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第十六章 動き出す闇

挿絵(By みてみん) 王都。


 聖剣教団の本部、その奥深くにある枢機卿の執務室。


 重厚な扉の向こうでは、窓から差し込む午後の光が、壁に掛けられた古い聖剣の絵を照らしていた。


 机に向かっていた枢機卿は、差し出された報告書に目を落としている。


 そのとき、部屋の隅に控えていた黒衣の人物が、静かに口を開いた。


「枢機卿様、カシアンが姿をあらわしました」


 枢機卿の指が止まった。


「……何?」


 顔を上げた彼の目には、驚きよりも、報告の真偽を確かめようとする冷静さが浮かんでいた。


「生きていたというのか」


「はい。目撃情報だけではありません。魔剣を所持していることも確認されています」


「魔剣……」


 枢機卿は椅子の背にもたれ、しばらく黙り込んだ。


 かつて教団の騎士だった男。


 裏切り者として処理されたはずの男。


 そのカシアンが生きている。


 そして、魔剣を手にしているという。


「余計なことを思い出させてくれる……」


 低くつぶやいた枢機卿の表情から、先ほどまでの穏やかさが消えた。


「現在の居場所は?」


「まだ確定しておりません。ただ、何らかの目的を持って動いている可能性が高いかと」


「そうか」


 枢機卿は指を組み、目を細めた。


「監視を続けろ。接触した人物、移動先、行動のすべてを調べるのだ。こちらの存在を悟らせるな」


「承知しました」


「それと、カシアンが所持する魔剣についても情報を集めろ。能力、出自、入手経路……何一つ見落とすな」


 黒衣の人物は一礼し、音もなく部屋を出ていった。


 一人残された枢機卿は、机の上に置かれた古い資料へ視線を落とした。


 そこには、かつて教団が進めていた極秘研究に関する記録があった。


 過去は消えたわけではない。


 ただ、深い闇の中に埋められているだけだ。


「……今さら、すべてを暴かせるわけにはいかぬ、お前には悪いがな」


 枢機卿は資料を閉じた。


 その目は、すでに次の手を考えていた。


     ◇


 王都から遠く離れた山間の一角。


 剣王ヴァルドの修練場では、木々を揺らす風の音に交じり、剣を振るう鋭い音が響いていた。


 リュウガは一歩踏み込み、手にした剣を振り抜く。


 だが、斬撃が空を切った瞬間、ヴァルドの木剣がリュウガの剣の側面を打った。


「力が先に走っている、魔力が弱い」


「……はい」


「剣を振ることばかり考えるな。お前の魔力は強い。だが、強い力ほど扱いを誤れば自分自身を傷つける」


 ヴァルドは木剣を肩に担いだ。


「剣に力を込めるのと、力に剣を振らされるのは違う。お前は、その境目を覚えなければならん」


 リュウガは剣を構え直した。


 これまで、敵と戦うときには目の前の相手を倒すことに集中してきた。


 しかし、ヴァルドの指導は違う。


 魔力をどこへ流し、どの瞬間に解放するのか。


 無駄な力を抑え、必要な一瞬にすべてを注ぎ込む。


 その感覚を、身体に刻み込もうとしていた。


「もう一度、お願いします」


「よし。今度は剣を振る前に、魔力の流れを確かめろ」


 リュウガは静かに息を吸った。


 身体の内側に意識を向け、魔力の流れを感じ取る。


 そして、一歩。


 剣を振り抜いた。


 先ほどよりも無駄のない、鋭い一撃だった。


 ヴァルドはわずかに眉を上げた。


「……ほう」>


「どうでしょうか?」


「悪くない。昨日よりも力の流れが安定している」


 ヴァルドは満足げにうなずいた。


「飲み込みが早いな。教えたことを自分のものにするまでが速い」


「ありがとうございます」


「だが、まだだ。力を抑えるだけでは意味がない。必要なときに、必要なだけ引き出せるようになれ」


「はい」


 リュウガは再び剣を構えた。


 修練は続いた。


 何度も剣を振り、魔力の流れを確かめ、失敗すれば原因を探る。


 その繰り返しの中で、リュウガの動きは少しずつ洗練されていった。


 そして、次の一撃。


 リュウガが踏み込んだ瞬間、剣から白銀の光が走った。


 鋭い斬撃が空気を切り裂き、離れた木の枝を揺らす。


 ヴァルドの目が見開かれた。


「今の技……どこで覚えた?」


 リュウガは剣を下ろした。


「え?」


「今の斬撃だ。お前がこれまで使っていた技とは違う」


 リュウガは自分の剣を見つめた。


 確かに、今の一撃は普段のものとは違っていた。


 意識して技を放ったわけではない。


 身体が自然に動き、剣がその軌跡を描いたのだ。


「……自分でも、よく分かりません。気づいたら、身体が動いていました」


「無意識に出たということか」


 ヴァルドはしばらく考え込んだ。


「お前の中には、まだ自分でも把握できていないものがあるのかもしれんな」


 リュウガは答えず、剣の柄を握り直した。


 脳裏に、白銀の刀身を持つ聖剣の姿が浮かぶ。


 アストレア。


 そして、あの剣が持つ技。


 偶然なのか。それとも――。


「今日はここまでにしよう」


 ヴァルドの声で、リュウガは我に返った。


「明日も同じ時間に来い。今の技を再現しようとする必要はない。まずは自分の力を自在に扱うことに集中しろ」


「分かりました」


 リュウガは一礼した。


 しかし、胸の奥には小さな疑問が残っていた。


     ◇


 その夜。


 リュウガはムーンブレイドを手に、静かに目を閉じた。


 意識が深く沈んでいく。


 次の瞬間、彼は見慣れた剣の精神世界に立っていた。


 目の前には、二つの人影がある。


 銀髪の女性、アストレア。


 そして、落ち着いた佇まいの男性、グランセリオ。


「あら、リュウガ」


 アストレアが腕を組んだ。


「はい。今日、少し気になることがありまして」


「気になること?」


「修練中、意識していなかった技が出ました。白銀の斬撃です」


 その言葉に、アストレアの表情が変わった。


「……まさか、私の技を使ったの?」


「おそらくは。ですが、どうして出たのか、自分でも分かりません」


「まったく……」


 アストレアは小さく息を吐いた。


「まだ完全に身についていない技を、無意識に使うなんて。そんな状態では、実戦で隙をさらすことになるわ」


「すみません」


「謝れば済む問題じゃないの。技というのは、ただ形を真似ればいいものではない。剣の軌跡、力の流れ、踏み込みのタイミング。そのすべてが揃って、初めて技になるのよ」


 リュウガは真剣な表情で聞いていた。


「今日の技は、もう一度使おうとしても使えないかもしれない。だからこそ、焦らず基礎を積み重ねなさい」


「分かりました」


 隣で聞いていたグランセリオも、静かにうなずいた。


「力が先走れば、剣は本来の姿を失う。焦らず、自らの剣を見極めることだ」


「はい」


 リュウガは二人を見つめた。


「ところで、今日のことをヴァルドさんに相談してもいいでしょうか?」


「それは駄目」


 アストレアは即座に答えた。


「えっ?」


「私たちのことは、外の人間に話す必要はないわ」


「ですが、剣の技についてなら……」


「技のことなら、自分の感覚として整理すればいいでしょう。私たちがここにいることまで話す必要はない」


 アストレアは少しだけ声を和らげた。


「私たちは、聖剣に残された記憶の断片。あなたが剣を学ぶために、ここにいる。技は私達が教えるわ」


 グランセリオも、言葉を添えずにうなずいた。


 リュウガはしばらく考えたあと、頭を下げた。


「分かりました。二人のことは話しません」


「よろしい」


 アストレアは剣を構えた。


「さあ、始めるわよ。今日は私の剣技を、最初から確認する。さっきのような偶然に頼らず、自分のものにしなさい」


 リュウガも剣を構える。


 白銀の光が、静かな精神世界に揺らめいた。


     ◇


 一方、別の場所では。


 カイルが剣を握り、目の前の標的を見据えていた。


 手にしているのは、魔剣ヴァルグレイヴ。


 刀身には、黒い光がかすかに揺れている。


『ぐずぐずするな構えろ、カイル』


 頭の中に、ヴァルグレイヴの声が響いた。


「分かってるって。何度も言われなくてもな」


『口を動かす暇があるなら、剣を動かせ魔力を引き出せ』


「はいはい……っと!」


 カイルは地面を蹴った。


 剣を振り抜いた瞬間、刀身から黒い炎が噴き上がる。


 赤黒い魔力が刃を包み込み、標的へと叩きつけられた。


 轟音。


 標的が大きく揺れ、周囲の地面に亀裂が走った。


 カイルは剣を下ろし、額の汗を拭った。


「……おお。前より威力が増してないか?」


『当然だ』


「いや、当然って……。こっちは必死なんだけど?」


『まだまだ、こんなものではないぞ』


 ヴァルグレイヴの声は、いつもどおり尊大だった。


『この技は、お前の魔力を乗せることで、どんどん威力が増す』


「魔力を乗せる……」


 カイルは剣を見つめた。


 以前、グレンの魔剣ブラッドレイヴンとぶつかり合ったとき。


 ヴァルグレイヴは、あの魔剣に宿る欲を感じ取り食らった。


 強敵と戦いたい。


 限界まで戦い、さらに強くなりたい。


 かつて自分の中にもあった、そんな欲求。


 その感覚が、失われていた記憶の断片を呼び起こしたのだ。


 あの戦いを境に、ヴァルグレイヴは新たな力の一端を取り戻した。


 しかし、それはまだ完成された技ではない。


「つまり、俺の魔力をもっと注ぎ込めば、さらに強くなるってことか?」


『そうだ。だが、ただ大量に流し込めばいいわけではない』


「……やっぱり、そう簡単にはいかないか」


『力を込める場所を間違えれば、技は乱れる。威力を求めるなら、まずは制御を覚えろ』


 カイルは苦笑した。


「リュウガも修行で苦労してるんだろうな。ま、俺だって負けてられないか」


 剣を握り直す。 


 黒い炎が、再び刀身に灯った。


 今度は、魔力を一気に注ぎ込まない。


 刃の流れに沿って、少しずつ力を乗せていく。


 黒い炎が揺らいだ。


「……くっ!」


 力が乱れ、炎が一瞬だけ大きく膨れ上がる。


 カイルはすぐに魔力を抑えた。


 技は不安定なまま、途中で消えた。


「くそっ、また失敗か」


『失敗ではない。今のは、制御が崩れる直前に力を抑えた。前進している』


「……お前に褒められると、なんか調子が狂うな」


『勘違いするな。まだまだ未熟だと言っている』


「はいはい、分かってますよ」


 カイルは笑い、もう一度構えた。


 まだ完成には遠い。


 だが、この力を自分のものにできれば、今までとは違う戦い方ができるはずだ。


「次は、もう少しうまくやってやる」


 黒い炎が、夜の闇に揺れた。


     ◇


 封印の地。


 エリオスの研究施設では、セレナが一冊の古文書を机の上に置いていた。


「エリオスさん。これ、何か分かりますか?」


 エリオスは眼鏡を押し上げ、古文書を手に取った。


 紙は古く、端の部分は傷んでいる。


 しかし、そこに記された文字や図形には、通常の魔術書とは異なる特徴があった。


「……これは」


 エリオスはページをめくり、しばらく黙り込んだ。


「何か分かったんですか?」


「いや、まだ断定はできない。だが、これは一般的な魔術の理論書ではなさそうだ」


「魔力を増やす方法が書かれていると思ったんですけど……」


 セレナは少し残念そうに言った。


 自分の魔力をさらに高める手掛かりがあればと思い、持ち帰った古文書だった。


 しかし、エリオスの表情は次第に真剣なものへと変わっていく。


「おそらく、これは古代魔術に関する記録だ」


「古代魔術……?」


「ああ。現代の魔術体系とは異なる、古い時代の術式や理論が記されている可能性がある」


 エリオスは別のページを開いた。


「この部分を見てくれ。文字の並びだけではなく、図形そのものが術式の一部になっているようだ。今の知識だけでは、正確に読み解くのは難しい」


「エリオスさんでも、分からないんですか?」


「私にも専門外の領域はあるさ」


 彼は苦笑し、古文書を丁寧に閉じた。


「この古文書は私一人では解明できない。セレナ、すまないが私の研究仲間に手紙を書く。届けてくれないか?」


「もちろんです。どこへ行けばいいんですか?」


「王都にある、万象真理機構だ」


 聞き慣れない名前に、セレナは首を傾げた。


「万象真理機構……?」


「古代魔術だけを研究している場所ではない。聖剣、魔剣、始源剣、古代遺跡……この世界に存在するあらゆる謎を研究している組織だ」


 エリオスは手紙を書くため、机に向かった。


「私も、かつては彼らと共に研究していた。今でも交流は続いている。責任者も、古くからの研究仲間だ」


「そんな場所が王都にあるんですね」


「ああ。彼らなら、この古文書の正体を解き明かす手掛かりを見つけてくれるかもしれない」


 エリオスは手紙を書き終え、封をした。


「頼んだよ、セレナ」


「分かりました。必ず届けてきます」


 セレナは手紙を受け取った。


 王都へ向かうのは久しぶりだった。


 かつて自分を追い詰めた聖剣教団の本拠地がある場所。


 思い出したくない記憶もある。


 それでも、今のセレナはかつてとは違う。


 守りたい仲間がいて、自分の意志で進む道がある。


「それじゃあ、行ってきます」


「ああ。気をつけてな」


 エリオスに見送られ、セレナは施設を後にした。


 その胸には、まだ知らない研究者たちとの出会いへの期待が、わずかに芽生えていた。


 だが、王都で彼女を待っていたのは、単なる手紙の受け渡しでは済まない出来事だった。


     ◇


 王都に到着したセレナは、人目を避けながら街を進んでいた。


 大通りには商人や旅人が行き交い、街はいつもどおりの活気に包まれている。


 聖剣教団の本部が近いこともあり、騎士の姿も珍しくない。


 セレナは周囲に注意を払いながら、万象真理機構の所在地を探した。


 やがて、街の一角にある建物へとたどり着く。


 そこは豪華な施設ではなかった。


 古い石造りの建物を改修したような外観で、入口の横には小さな看板が掲げられている。


 万象真理機構。


 その名を確かめ、セレナは扉を叩いた。


 しかし、返事はなかった。


「……留守なのかしら?」


 そのとき、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「待ってくれ! 研究資料は渡せない!」


 振り返ると、数人の研究者らしき人物が、聖剣教団の騎士たちに取り囲まれていた。


「教団の命令だ。調査対象となった資料を提出しろ」


「何度も説明したはずだ! あれは古代遺跡から発見された記録で、危険なものではない!」


「判断するのはお前たちではない」


 騎士の一人が研究者の腕をつかんだ。


 別の騎士は、抱えていた書類の束を奪い取ろうとしている。


「やめろ! それだけは……俺たちが調べた記録ださわるな」


 研究者が抵抗すると、騎士は乱暴に突き飛ばした。


 男の身体が石畳に倒れる。


 周囲の人々は不安そうに様子をうかがうばかりで、誰も近づこうとしなかった。


 セレナの表情が険しくなった。


「……何をしているの?」


 思わず漏れた声に、近くにいた騎士が振り向いた。


「何だ、お前は」


「その人たちを、どうするつもり?」


「教団の調査に口を出すな。これは我々の仕事だ」


 騎士はセレナを一瞥し、研究者たちへ向き直った。


「連れていけ」


「待ってくれ! 我々は何も悪いことはしていない!」


 研究者の叫びが響く。


 セレナは拳を握りしめた。


 教団が研究者たちを取り締まる理由は、まだ分からない。


 だが、彼らの扱いがあまりにも一方的であることは明らかだった。


 そのとき、倒れていた研究者が顔を上げ、セレナを見た。


 彼の目には、恐怖と悔しさ、そして助けを求める切実な思いが浮かんでいた。


 セレナは一歩、前へ出た。


「その人たちを連れていくのは、待って私も用があるの」


 騎士たちの動きが止まる


 セレナの腰にある剣の柄が、淡い光を帯び始めていた。


 王都での出来事は、まだ始まったばかりだった。


第十六章 完

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回の章はいかがでしたでしょうか?


物語も少しずつ大きく動き始め、新たな出会いや戦い、そして聖剣と魔剣を巡る謎が、これからどのように物語へ繋がっていくのか――。


楽しみにしていただけたら嬉しいです。


感想や応援コメントなども、お気軽にお寄せください!


それでは、次の章でまたお会いしましょう。


三國ユウ

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