第十三章 力の目覚め
その言葉が森の中に落ちた。
セレナは足を止めた。
振り返る。
そこにいたのは、数人の教団騎士たちだった。
先頭に立つ女騎士――クラリス。
その後ろには、まだ若い騎士と兵士たちが数人。
そして、その中に一人だけ、年配の騎士がいた。
白髪の混じった髪。
長年、聖剣教団に仕えてきたことを思わせる落ち着いた立ち姿。
彼はセレナの顔を見た瞬間、ほんのわずかに目を見開いた。
だが、何も言わなかった。
クラリスは剣の柄に手をかける。
その瞳は、セレナから離れない。
「……もし、あなたが本当にセレナなら」
静かな声だった。
「私は教団の者として、あなたを教団へ連行しなければならない」
セレナの表情が変わった。
「……また、あの教団に?」
その声には、かつての記憶が滲んでいた。
「冗談じゃないわ」
一歩、後ろへ下がる。
そして、クラリスを睨む。
「あなたたちは、また私を殺す気?」
若い騎士と兵士たちがざわめいた。
「殺す……?」
「どういう意味だ?」
「クラリス様、この女はいったい……」
クラリスは答えなかった。
ただ、アステリアの柄を握る手に力を込めた。
「セレナ……」
その名を、今度は心の中だけで呼ぶ。
目の前にいる少女が、かつて自分と同じ場所にいた少女だということを、クラリスはすでに確信していた。
だが、今ここでそれを口にするつもりはなかった。
「連行される気はないようだな」
若い騎士の一人が剣を抜く。
セレナはエクリシアを手に取った。
「ええ」
その瞬間だった。
セレナの身体に、風の魔力がまとわれる。
「――速い!」
騎士が声を上げた。
セレナの姿が、一瞬で消える。
次の瞬間には、一人の騎士の目の前にいた。
「くっ!」
剣が振り下ろされる。
セレナは身体を横へ滑らせた。
刃が空を切る。
そのまま懐へ入り込む。
右腕に火の魔力をまとわせる。
「はあっ!」
拳が騎士の胸当てを打ち抜いた。
火の魔力によって強化された一撃が、鎧を通して騎士の身体を後方へ弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
地面を転がる騎士。
「囲め!」
残った騎士と兵士たちが一斉に動いた。
セレナは地面を蹴る。
風の魔力が脚へ集まり、身体を加速させる。
一人の騎士が斬り込んでくる。
セレナは今度は水の魔力を身体へまとわせた。
硬く受けるのではない。
身体を柔らかく動かし、剣の軌道をわずかに逸らす。
そのまま騎士の腕を掴んだ。
「なっ――」
身体を回転させる。
騎士の身体が宙へ浮き、そのまま地面へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「次!」
別の騎士が迫る。
セレナは足元へ土の魔力を集めた。
踏み込んだ足が大地を捉える。
身体がぶれない。
騎士の剣をエクリシアで受け止め、そのまま力任せに押し返した。
「うおっ……!」
騎士がよろめく。
そこへセレナの剣が迫る。
刃ではない。
柄が胸元へ叩き込まれた。
騎士が後退する。
「なんだ、この強さは……!」
若い騎士と兵士たちは、まだ目の前の女が誰なのか分かっていない。
ただ一つ分かっていること。
――強い。
しかも、ただ魔法が強いわけではない。
自分自身の身体へ魔力を付与し、その性質まで使い分けている。
攻撃には火。
速度には風。
受け流しには水。
防御と安定には土。
一つの戦いの中で、それを瞬時に切り替えていた。
年配の騎士は、その戦いを黙って見つめていた。
そして、セレナの動きを見ながら、胸の奥で確信する。
――やはり……。
あの目。
あの戦い方。
何より、その魔力。
間違えるはずがなかった。
だが、年配の騎士は口を閉ざしたままだった。
「まだだ!」
騎士と兵士達が再び斬り込む。
セレナはエクリシアを構える。
剣身に魔力が流れた。
次の瞬間。
セレナの周囲に火が生まれた。
「火よ!」
炎が地面を走る。
騎士と兵士たちは慌てて左右へ散った。
その隙に、セレナは水の魔法を放つ。
「水よ!」
水流が地面を走り、騎士と兵士達の足元を絡め取る。
騎士と兵士達の動きを止めた。
そこへ風が吹き抜ける。
「風よ!」
巻き上がった風が騎士と兵士達の身体を押し返す。
さらに土が隆起する。
「土よ!」
地面が盛り上がり、騎士と兵士たちの進路を塞いだ。
「火、水、風、土……」
若い騎士と兵士達それぞれが呆然と呟く。
「四属性……?」「上級魔導士か?」
だが、まだ誰もセレナの正体には結びつけない。
その直後。
セレナの手に光が集まった。
「……光」
白い輝きが森を照らす。
若い騎士たちが目を
「光魔法 聖の力か」
その声に、年配の騎士の表情がわずかに変わった。
クラリスは何も言わない。
ただ、セレナを見つめていた。
セレナは光を消す。
そして――。
黒い魔力が身体を包み込んだ。
「……闇魔法 」
空気が変わった。
若い騎士たちが息を呑む。
「……魔の力?」
「待て……」
一人の騎士が呟く。
「今、確かに聖の力を使ったよな?」
「ああ……」
「なのに……魔の力まで……?」
騎士たちは顔を見合わせた。
ここで初めて、目の前の力がただの多属性魔法ではないことに気づく。
聖の力。
そして魔の力。
相反する二つの力。
「そんな……」
一人の若い騎士が、古い記録を思い出した。
「聖の力と魔の力……両方を扱った少女が、昔…教団の施設いた」
別の騎士が続ける。
「教団の古い記録に……そんな話があったでもその少女は死亡したと聞いたけど」
そして、恐る恐るセレナを見る。
「まさか……生きていた」
もう一人が呟いた。
「その少女の名は……セレナ」
セレナは何も答えなかった。
その沈黙が、答えのように思えた。
クラリスが前へ出る。
「さがれ、ここからは私が相手をする手をだすな」
聖剣アステリアを抜いた。
セレナはクラリスを見る。
「クラリス貴方……聖剣使いになったんだ」
「セレナ」
二人の間に、短い沈黙が流れる。
クラリスはアステリアを構えた。
「私は教団の聖剣使いよ」
「分かってる」
セレナもエクリシアを構える。
「だから、私も手加減しない」
クラリスが踏み込んだ。
「スター・レイ!」
アステリアから放たれた光の斬撃が、セレナへ迫る。
セレナは風の魔力を脚へまとわせる。
身体を横へ滑らせ、斬撃をかわした。
「スター・ブレイク!」
クラリスが続けて距離を詰める。
強烈な一撃。
セレナはエクリシアで受け止める。
剣と剣がぶつかる。
クラリスが力を込める。
だが、セレナの足元には土の魔力が流れていた。
身体が微動だにしない。
「……っ!」
セレナは水の魔力へ切り替える。
クラリスの力を受け流す。
その瞬間、セレナの身体が横へ回転した。
エクリシアの柄が、クラリスの肩を打つ。
「くっ!」
クラリスが後退する。
すぐに構え直す。
「スター・レイ!」
光の斬撃。
セレナは闇の魔力をまとった。
その姿が、一瞬だけクラリスの視界から消える。
「消えた何処?」
背後。
「ここよ」
セレナの一撃がクラリスの背中を捉えた。
「ぐっ……!」
クラリスが前へよろめく。
振り返った瞬間、エクリシアの刃が目の前で止まった。
クラリスの動きが止まる。
完全に敗北を悟った。
セレナはエクリシアを下ろす。
「……もう、やめましょう、私は教団には行かないわ」
クラリスは悔しそうに唇を噛んだ。
「……強くなったね、セレナ」
その言葉に、セレナの瞳がわずかに揺れる。
「……そうならないと、約束を守れないし貴方にも負けてた」
セレナは背を向けた。
森の奥へ歩き出す。
「待て!」
若い騎士が叫んだ。
「追うぞ!」
騎士と兵士達が走り出そうとする。
だが――。
「……追うな」
クラリスの声が響いた。
騎士と兵士達が止まる。
「クラリス様?」
クラリスはセレナの消えた方向を見つめる。
「今の私達が手に負える相手ではない力の差があり過ぎる」
「ですが……」
「教団にまず報告だ」
誰も反論できなかった。
セレナの姿は、すでに森の奥へ消えていた。
その後ろ姿を、年配の騎士だけがじっと見つめていた。
そして、しばらくしてから――。
「……っ」
年配の騎士が膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
若い騎士たちが駆け寄る。
「……少し、やられただけだ」
年配の騎士は苦しそうな表情を作る。
「先に戻っていてくれ」
「しかし……」
「大丈夫だ」
騎士たちが離れていく。
クラリスも最後に年配の騎士を見る。
「無理はしないでください」
「ああ」
騎士たちの姿が見えなくなった。
それを確認してから、年配の騎士は立ち上がった。
先ほどまでの苦しそうな表情は消えている。
そして、セレナの去った方向へ駆け出した。
⸻
森の奥。
セレナは一人で歩いていた。
その足が止まる。
背後から、足音が聞こえた。
振り返る。
そこに立っていたのは、先ほどの年配の騎士だった。
「……セレナ」
セレナの目が揺れる。
騎士は、ゆっくりと歩み寄る。
「……セレナ、なのか?」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
「俺のこと……覚えているか?」
セレナは目を伏せる。
そして、小さく頷いた。
「……覚えています」
年配の騎士の目に、涙が浮かんだ。
「……そうか」
声が震える。
「そうか……覚えていてくれたか」
セレナは何も言わない。
ただ、静かに頭を下げた。
騎士はそんな彼女を見つめる。
「セレナ……本当に……生きていたんだな良かった本当に」
セレナは顔を上げる。
「……はい」
年配の騎士は、昔と変わらない優しい目で笑った。
「……大きく強くなったな、セレナ」
「……はい」
セレナはもう一度、深く頭を下げる。
セレナは心の中で
(ありがとう、おじさん)
言葉には出さなかった
それ以上、二人は何も言わなかった。
昔のことも。
あの日のことも。
互いに口にはしない。
ただ、二人だけが知っている記憶として、その場に残った。
やがてセレナは背を向ける。
「……さようなら」
「ああ」
年配の騎士は、その背中を見送った。
セレナの姿が木々の向こうへ消えるまで。
⸻
一方、その頃。
別の場所では、カイルが一人で剣を握っていた。
「……くそっ!」
何度やっても、魔力が剣へ流れない。
カイルは息を吐いた。
「無理だろ、これ……」
頭の中に、低い声が響く。
『……焦るな、カイル』
「お前なぁ……」
カイルはヴァルグレイヴを見る。
「俺、何回失敗してると思ってんだよ」
『数える必要などない』
「冷てーな、お前」
『事実を言っているだけだ』
「はいはい」
カイルは剣を構え剣に再び魔力を流そうとする。
そのときだった。
「ところでお前、まだ俺を支配しようと企んでんのかよ」
カイルが眉をひそめる。
『当然だ、我の力にじきに呑まれると思っていからな』
「ひでーな、お前」
『でもお前は我に支配されなかった、我はお前の身体の中を探った何か原因があるかも知れないと、そして見つけた』
「見つけた?何をだ」
ヴァルグレイヴの声が静かになる。
『カイル……お前はまだ気づいていないかもしれぬが』
『お前の中には――巨大な魔力が眠っている事に気づいたその魔力は眠っているのに関わらず常に魔力を放っている』
カイルは黙った。
「俺に……魔力?でも俺魔法なんか使えないぜ」
『魔法とは、違う魔剣を操る魔力だ 聖剣 魔剣を扱う者には必ず宿っている、お前も剣に無意識と思うが剣に魔力を流しているはずだ、だがお前の魔力は巨大だ』
『その魔力があるからこそ、お前は我を抑え込んでいられる』
カイルの表情が変わる。
『もしその魔力がなければ、とっくに我はお前を支配している』
「……」
今まで、カイルは自分がヴァルグレイヴを抑え込めている理由を、精神力だと思っていた。
だが、それだけではなかった。
自分の中に眠る魔力。
その力が、ヴァルグレイヴの支配を押し返していた。
『だが……今のお前では、その力を十分に引き出せぬ』
「じゃあ、どうすりゃいい?」
『その魔力を――少しずつ我が目覚めさせてやろう』
カイルはヴァルグレイヴを握り直した。
「どうやって?」
『我に、お前の魔力を這わせろ』
「這わせる?」
『一気に流すな』
『細く……長く……剣身に沿わせるのだ』
カイルは目を閉じた。
身体の奥へ意識を集中する。
何も感じない。
だが――。
ほんのわずか。
指先に何かが触れた。
「……これか?少し熱い」
『そうだ、それが魔力だ』
カイルは慎重に魔力を動かす
腕へ。
肩へ。
そして、ヴァルグレイヴへ。
「……っ!」
黒い剣身が微かに震えた。
しかし、次の瞬間。
魔力は消えた。
「……また失敗か」
『違う』
「え?」
『今、確かに流れた』
カイルは剣を見つめる。
『それがお前自身の魔力だ』
「俺自身の……」
『そうだ』
『まだ小さい』
『だが、お前の中に眠っている魔力の量は――異常なほど巨大だ』
カイルは苦笑する。
「異常って、褒めてんのか?」
『褒めてはいない』
「そこは褒めろよ!」
『くだらん』
「ったく……」
カイルは笑った。
そして、もう一度剣を構える。
今度は焦らない。
自分の中に眠る魔力を探す。
少しずつ。
細く。
長く。
そしてその魔力を
ヴァルグレイヴへ這わせる。
すると――。
黒い剣身に、ほんのわずかな魔力の線が走った。
一瞬だった。
だが、確かに見えた。
「……できた」
『ああ』
カイルは剣を見つめる。
「俺にも……こんな力があったんだな」
『まだ始まったばかりだ』
ヴァルグレイヴの声が響く。
『これからだ、カイル』
カイルはヴァルグレイヴを握りしめた。
今まで自分が知らなかった力。
自分自身の中に眠っていた巨大な魔力。
それを引き出すための戦いが、今始まった。
リュウガが剣術を磨く。
セレナが魔法を極める。
そしてカイルは――。
自らの中に眠る力を目覚めさせる。
三人それぞれの道が、少しずつ変わり始めていた。
――力の目覚めは、まだ始まったばかりだった。 第十三章 完




