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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第86話 もう一度

 仲直りしてから、数日が経った。


 縁之丞と本子の関係は、ほとんど以前に戻っていた。


 朝は、いつもの待ち合わせ場所から一緒に学校へ行く。


 昼休みには机を並べて弁当を食べる。


 放課後も、特に約束をしていないのに並んで帰る。


 恋人ごっこも続いていた。


 手を繋ぐことも。


 食べ物を分けることも。


 喧嘩する前と、ほとんど変わらない。


 それなのに。


 本子は、どこか物足りなさを感じていた。


「……何だろ」


 授業中。


 本子は教科書へ視線を落としながら、隣の席にいる縁之丞をちらりと見る。


 縁之丞は真面目に黒板を見ている。


 いつもと同じ。


 何も変わっていない。


 ただ。


 仲直りしてから、二人きりで休日に出かけていない。


 以前、一緒に街へ出かけた日のことを思い出す。


 服を見て。


 本屋へ行って。


 喫茶店へ入った。


 特別な場所へ行ったわけではない。


 やっていることも普通だった。


 それでも。


 楽しかった。


 もう一度行きたい。


 そう思った。


 けれど。


 以前のように簡単には誘えなかった。



 放課後。


 二人はいつものように並んで歩いていた。


 本子は何度も隣を見る。


 誘うだけ。


 以前にも一緒に出かけている。


 恋人ごっこなのだから、何もおかしくない。


 そう思うのに。


 なかなか言葉が出てこない。


「ねえ」


「何?」


 縁之丞が本子を見る。


「……何でもない」


「何だよ」


「だから、何でもない」


「自分から呼んだだろ」


「ちょっと呼びたくなっただけ」


「意味分からないな」


 縁之丞は首を傾げ、前を向く。


 本子は小さく息を吐いた。


 少し歩いてから、もう一度口を開く。


「縁之丞」


「今度は何だ?」


「今度の日曜日、暇?」


「暇だけど」


「そう」


「……」


「……」


 会話が途切れる。


 縁之丞が不思議そうに本子を見る。


「暇か聞いただけ?」


「違うけど」


「じゃあ、何?」


 本子は少し視線を逸らした。


「……出かける?」


「どこに?」


「前に行ったところ」


「街?」


「うん」


「恋人ごっこで?」


 その言葉に、本子は一瞬答えに詰まった。


 以前なら、迷わずそうだと言えた。


 恋人ごっこ。


 ただの練習。


 そう思っていたから。


 今は、その言葉が妙に恥ずかしい。


「……そうだけど」


「分かった」


 縁之丞はあっさり頷いた。


 本子は思わず縁之丞を見る。


「それだけ?」


「他に何かあるのか?」


「別にないけど」


「なら、日曜日な」


「……うん」


 縁之丞は何事もなかったように歩き続ける。


 本子は、その隣へ並ぶ。


 あれだけ悩んでいたのに。


 縁之丞は少しも迷わなかった。


 そのことが。


 少しだけ、嬉しかった。



 土曜日の夜。


 本子は自分の部屋で、ベッドの上に何着もの服を広げていた。


「……違う」


 一着を体へ当て、鏡を見る。


 少し可愛すぎる気がする。


 気合いを入れていると思われたら恥ずかしい。


 本子はその服をベッドへ戻し、別の服を手に取った。


 今度は普段と変わらなさすぎる。


 縁之丞に何も言われなかったら、それはそれで嫌だった。


「何でこんなに悩んでるんだろ」


 以前、一緒に街へ出かけた時は、ここまで悩まなかった。


 普段着の中から適当に選び、少しだけ髪を整えただけだった。


 今回は、何度も鏡を見る。


 服を替えて。


 髪型を変えて。


 また服を替える。


「恋人ごっこなんだから」


 少しくらいおしゃれをするのは、普通だ。


 そう自分へ言い聞かせる。


 けれど。


 縁之丞に可愛いと思ってほしい。


 心の奥にある気持ちには、気付かないふりをした。


 結局、本子は普段より少しだけ可愛い服を選んだ。


「……これでいいよね」


 鏡の前で確認する。


 明日になれば、また気が変わるかもしれない。


 それでも。


 今夜はその服を、目につくところへ掛けておいた。



 同じ頃。


 縁之丞も、自室で服を選んでいた。


 普段の休日なら、着られれば何でもいい。


 一番上にある服を取り、そのまま着る。


 いつもなら、それで終わりだった。


 けれど今日は。


 一度手に取った服を見て、元へ戻す。


 別の服を取り出す。


「……これでいいか?」


 誰に聞くでもなく呟く。


 しばらく迷った後。


 以前、本子から似合っていると言われた服を手に取った。


「別に、本子に見せるためじゃないけど」


 部屋には誰もいない。


 言い訳をする必要などなかった。


 着替えを終え、鏡の前に立つ。


 髪を少し整える。


 そのまま部屋を出ようとして。


 もう一度、鏡の前へ戻った。



 翌日。


 本子は約束の時間より二十分も早く、家を出た。


 早すぎるとは分かっていた。


 けれど、家にいても落ち着かなかった。


 何度も服を確認して。


 髪を整え直して。


 おかしくないか鏡を見て。


 気付けば、予定よりずっと早い時間になっていた。


 待ち合わせ場所へ続く角を曲がる。


 すると。


 すでに縁之丞が立っていた。


「……早くない?」


「本子こそ」


「私は今来たところ」


「俺も」


 明らかに二人とも嘘だった。


 本子は縁之丞の姿を見る。


 普段より少しだけ服装が整っている。


 髪も、いつもより綺麗になっていた。


「縁之丞、今日ちょっと違うね」


「そうか?」


「服とか」


「普通だろ」


「髪も整えてる」


「いつも整えてる」


「いつもは寝癖あるよ」


「ない」


「ある」


「見間違いだ」


 本子は小さく笑った。


 自分との外出のために少しだけ服を選んだのかもしれない。


 そう思うと、嬉しかった。



 本子が角から現れた瞬間。


 縁之丞は、声を掛けることを忘れていた。


 普段とは少し違う服。


 綺麗に整えられた髪。


 何度も見てきたはずの本子が、今日は妙に可愛く見えた。


(……何だ、これ)


 心臓が、少し速い。


 本子が近づいてくる。


 縁之丞は思わず視線を逸らした。


「……早くない?」


「本子こそ」


 どうにか、いつもどおり答える。


 けれど。


 本子の姿が気になって仕方がない。


 一度見る。


 目が合いそうになり、逸らす。


 少ししてから、また見る。


「何?」


「いや」


「さっきから見てるけど」


「見てない」


「見てた」


「気のせいだ」


 本子は少し不満そうに唇を尖らせた。


 その顔まで、今日は妙に可愛く見える。


 縁之丞は、似合っていると言おうとした。


 だが。


 口にすれば、今の動揺まで気付かれそうで言えなかった。


(前にも、服くらい褒めたことあるだろ)


 それなのに。


 今日は、どうしてこんなに言いにくいのか。


 縁之丞には、まだ分からなかった。



「行くか」


「うん」


 二人は並んで歩き始める。


 向かう場所は、以前と同じ街。


 することも、おそらく以前と変わらない。


 それなのに。


 本子には今日の外出が、前よりずっと特別なものに思えた。


 そして縁之丞は。


 隣を歩く本子を、まともに見られないままだった。す

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