第3話 ~もっと好きになっていく~
「部活は楽しかった?」
「はい」
明野先輩と私は帰宅準備を済ませ、駅までの道を歩いていた。
帰る方向が同じということが判明し、長く一緒にいられる! と心の中でガッツポーズをしたのは秘密だ。
けれど……やっぱり気になる。
「本当によかったんですか……? いつも遅くまで頑張ってるのに……。私のせいで明野先輩が絵を描けなくなるのは望むところではないです……」
私の心配に明野先輩は穏やかな笑みを浮かべた。
「絵を描くことは僕の人生だけど、僕の人生は絵を描くこと以外にもあるから。どれも大切なんだ。友達との時間を過ごすことだって」
「明野先輩……」
明野先輩はなんだか凄く人間ができている気がする。こんな私と釣り合うのかなぁ……。
そんなことを考えていると、明野の先輩は言った。
「御波さんが僕と僕の絵を好きって言ってくれてとっても嬉しかった。それは、大切なことでしょ?」
「え、あ」
明野先輩の不意打ちに私はどぎまぎした。「ね?」なんて優しげな顔で言うものだから余計に。私は「そ、そうですね……」と言うのが精一杯だった。
「ねえ、御波さんは絵とかよく見るの?」
明野先輩は少し話題を変えた。その質問はちょっぴり私を落ち着かせた。
「たまに……くらいで……」
「そうなんだ。てっきり絵が好きなのかと」
「明野先輩の絵だからです……」
初めてだった。絵画でこんなに引き込まれたのは。
「ありがと」
明野先輩は笑う。少し頬が赤いのは気のせいだろうか。
「あの、私からもいろいろ聞いていいですか?」
明野先輩のこと、もっと知りたいから。
「もちろん」
明野先輩は快く承諾してくれた。
「明野先輩っていつから絵を描いているんですか?」
明野先輩は顎に手を当てて、んーと考えた後に言った。
「気づいたらクレヨンを握ってたよ」
生粋の絵描きじゃん……凄い……。
私は他にも気になることを聞いた。
「絵はどこかで習ってるんですか?」
「学校の授業と部活以外は独学」
「え」
あんな絵を独学で? と私は驚いた。
まだまだ聞きたいことはある。
「明野先輩はなんで絵を描いているんですか?」
明野先輩はまた、んーと考えてから言った。
「わからない。絵を描くのが僕だから。でも、目標はあるよ」
「目標?」
「この世の全てを描くっていうね」
「この世の……」
明野先輩の見ている世界はとても大きい。明野先輩のことがちょっとだけわかった気がする。
そんなことを話していると明野先輩は「そうだ」と思い出したように言った。
「ねえ、御波さん。僕ね、朝は早く出て美術室で絵を描いているんだ。もしよかったら一緒に描かない? 御波さんはリンゴのデッサン」
「! いいんですか!」
願ってもない申し出。受けるしかない!
明野先輩は笑って言った。
「うん」
それから時間を約束した後、私達はいろんな話をしながら帰った。凄く、楽しい時間だった。
次の日、朝早くに出ると、いつもは激混みの電車が空いていた。明野先輩もこの電車に乗っているかと思って車両移動すると、座っている明野先輩がこちらに気づいて手を少し上げた。
「おはよう、御波さん」
「おはようございます、明野先輩」
私は少しドキドキしながら明野先輩の隣に座った。
「眠くない?」
明野先輩は柔らかく言った。
まあ、いつもより早起きしたから正直眠いけど。
「眠いです。でも、明野先輩といられるならどうってことないです」
明野先輩は目を丸くした後、笑った。
学校に着くと私達は職員室から鍵を借りて美術室へと向かった。
それからいろいろ準備して私はリンゴ、先輩はキャンバスに向かった。
先輩に教えてもらった通り私はじーっとリンゴを観察する。それから描き始めた。
どれくらい時間が経っただろうか。私はついにリンゴを完成させた。下手……だけど、昨日よりはリンゴっぽい。自分の成長が見えたようで嬉しい。
明野先輩目当てで入った美術部だけど、絵を描くのって楽しいかも。
明野先輩に見てもらおうと画板を外して画用紙を手に取る。
そして明野先輩の方を見ると……。
「……」
真剣な表情でキャンバスに筆を走らせている。
私はつい見入ってしまった。
「(明野先輩……こんな顔もするんだ……)」
心臓がドキドキと鼓動を鳴らす。あの絵を見た時から好きだったけど、明野先輩のことを知れば知るほどもっと好きになっていく。
私はしばらく明野先輩のことを見ていた。
明野先輩がふぅ、と一息つくまでにどれくらい経ったのかはわからない。それくらい夢中で見ていた。明野先輩がふとこちらを見ると、びっくりしたみたいだった。
「御波さん? どうしたの?」
「あ、えと……」
正直なことを話せば引かれるだろうかと思ったが、嘘をついてもしょうがない。私は降参した。
「あの……絵を描いている明野先輩に見惚れてました……」
明野先輩は固まった。
やっぱり引きますよね……と思っていたら、表情を崩して、ふふと笑った。
「ありがとう」
その笑顔に、ときめいて。私は自分の鼓動を聞きながら突っ立っていた。
「リンゴ、描けた?」
「あ、はい」
明野先輩の言葉に我に返って画用紙を見せる。明野先輩に褒められながら次のアドバイスを貰った。
でも、私の心は別のことを考えていた。私は明野先輩が好きです。明野先輩は……私のこと好きですか? 考えても……仕方のないことだった。




