表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/121

第88話 近すぎる

 服屋を出た後。


 二人は、そのまま近くの本屋へ入った。


 以前、放課後に一緒に街へ来た時にも立ち寄った店だった。


「何か買うの?」


「まだ決めてない」


「じゃあ、見るだけ?」


「欲しいものがあったら買う」


「それ、決めてないってことだろ」


「そう言ってるでしょ」


 本子は縁之丞から新しい服の入った袋を受け取り、店内を歩き始めた。


 服屋にいた時は、縁之丞の視線が気になって仕方がなかった。


 服を体に当てるたびに見られて。


 試着室から出れば、似合っていると言われて。


 そのたびに、妙に胸が落ち着かなかった。


 本屋なら大丈夫。


 本を見ていれば、いつもどおりに戻れる。


 本子はそう思っていた。


 縁之丞も本が嫌いなわけではない。


 二人は自然と同じ棚を見て回る。


「これ、前に読んでなかった?」


「読んだ」


「面白かった?」


「普通」


「縁之丞の普通は分からない」


「最後まで読んだから、つまらなくはなかった」


「じゃあ、面白かったんじゃない?」


「そこまでではない」


「面倒くさい感想」


 いつもの会話。


 本子は少しだけ安心する。


 やはり服屋がおかしかっただけ。


 ここなら、何も意識せずに過ごせる。


 そう思いながら、棚に並んだ本へ視線を移した。


「あ」


 以前から気になっていた本を見つける。


 本子が手を伸ばす。


 その瞬間。


 隣から伸びてきた縁之丞の手と重なった。


 指先が触れる。


「……」


「……」


 二人は同時に手を引いた。


 ただ、指が触れただけ。


 これまでなら、何も気にしなかったはずだった。


「本子が取れば?」


「縁之丞が先だったでしょ」


「同時だろ」


「縁之丞も読みたかったの?」


「少し気になっただけ」


「じゃあ、一緒に見る?」


 口にしてから、本子は少し後悔した。


「いいけど」


 縁之丞が棚から本を取る。


 そして、その場でページを開いた。


 本子も隣から覗き込む。


 一冊の本を見るため、自然と二人の顔が近づいた。


 肩が触れる。


 縁之丞の横顔が、すぐ近くにある。


 本子は本へ視線を向ける。


 だが。


 文字がまったく頭に入ってこなかった。


 縁之丞がページをめくる。


 指が長い。


 爪も短く整えられている。


 昔から何度も見てきた手なのに。


 今日は、なぜか大きく見えた。


「本子?」


「何?」


「見てる?」


「見てるよ」


「今のページ、もう戻していい?」


「……うん」


「全然見てなかっただろ」


「見てた」


「じゃあ、何が書いてあった?」


「いろいろ」


「何も見てない時の答えだな」


「うるさい」


 本子は縁之丞から少し離れた。


 近いから集中できない。


 ただ、それだけだった。



 しばらく店内を見て回る。


 本子は棚の上段に、探していた本を見つけた。


「あった」


 手を伸ばす。


 しかし、あと少し届かない。


 背伸びをして、指先を伸ばす。


「取ろうか?」


 後ろから縁之丞の声が聞こえた。


「大丈夫」


「届いてないだろ」


「届く」


「無理するなよ」


「あと少しだから」


 本子は意地になり、さらに背伸びをする。


 その時。


 本子のすぐ後ろから、縁之丞の腕が伸びた。


 顔の横を腕が通る。


 縁之丞の体が、背中へ触れそうなほど近づいた。


「……」


 本子の動きが止まる。


 縁之丞の体温を、すぐ後ろに感じる。


 服から、かすかに柔らかい匂いがした。


 いつもの縁之丞の匂い。


 これまでも、近づけば何度も感じていたはずなのに。


 今日は妙に気になった。


「取れたぞ」


「……うん」


 縁之丞が本を取る。


 けれど、すぐには離れなかった。


 本子が動かないため、縁之丞もその場から動けない。


「本子?」


「近い」


「本を取っただけだろ」


「取ったなら離れて」


「本子が動かないからだろ」


「……先に言ってよ」


 本子は慌てて一歩前へ出た。


 縁之丞も後ろへ下がる。


 振り返ると、目が合った。


 縁之丞も少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「はい」


 取った本を差し出される。


「ありがとう」


 本子は受け取ろうと手を伸ばす。


 また指が触れそうになり、少し慎重になった。


 そんな自分の行動が恥ずかしい。


 本を受け取りながら、縁之丞の顔を見上げる。


 いつの間にか。


 縁之丞は、自分よりずっと背が高くなっていた。


 小さい頃は、ほとんど変わらなかったはずなのに。


 肩も広くなっている。


 さっき近づいた時も。


 背中に感じた体は、思っていたより大きかった。


 声も、自分より低い。


 手も大きい。


 顔つきも、昔とは違う。


 全部、知っていたはずだった。


 気付いていなかったわけではない。


 ただ。


 今まで気にしていなかっただけ。


「どうした?」


「……別に」


 本子は本へ視線を落とした。


 適当なページを開く。


 文字を読もうとする。


 だが、やはり内容は頭に入らなかった。


 縁之丞が、隣から覗き込む。


「その本、買うの?」


「まだ決めてない」


「さっきから同じページ見てるけど」


「ちゃんと読んでる」


「逆さだけど」


「……え?」


 本子は慌てて本を見る。


 普通の向きだった。


 顔を上げると、縁之丞が少し笑っている。


「嘘」


「……殴るよ」


「怖いな」


「縁之丞が変な嘘をつくからでしょ」


「いつもなら引っかからないだろ」


「今日はたまたま」


「本子、さっきから変だな」


「縁之丞にだけは言われたくない」


「俺は普通だろ」


「服屋で何回も見てたくせに」


「見てない」


「見てた」


「気のせいだ」


 いつもの言い合い。


 本子は、ようやく少しだけ落ち着いた。


 縁之丞は縁之丞だ。


 幼い頃からずっと一緒にいる、自分の幼馴染。


 そのはずなのに。


 先ほど感じた体温や声の近さは、なかなか頭から消えてくれなかった。



 本屋を出る。


 二人は並んで歩き始めた。


 けれど。


 いつもより、二人の間には少しだけ距離が空いていた。


 さっき近づきすぎたことを、互いに意識している。


 肩が触れないように。


 手が重ならないように。


 少しだけ離れて歩く。


 本子は隣を見る。


 すぐ横に縁之丞がいる。


 手を伸ばせば届く距離。


 それなのに。


 さっきまで近すぎると思っていた縁之丞との距離が。


 今度は少しだけ、遠く感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ