第十八章 新たな研究拠点
セレナに案内され、アルベルトと研究員たちがたどり着いたのは、エリオスが身を置く研究施設だった。
施設の入口で一行を出迎えたエリオスは、セレナの姿を見つけて表情を和らげた。しかし、彼女の後ろに続く大勢の人影に気づくと、驚いたように目を見開いた。
「セレナ、おかえり。……ところで、そちらの方々は?」
「紹介するわ。こちらはアルベルトさん。後ろにいるのは、王都で研究をしていた研究員の皆さんよ」
「エリオス久しぶり、突然大勢で押しかけてすまない」
アルベルトが丁寧に頭を下げる。
エリオスは彼の顔を見つめ、やがて思い当たったように声を上げた。
「アルベルト……! 君が来てくれたのか。手紙の返事を待っていたが、まさかこれほどの人数を連れてくるとは思わなかった」
「こちらこそ、急な事になってしまった。だが、今の王都では研究を続けるのが難しくなっているんだ、先日も教団に研究所を封鎖されてね」
アルベルトの表情が曇った。
「聖剣教団が、始原剣や魔剣に関する資料を盛んに探している。特に魔剣に関する記録への関心が強まっていてな。研究施設にも圧力がかかり、これまでどおり研究を続けることができなくなった」
「そうだったのか……」
「研究を諦めるつもりはない。だからこそ、君の申し出に望みをかけたんだ」
エリオスは一度うなずき、背後にある施設へ目を向けた。
「私の研究施設を使ってもらうことはできる。ただ……ここでは、これだけの人数を受け入れるのは難しいだろう。研究室も資料の保管場所も足りない」
研究員たちの顔に、わずかな落胆が浮かぶ。
その様子を見ていたセレナが、一歩前に出た。
「だったら、別の場所を使えばいいんじゃない?」
「別の場所?」
「ええ。ここには、まだ誰も使っていない施設があるでしょう? あそこを新しい研究拠点にできないかしら」
エリオスは一瞬、驚いたようにセレナを見た。
そして、彼女の言葉の意味を理解すると、ゆっくりとうなずいた。
「……そうか。君たちなら、あの場所を活用できるかもしれないな」
エリオスは一行を振り返り、奥へと続く道を示した。
「ついてきてくれ。見てもらいたい場所がある」
彼らが案内されたのは、古代の遺跡の奥深くに存在する巨大な施設だった。
壁面には見慣れない紋様が刻まれ、通路の両側には用途の分からない装置が並んでいる。長い年月を経ているにもかかわらず、建物そのものは驚くほど堅牢な姿を保っていた。
研究員たちは、目の前に広がる光景に息をのんだ。
「こ、これは……ロスト技術か?」
エリオスは施設の奥を見渡しながら、静かに説明を始めた。
「ここは、かつてエクリシアが安置されていた場所だ」
「……待ってくれ。エクリシアは、今もここにあるのか?」
アルベルトが驚いて尋ねた。
「いや。今はもう、ここにはない」
エリオスはセレナに視線を向けた。
「セレナが試練を乗り越え、エクリシアを手に入れたんだ」
「……何だと? セレナきみがか」
アルベルトは思わずセレナを見た。
セレナは少し照れくさそうにしながらも、しっかりとうなずいた。
「ええ。私がエクリシアを受け継いだの」
「そうだったのか……。まさか、そんなことになっていたとは」
驚きを隠せないアルベルトに、エリオスが説明を続けた。
「私も以前、エクリシアを得るために試練に挑んだことがある。だが、私は失敗した。試練を突破できなかった者は、この施設に入ることすらできなかったんだ」
「では、君も施設の内部を知らなかったのか?」
「ああ。セレナが試練を突破し、エクリシアを手にしたことで、ようやく中へ入れるようになった。それから初めて、ここが何のための場所なのかを知ったんだ、正直驚いたよ」
エリオスは壁に刻まれた紋様を見上げた。
「ここは、古代の技術を研究するための施設だった。古代魔法や聖剣、魔剣に関する研究だけではない。今の時代には失われてしまった技術や知識も、ここで研究されていたらしいな」
「これほどの施設が……古代に存在して
いたというのか、まさにロスト技術だ」
アルベルトの声には、驚きと興奮が混じっていた。
「ただし、問題もある」
エリオスは近くにある装置へ目を向けた。
「この施設は、エクリシアの力を動力源として稼働していたようなんだ。エクリシアがなくなった今、多くの装置は動かなくなってしまった」
「つまり、設備のすべてを使えるわけではないんだな」
「ああ。建物や装置そのものは残っているが、動かないものも多い。記録を閲覧するための設備があるかどうかも、まだ詳しく調べられていない」
エリオスは小さく息を吐いた。
「私一人では、この広大な施設を調査しきれなかった。だから、ほとんど手つかずのままになっていたんだ」
その話を聞き終えるよりも早く、研究員たちの間から声が上がった。
「ま、待ってくれ! この壁面の紋様を見てくれ。古代文字に似ているが、これまで見つかっているものとは構造が違うぞ!」
「こっちの装置も気になる! 動いてはいないが、内部の構造がまるで分からない……いったい何に使われていたんだ?」
「記録を保管する設備はないのか? これほどの施設なら、古代の研究資料が残されている可能性もあるはずだ!」
それまで整然と並んでいた研究員たちは、たちまち散り散りになり、目についた装置や壁面の文字を調べ始めた。
古代魔法を専門とする研究員は壁の紋様を食い入るように見つめ、聖剣や魔剣を研究してきた者たちは、通路脇の装置に集まって構造を確かめようとしている。
資料の保管場所を探す者もいれば、施設全体の規模を把握しようと奥をのぞき込む者もいた。
「おい、勝手に先へ行くな! まずは施設の状態を確認するのが先だ!」
アルベルトの一喝が、広い通路に響き渡った。
「興奮するのは分かるが、何が残っていて、どこまで安全に使えるのかも分かっていないんだ。調査は順序立てて進める。まずは全員、こちらに戻ってくれ!」
「し、しかしアルベルト殿! このような施設を目の前にして、調べずにいられるものですか!」
「気持ちは分かる! だからこそ、焦らず確実に調べるんだ!」
研究員たちは名残惜しそうに装置や壁面を振り返りながらも、アルベルトのもとへ戻ってきた。
その様子を見ていたエリオスは、思わず笑みをこぼした。
「……なるほど。君たちなら、私が一人では手をつけられなかった部分も調べられそうだ」
アルベルトが苦笑する。
「研究となると、皆こうなんだ。普段は真面目な連中なんだが、未知の技術を前にすると夢中になってしまう」
「いや、悪いことではないさ。これほど熱意のある研究員たちなら、ここに眠る知識を少しずつ明らかにしていけるだろう」
アルベルトは真剣な表情でうなずいた。
「まずは施設全体の安全を確認する。それから使用できる部屋や設備を整理し、研究室と資料の保管場所を整えていこう。動かない装置については、構造を調べながら復旧できるかどうかを見極める」
「それがいいだろう。すぐにすべてを使えるようにはならないが、少しずつ整備していけばいい」
セレナは二人のやり取りを聞きながら、施設の奥へと視線を向けた。
エクリシアを手にしたことで、ここに残された力の一部は失われた。
けれど、古代の技術も、装置も、そしてまだ誰にも知られていない知識も、すべてが消えたわけではない。
ここを新たな研究拠点にできれば、失われた知識を取り戻す手がかりが見つかるかもしれない。
「ここが、みんなの新しい研究場所になるのね」
セレナの言葉に、エリオスはうなずいた。
「ああ。これから時間はかかるだろうが、ここを再び人が集まる場所にしていこう」
アルベルトも、研究員たちを見渡して告げた。
「よし。まずは施設の調査から始める。焦らず、一つずつ進めていこう」
研究員たちの表情に、再び期待が広がった。
施設の調査がひと段落した頃、アルベルトがセレナに声をかけた。
「セレナ、ひとつ頼みがあるんだが……後でエクリシアを少し見せてもらえないだろうか?」
セレナは意外そうに目を瞬かせた。
「エクリシアを?」
「ああ。古代の研究施設と深い関わりがある剣だからな。研究者として、ぜひ一度この目で確かめてみたいんだ。もちろん、無理にとは言わない」
アルベルトの言葉に、周囲にいた研究員たちも興味深そうに振り返った。
「私もぜひ拝見したいです!」
「いったい、どのような剣なのか……!」
次々に声を上げる研究員たちを見て、セレナは少し困ったように笑った。
「分かったわ。でも、そんなに大勢に囲まれたら落ち着いて見せられないわよ?」
「そ、それは……確かにそうだな」
アルベルトは咳払いをして、研究員たちを制した。
「見せてもらえるかどうかは、セレナの都合次第だ。今は施設の調査を優先しよう」
「ふふっ。あとでなら構わないわ」
セレナがそう答えると、アルベルトの表情が明るくなった。
「ありがとう。楽しみにしているよ」
研究員たちは名残惜しそうにしながらも、再び施設の調査へと戻っていった。
セレナは彼らの姿を見つめ、微笑んだ。
ここに残された知識が、いつか新たな発見につながるかもしれない。
そしてエクリシアもまた、彼らの研究に新たな道を示すことになるのだろう。
古代の技術が眠るこの場所は、今、新たな研究拠点として動き始めた。
その奥底には、まだ誰も知らない知識と、解き明かされる日を待つ数多くの謎が眠っていた。
第十八章 完




