第十七章 再び封印の地への道
教団の騎士たちが一斉に振り返る。
「何者だ! ここは教団の命令によって封鎖されている。部外者は立ち去れ!」
「部外者、ね……」
セレナは、拘束されかけている研究者たちへ目を向けた。
彼らの足元には、持ち出そうとした資料が散乱している。研究者の一人が、必死にそれらを拾い集めていた。
「その人たちは、私が連れていくわ」
「何を勝手なことを! 逆らう気か! ならば、お前も……」
「逆らうもなにも、はなから教団の命令に従う気はないわ」
セレナは小さく笑った。
「ふふっ。魔法が攻撃だけだと思ったら大間違いよ」
次の瞬間、騎士たちと兵士たちの足元に光が走った。
「なっ……何だ、これは!?」
「光の拘束具だと……!? 貴様、光魔法使いか!」
淡い光が鎖のように絡みつき、騎士四人と兵士六人の動きを一斉に封じていく。
武器を振るうことも、仲間へ合図を送ることもできない。
「光の魔法使い? まぁ、貴方達がそう思うならそれでもいいわ」
セレナは余裕の笑みを浮かべた。
「さあ、皆さん。今のうちにとっとと逃げるわよ」
「君はいったい……いや、今は聞いている場合ではないな、地下に水路があるそこから逃げましょう、皆さん持てるものだけでも持って行きましょう」
一人の男性が声を上げると、研究者たちは一斉に動き出した。
セレナは彼らを逃がすため、騎士たちとの間に立ったまま、全員が動き出すのを見届けた。
「申し遅れました。私はアルベルト・ヴァレンシュタイン。万象真理機構の責任者を務めています」
男性は走りながら、セレナに名乗った。
「私はセレナよ。エリオスに頼まれて、あなたに手紙を届けに来たのにこんな事になってたなんて」
「エリオスから……?」
アルベルトの表情が変わった。
「彼とは長年、研究を共にしてきました。いったい、どのような用件でしょうか?」
「詳しい話は、落ち着いてからにしましょう。今は、ここから逃げるのが先よ」
「……そうですね。皆さん、必要な資料を持って、すぐに移動してください!」
アルベルトの指示を受け、研究者たちは持ち出せる資料を抱え、施設の出口へと走り出した。
背後では、拘束された騎士たちが必死に抵抗している。
だが、光の拘束具は永久に続くものではない。数分もすれば自然に消え、彼らは再び自由に動けるようになる。
それまでに、少しでも距離を稼がなければならなかった。
*
施設を出た一行は、王都の水路へ続く通路を目指した。
しかし、その途中で警備中の兵士たちが立ちはだかった。
「おい、待て! お前たち、何者だ! こんなところで何をしている!」
兵士たちは武器に手をかけ、一行を警戒するように見渡した。
「怪しい奴らだな。止まれ!」
研究者たちの足が止まる。
「セレナさん、どうしましょう……?」
一人の研究員が不安そうに尋ねた。
「大丈夫。皆さんは下がっていて」
セレナは一歩前へ出ると、兵士たちへ手をかざした。
淡い光が彼女の指先に集まり、次の瞬間、地面を走るように広がっていく。
「なっ、何だ!?」
光の帯が兵士たちの足元から伸び、腕や脚に絡みついた。
「動けないだと……!」
「はいはいおとなしくて、少しだけ、そこで待っていて」
セレナは小さく笑うと、研究者たちへ振り返った。
「今のうちよ。皆さん、急いで!」
一行は拘束された兵士たちの横を通り抜け、水路へ続く階段を駆け下りていった。
やがて、水路の先に王都の外へ続く出口が見えてきた。
しかし、背後から複数の足音が迫ってくる。
「いたぞ! あそこだ!」
「逃がすな! 魔法を使う女も一緒だ!」
先ほどの施設から追ってきた兵士たちだった。
彼らはセレナが光魔法を使うことを知っていたが、ほかの属性の魔法も扱えるとは考えていなかった。
「セレナさん、追いつかれます!」
研究者の一人が声を上げた。
セレナは水路へ視線を向ける。
「大丈夫。ここからは、少し派手にいくわよ」
彼女が手をかざすと、水面が大きく揺れ始めた。
次の瞬間、水路の水が盛り上がり、追っ手たちの前方へと流れ込んだ。
「うわっ!?」
「な、何だ!? 水が……!」
勢いを増した水が通路を塞ぎ、兵士たちの足を止める。
「こいつ、水魔法も使えるのか!?」
驚く声が水路に響いた。
セレナは追っ手を傷つけることなく、水の流れを操って進路を塞いでいた。
「使えるに決まってるでしょう、私を甘く見ないでよ、皆さん急いで」
研究者たちは彼女の指示に従い、出口へと走った。
セレナは最後尾まで目を配り、十人全員が通り抜けたことを確認してから、自分も水路を離れた。
背後では、追っ手たちの怒声がまだ響いていた。
けれど、彼らがすぐに追いつくことはなかった。
*
王都から十分に距離を取ったところで、一行はようやく足を止めた。
研究者たちは疲れ切った様子で息を整えている。持ち出した資料を抱え直す者もいれば、周囲を警戒しながら休息を取る者もいた。
アルベルトは全員の無事を確かめると、セレナに向き直った。
「改めて礼を言わせてください。あなたのおかげで、我々は全員ここまで逃げ延びることができました」
「どういたしまして。でも、まだ安心するのは早いわ。ここに留まっていたら、また追っ手が来るかもしれないもの」
「おっしゃるとおりです」
アルベルトは一度うなずき、改めて名乗った。
「私はアルベルト・ヴァレンシュタイン。万象真理機構の責任者を務めています。主に始原剣や魔剣に関する記録を調べているんです」
「万象真理機構……?」
「古代魔術や聖剣、魔剣、始原剣、遺跡など、世界に残されたさまざまな謎を研究する組織です。特定の分野だけにこだわらず、幅広く調査を行っています」
「そうだったんですね。私はセレナよ。エリオスに頼まれて、あなたに手紙を届けに来たの」
アルベルトは、はっとしたように顔を上げた。
「エリオスから……! そうでしたか。彼とは長年、研究を共にしてきました。彼は今もエクリシアの研究を続けているはずです」
「ええ。その手紙を届ける事が私がここへ来た目的なの」
「これは失礼しました。その手紙拝見してしてよろしいでしょうか?」
セレナは、アルベルトに手紙を渡す
アルベルトは真剣な表情でうなずいた。
「古代魔術に関する資料も、エリオスが調査を続けているエクリシアの研究も、どちらも見過ごすことはできません。落ち着いたら、手紙の内容を確認させてください」
「お願いします。エリオスも、それを伝えたくて私に託したんだと思うから」
アルベルトは目の前の研究員達をみた、
「……ですが、我々は王都の研究施設を失ってしまいました。持ち出せた記録はありますが、新しい研究拠点を見つけるまでは、研究を続けることも難しいでしょう」
「それもそうですね」
「セレナやエリオスに協力したいのは山々なんだが、新しい研究施設を見つけるまでは、こちらから手を貸す余裕もないんだ」
その言葉を聞いて、セレナは、はっとしたように顔を上げた。
「それなら、いい場所を知っています!」
「いい場所?」
「はい。王都の追っ手が絶対に追ってこられない場所です」
セレナは腰に携えていた羅針盤を取り出した。
その様子を見たアルベルトが、驚いたように目を見開く。
「……その羅針盤は、もしや……?」
「これをご存じなんですか?」
「エリオスから聞いたことがあります。封印の地へ至るための道しるべが存在すると……。まさか、君が持っていたとは」
「詳しい話は、向こうに着いてからしますね。今は、皆さんを安全な場所へ案内するのが先です」
セレナは羅針盤の針を確かめた。
針が示すのは、王都から遠く離れた方角だった。
「この羅針盤が示す方向へ進みましょう。そこなら、皆さんも研究を続けられるはずです」
アルベルトは仲間たちを見渡した。
「皆さん、どうしますか?」
「ほかに行くあてはありません。セレナさんを信じましょう」
一人の研究員が答えると、ほかの者たちも次々とうなずいた。
「決まりですね」
セレナは羅針盤を手に、歩き始めた。
アルベルトを含む十人の研究者たちも、その後に続いた。
*
王都から離れるにつれ、人の往来は少なくなり、やがて整備された街道も途切れていった。
険しい道を進む一行の表情には、疲労と不安が浮かんでいた。
それでも、研究者たちの間では、少しずつ会話が交わされるようになっていた。
「アルベルトさん、持ち出せた記録は、どれほど残っているんですか?」
一人の研究員が尋ねた。
「すべてではありません。ですが、始原剣や魔剣に関する重要な記録は、いくつか持ち出せました」
「それだけでも大きな成果です。始原剣については古い文献に記述が残されているものの、その全容はいまだに謎ですからね」
別の研究員が口を開いた。
「魔剣についても同じです。使い手の記録は残っていても、剣そのものの由来や能力まで明らかになっている例は少ない。今回失った資料の中にも、貴重な記録があったのですが……」
悔しそうに顔を伏せる研究員に、アルベルトは静かに告げた。
「すべてを失ったわけではありません。残された記録から、もう一度調べ直すことはできます」
「そうですね。ここで諦めるわけにはいきません」
研究員たちの表情に、少しずつ決意が戻っていく。
その会話を聞いていた別の研究員が、セレナへと視線を向けた。
「ところで、エリオスから手紙を預かっているとおっしゃっていましたね。古代魔術に関する内容も書いてあるのでしょうか?」
「はい。エリオスは、魔力の研究も続けています。ただ、手紙の詳しい内容については、私もまだ把握できていないんです」
「そうでしたか。私は古代魔術を専門に研究しています。失われた術式や、現代の魔法体系では説明できない現象に興味があるんです」
研究員の目に、研究者らしい好奇心が浮かんだ。
「もし古代魔術に関する資料があるのなら、ぜひ調べてみたいですね」
「それなら、到着したら一緒に確認しましょう。私もエリオスが何を伝えたかったのか、きちんと知りたいんです」
セレナの返事に、アルベルトもうなずいた。
「始原剣や魔剣の研究も、古代魔術の研究も、別々のものに見えて、どこかでつながっている可能性があります。新しい研究拠点を確保できれば、互いの知識を持ち寄ることもできるでしょう」
「ええ。分野が違うからこそ、見つけられるものもあるはずです」
別の研究員も賛同した。
「始原剣の記録を調べる者、魔剣の性質を研究する者、古代魔術の術式を解き明かす者。それぞれの成果を合わせれば、今まで見えなかったことが見えてくるかもしれません」
アルベルトは仲間たちを見回した。
「そのためにも、まずは研究を続けられる場所を確保しなければなりませんね」
「ええ。ここからが本当の再出発です」
研究者たちは、互いに顔を見合わせた。
王都の施設を失った痛みは消えていない。
それでも、彼らの中には研究を諦める者などいなかった。
*
しばらく進むと、セレナは羅針盤を確認して足を止めた。
周囲には人の気配がほとんどない。見慣れた街道からも遠く離れ、自然の景色だけが広がっていた。
「もう少しです」
セレナが告げると、アルベルトは周囲を見回した。
「本当に、この先に研究施設を置ける場所があるのですか?」
「ええ。ここなら、教団も簡単にはたどり着けません」
セレナは羅針盤の針が示す先を見据えた。
そこは、彼女がかつてエクリシアを手に入れた場所――封印の地へと続く道だった。
エクリシアを手に入れたことで、扉の前に立ちはだかっていた試練は、すでに解除されている。
今は羅針盤が示す道を進めばいい。
「皆さん、行きましょう」
セレナは再び歩き始めた。
研究者たちも、その後に続く。
やがて、一行の前に外界から切り離されたかのような静かな土地が姿を現した。
「ここが……」
アルベルトが思わず声を漏らす。
「封印の地です」
セレナは振り返り、研究者たちを見渡した。
「ここなら、皆さんも研究を続けられるはずです。エリオスも、ここで研究を続けています」
アルベルトは目の前の景色を見つめ、深く息を吐いた。
「……ありがとう、セレナさん。我々にとって、これ以上ない希望です」
「お礼はまだ早いわ。これから、みんなで研究を再開するんでしょう?」
セレナは、いつものように小さく笑った。
「そうでした。古代魔術の資料についても、ぜひ詳しく確認させてください」
「もちろんです」
セレナは羅針盤をしまい、封印の地の奥へと視線を向けた。
失われた研究施設の代わりとなる場所。
始原剣と魔剣、そして古代魔術――数々の謎を追う研究者たちにとって、ここは新たな出発点となる。
その一方で、王都には彼らを追う教団が残されていた。
そして、聖剣と魔剣を巡る謎は、まだ誰も知らない場所で、少しずつつながり始めていた。
*
荷物を整理しながら、アルベルトがふと思い出したように言った。
「……剣そのものに詳しい人物の力も、いずれ借りられるといいのですが」
「誰か、心当たりがあるの?」
セレナが尋ねる。
「直接お会いしたことはありませんが、剣王ヴァルド・レインという人物をご存じですか?」
「剣王……?」
「聖剣や魔剣の研究で知られる人物です。私も、その研究実績を耳にしたことがあります。もし彼の知識を借りられれば、何か新しい手がかりが見つかるかもしれません」
セレナは、その名を心に留めた。
「ヴァルド・レイン……ね」
彼女はまだ知らなかった。
自分たちが追い求める謎の先に、剣王と呼ばれる男がいることを。
そして、その男もまた、別の場所で聖剣と魔剣の秘密を追っていることを――。
第十七章 完




