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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第84話 私も

「私だけだと思ってた」


「何が?」


「苦しかったの」


 本子は涙を拭いながら、小さく笑った。


 自分だけが苦しかったわけではなかった。


 縁之丞も同じように。


 二人で過ごしてきた普通を失っていた。


「私も」


 本子が小さく口を開く。


「私も、縁之丞に『好きにすれば』って言った」


「ああ」


「でも、本当は」


 本子は膝の上で手を握った。


「断ってほしかった」


 縁之丞が目を見開く。


「だったら、そう言ってくれたらよかったのに」


「言えるわけないでしょ」


「どうして?」


「だって、恋人ごっこだよ?」


 本子は視線を落とす。


「本物の恋人でもないのに、縁之丞が誰と付き合うか、私が決められるわけない」


「俺も同じだよ」


「え?」


「本子があいつを好きなら、俺が止めたら駄目だと思った」


「好きなら、最初から縁之丞に相談しない」


「そんなの分からないだろ」


「少しは分かってよ」


「分からないから聞いたんだろ」


「そういうところ!」


 本子の声が少し大きくなる。


 縁之丞も言い返そうとして、口を閉じた。


 また、あの日と同じようになりかけている。


 けれど。


 今度は、どちらも立ち上がらなかった。


 目を逸らしても。


 逃げることはしなかった。


「……俺も」


 縁之丞が呟く。


「何?」


「俺も、止めてほしかった」


 本子が顔を上げる。


「本子に嫌だって言われたら、すぐ断った」


「それ」


 本子の表情が少し曇る。


「私のせいにしてるみたいで嫌だった」


「そういう意味じゃない」


「じゃあ、どういう意味?」


 縁之丞はすぐには答えなかった。


 言葉を探すように、少し考える。


「本子が嫌がることを、したくなかった」


 本子は黙った。


「本子が嫌だって言うなら、それで断る理由として十分だった」


「……それを最初から言ってよ」


「本子も言えよ」


「言えるわけないでしょ」


「何でだよ」


「恥ずかしいから!」


 思わず大きな声が出た。


 公園が、一瞬だけ静かになる。


 本子は自分で言った言葉に気付き、顔を赤くした。


 縁之丞が吹き出す。


「何で笑うの?」


「いや。本子が恥ずかしいとか言うから」


「殴るよ!」


「やっと、いつもの本子に戻ったな」


「誰のせいでこうなったと思ってるの?」


「本子にも半分くらい責任あるだろ」


「縁之丞が八割」


「増えてるじゃないか」


「今笑ったから九割」


「理不尽だろ」


 本子は縁之丞を睨む。


 けれど。


 すぐに堪えきれなくなり、小さく笑った。


 涙を浮かべたまま。


 泣きながら、笑った。


「……ごめん」


 本子が言う。


「私も、ちゃんと言えばよかった」


「俺もごめん」


「怒鳴ったことも?」


「ああ」


「追いかけてこなかったことも?」


「それも」


「何日も話しかけなかったことも?」


「本子だって話しかけなかっただろ」


「今は縁之丞の話をしてるの」


「やっぱり理不尽だ」


 本子は目元を拭う。


「次からは、ちゃんと言う?」


「本子が言うなら」


「縁之丞から言って」


「何で俺からなんだよ」


「私、恥ずかしいから」


「それを便利に使うな」


「幼馴染なんだから察して」


「さっき、ちゃんと言うって話をしてただろ」


「じゃあ、頑張って言う」


「俺も頑張る」


 二人は顔を見合わせる。


 完全に、互いの気持ちを理解できたわけではない。


 自分たちの感情に、名前を付けられたわけでもない。


 それでも。


 もう一度、相手の隣へ戻ることはできた。


 話しているうちに。


 ベンチの間にあった一人分の隙間は。


 いつの間にか。


 なくなっていた。

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