ?」
「一部は回収できましたが、後半部分は研究員たちが持ち去ったようです」
報告を聞いた枢機卿は、机上の資料へ視線を落とした。
「……そうか。残りの記録も必ず探し出せ。研究員たちの行方も追え絶対に逃すな」
「承知いたしました」
部下が一礼する。
枢機卿は、さらに追跡を担当する部隊を編成し、研究員たちが持ち去った資料の回収を命じた。
彼らがどこへ逃げたのか、現時点では分かっていない。
だが、教団にとって重要な記録を持った者をそのままにするわけにはいかなかった。
◇
封印の地――古代研究施設。
広い研究室では、アルベルトをはじめとする研究員たちが、セレナの持つ古文書の調査を進めていた。
机の上には古びた文書や記録板が並び、研究員たちはそれぞれの資料を見比べている。
「この文字列、こちらの記録にあるものと似ていないか?」
ひとりの研究員が、二つの資料を並べて指差した。
「確かに似ている。だが、細部が違うな。時代による変化なのか、それとも別の意味を持つ文字なのか……」
「前後の文章も照合してみよう。単語だけでは判断できない」
アルベルトは慎重に資料を整理した。
以前、エリオスもこの古文書を調べていたが、解読には至らなかった。そこで彼は、古代文字の研究に詳しいアルベルトたちへ協力を求める手紙を送っていたのだ。
古文書には、現代の魔法理論では説明しきれない記述が含まれている。
その意味を読み解くことができれば、古代の魔法に関する失われた知識へ近づけるかもしれない。
しかし、今はまだ断片的な文字や記号から推測することしかできなかった。
「焦る必要はない。まずは確実に読める部分を増やそう」
アルベルトの言葉に、研究員たちはうなずいた。
彼らは再び資料に向き合い、解読作業を続けていく。
その研究がどのような成果につながるのか、まだ誰にも分からなかった。
◇
ムーンブレイドの精神世界
静かな空間に、リュウガは剣を構えて立っていた。
その前には、二つの人影がある。
ひとりは聖剣アストレア。もうひとりは聖剣グランセリオ。
二振りの聖剣は人の姿を取り、リュウガの修行に付き合っていた。
「リュウガ。まずは魔力の流れを感じ取ることから始めましょう」
アストレアが告げた。
「剣に魔力を流すだけなら、もうできる。だが、戦いの最中でも同じように扱えるか?」
グランセリオが問いかける。
「……まだ、完全にはできません」
「なら、そこを磨くんだ」
グランセリオは剣を構えた。
リュウガは目を閉じ、自身の内側へ意識を向ける。
魔力を剣へ流すこと自体は、すでに経験していた。しかし、必要な量を正確に調整し、動きながら維持するとなると、まだ不安定な部分が残っている。
力を込めすぎれば、動きに余計な力みが生まれる。
反対に抑えすぎれば、剣へ十分な力を伝えられない。
「もう一度、やってみます」
リュウガは呼吸を整え、剣へ魔力を流した。
先ほどよりも滑らかに魔力が巡る。だが、威力を高めようとした瞬間、流れにわずかな乱れが生じた。
「今の乱れを覚えておきなさい」
アストレアが指摘する。
「威力を上げようとした瞬間、魔力が一か所に偏りすぎよ。力を強めることばかりに意識が向いているわ」
「……確かに」
リュウガは剣を見つめた。
強い力を出すことと、その力を正確に扱うことは同じではない。
その違いを、彼は少しずつ理解し始めていた。
「次は、実際に動きながら試すぞ」
グランセリオが踏み込む。
リュウガは剣を受け流し、体勢を崩さずに距離を取った。すぐさま反撃へ移ろうとするが、その瞬間、剣に流していた魔力が乱れる。
グランセリオの剣が、リュウガの肩口へ迫った。
リュウガはとっさに身をひねり、攻撃をかわす。
「止まるな!」
グランセリオの声が響いた。
リュウガは踏みとどまり、すぐに剣を構え直す。
攻撃を受け、動き、反撃する。その一連の動作の中で魔力を保つことは、静止した状態で制御するよりも難しかった。
何度も打ち合いを重ねるうちに、リュウガの呼吸は荒くなっていく。
それでも、彼は剣を下ろさなかった。
◇
模擬戦の相手が、アストレアへと交代した。
「今度は、私の動きをよく見てなさい」
アストレアの剣筋は、グランセリオとは異なっていた。
グランセリオが安定した力で押し込んでくるのに対し、アストレアは無駄のない動きで正確に隙を突いてくる。
リュウガが剣を振るえば、その動きに合わせて攻撃の角度を変え、体勢が崩れた瞬間を狙ってくる。
受け止めようとすれば遅れ、避けようとすれば次の一手が迫る。
「くっ……!」
リュウガは身をひねり、紙一重で攻撃をかわした。
そのまま反撃へ移る。
だが、剣を振る瞬間に魔力の流れが乱れた。
アストレアの剣が、リュウガの喉元でぴたりと止まる。
「ダメ遅いわ」
リュウガは悔しそうに息を吐いた。
「攻撃に意識を奪われすぎました」
「そうよ。魔力操作は、技を放つ瞬間だけのものではないわ、防御から反撃へ移る間も、流れを途切れさせないことが大切なのよ、覚えておきなさい」
アストレアは剣を下ろした。
「あなたは確実に成長してるのは、わかるわしかし、力が増したからこそ、制御の甘さも目立つようになっているのよ」
リュウガはその言葉を胸に刻んだ。
強くなれば、それで終わりではない。
強くなった力を、正しく扱えるようにならなければならないのだ。
「もう一度、お願いします」
リュウガは再び剣を構えた。
アストレアとグランセリオは顔を見合わせ、静かにうなずいた。
修行は続いた。
魔力の流れを整え、既に身につけた剣技を繰り返し磨く。
グランセリオとの模擬戦では、魔力を安定させたまま攻防を続けることを学び、アストレアとの模擬戦では、わずかな隙を見逃さず、正確に対応することを求められた。
思いどおりにいかない場面は何度もあった。
それでも、失敗するたびに原因を見つめ直し、リュウガは少しずつ修正を重ねていった。
新たな技を手にしたわけではない。
だが、今まで使ってきた技を支える力は、確実に磨かれていた。
◇
精神世界での修行を終えたリュウガは、現実世界へと意識を戻した。
そこでは、剣王ヴァルドが待っていた。
「リュウガでは、始めるぞ」
ヴァルドは愛用の剣を構える。
リュウガもムーンブレイドを手に、正面から向き合った。
剣と剣がぶつかり合い、乾いた音が響く。
リュウガの動きは、以前よりも無駄が少なくなっていた。攻撃から防御への切り替えも滑らかで、剣に込める力の調整にも変化が見られる。
ヴァルドは何度か打ち合ったところで、わずかに眉を動かした。
「……妙だな、昨日と全然違う?」
リュウガが距離を取る。
「何かありましたか?」
「いや。剣に流す魔力の扱いがよくなっている。それだけじゃない」
ヴァルドはムーンブレイドへ目を向けた。
「聖剣の力が、短期間でずいぶん増しているように感じる」
その声音には、隠しきれない驚きがあった。
聖剣の力は、使い手の成長に応じて変化することがある。
しかし、これほど短い期間で明確な変化が現れるのは、そう多いことではなかった。
「何か心当たりはあるか?」
ヴァルドの問いに、リュウガはドキリとした。
精神世界での修行が頭をよぎる。
アストレアとグランセリオから魔力操作を学び、二人との模擬戦を繰り返してきた。その積み重ねが、聖剣の力の成長につながっているのは間違いない。
だが、それをヴァルドに説明するわけにはいかなかった。
「……自分でも、よく分かりません。ただ、以前より魔力の流れを感じ取れるようになった気はします」
リュウガは、できるだけ平静を装って答えた。
「そうか……面白い奴だな」
ヴァルドはしばらくリュウガを見つめて笑っていたが、それ以上追及することはなかった。
「なら、その力に振り回されないようにしろ。力が増すほど、扱いを誤ったときの危険も大きくなるぞ」
「はい」
リュウガはうなずいた。
胸の内では、わずかな緊張がまだ残っていた。
精神世界での修行――その秘密を守りながら、今まで以上に強くならなければならない。
◇
聖剣教団――王都の城門前。
数名の騎士たちが、出発の準備を整えていた。
その中には、聖剣を携えた騎士の姿もあった。
エドガー・ヴァレン。
かつて教団の騎士として務めていた彼は、今も教団に所属し、聖剣使いとなってこの捜索隊の隊長になった。
エドガーは声を大きくはりあげた
「今回の任務は、王都から逃亡した研究員たちの追跡だ。持ち出された資料の回収も忘れるな」
「了解!」
騎士たちは一斉に応じた。
エドガーもまた、腰の聖剣を確かめると、静かに隊列へ加わった。
彼の聖剣は、特別な欠片を宿したものではない。教団に認められた聖剣使いとして、彼は自らの剣を振るってきた。
やがて隊列が整い、部隊は城門を抜けていく。
彼らが追うのは、教団から逃げ去った研究員たち。
その先で、かつての同僚と再会することになるとは、エドガー自身もまだ知る由もなかった。
第十九章 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回の章はいかがでしたでしょうか?
物語も少しずつ大きく動き始め、新たな出会いや戦い、そして聖剣と魔剣を巡る謎が、これからどのように物語へ繋がっていくのか――。
楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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それでは、次の章でまたお会いしましょう。
三國ユウ




