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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第82話 謝りたい

 あの日から、数日が経った。


 縁之丞と本子は、一度もまともに話していない。


 完全に避けているわけではなかった。


 同じ教室にいる。


 席も近い。


 必要があれば、言葉も交わす。


「本子。これ」


「うん」


 後ろから回ってきたプリントを渡す。


「ありがとう」


「ああ」


 それだけ。


 以前なら、プリントに書かれた内容を見て、本子が何か言っていた。


『また提出物増えた』


『忘れなければいいだろ』


『縁之丞、私の分もやって』


『嫌だ』


 そんな会話が、当たり前に続いていた。


 今は何もない。


 本子はプリントを机へ置くと、すぐに前を向いた。


 縁之丞も教科書へ視線を落とす。


 教室の中には、普段と変わらない話し声が響いている。


 けれど。


 二人の周りだけ、妙に静かだった。



 昼休み。


 近くにいた男子生徒が、小声で尋ねてきた。


「霧島と鬼灯、喧嘩してる?」


「……別に」


「いや、絶対してるだろ」


「してない」


「最近、全然話してないじゃん」


 縁之丞は答えなかった。


 喧嘩していないというのは、さすがに無理がある。


 けれど、認めたくもなかった。


 認めたところで、どうすればいいのか分からない。


「まあ、早めに仲直りしろよ」


「余計なお世話だ」


「はいはい」


 男子生徒は笑いながら離れていった。


 縁之丞は、本子の席を見る。


 本子は友人と話していた。


 笑っている。


 いつもと変わらないように見える。


 そのことに安心する。


 同時に、少しだけ腹が立った。


 自分はこんなに気にしているのに。


 本子は平気なのかもしれない。


 そう考えてから。


 縁之丞は、自分がひどく勝手だと気付いた。



 放課後。


 縁之丞は鞄を持ち、教室を出た。


 今日も部長から、剣道部へ来るように言われている。


 昇降口へ向かいかけて。


 足が止まった。


 このまま剣道場へ行けば。


 練習に付き合って。


 部員たちと少し話して。


 一人で帰る。


 また、本子と何も話さないまま一日が終わる。


 昨日もそうだった。


 一昨日も。


 その前も。


 朝になれば、いつもの待ち合わせ場所を気にして。


 教室では本子の様子を見て。


 帰り道では、隣に誰もいないことを気にする。


 それなのに。


 何もせずに一日を終えている。


「……俺が謝らないと駄目か」


 小さく呟く。


 何を謝るのか。


 正直、まだ完全には分かっていなかった。


 本子が何に傷ついたのか。


 自分の言葉の何がいけなかったのか。


 全部を理解できているわけではない。


 ただ。


 本子に、泣きそうな顔をさせた。


 あんなふうに、涙をこらえさせた。


 それだけで、謝る理由としては十分だった。


 縁之丞は踵を返した。



 本子が委員会で使っている教室へ向かう。


 扉を開ける。


 しかし、中には誰もいなかった。


 机の上も片付いている。


 すでに委員会は終わったらしい。


「いないか」


 縁之丞は廊下へ戻る。


 教室へ向かう。


 誰もいない。


 図書室を覗く。


 いない。


 中庭。


 渡り廊下。


 購買の前。


 思いつく場所を順番に探していく。


 自分でも、なぜここまで必死になっているのか分からなかった。


 明日でもいい。


 連絡を送ってもいい。


 それなのに。


 今日話さなければ。


 また何もできなくなる気がした。


 最後に昇降口へ向かう。


 靴箱の前に、本子がいた。


 一人で上履きを脱ぎ、靴へ履き替えている。


「本子」


 本子の肩が、小さく揺れた。


 ゆっくりと振り返る。


 目が合う。


 数日ぶりに、正面から本子の顔を見た。


「何?」


 声は冷たくない。


 けれど、表情は硬かった。


 縁之丞は、何度も頭の中で考えていた言葉を口にしようとする。


 だが。


 本子を前にすると、何も出てこない。


「……少し話せる?」


 本子は黙った。


 一瞬、視線が逸れる。


「今?」


「ああ」


「明日じゃ駄目なの?」


「今日がいい」


 自分でも驚くほど、はっきりと答えていた。


 本子は縁之丞の顔を見る。


 縁之丞も目を逸らさなかった。


 しばらくして。


 本子は小さく頷いた。


「……分かった」



 二人は、学校の近くにある公園へ向かった。


 昔から何度も立ち寄っている場所だった。


 小学生の頃。


 帰りが遅くなって、二人で叱られたこともある。


 中学生になってからも。


 どうでもいい話をしながら、何度もベンチに座った。


 いつもなら、何も考えず隣へ座る。


 けれど今日は。


 二人の間には、一人分の隙間が空いていた。


 縁之丞は膝の上で手を握る。


 本子は前を向いたまま、何も言わない。


 何から話せばいいのか分からない。


 数日前までは、話題なんて考えたこともなかった。


 何でも話せた。


 何もなくても話せた。


 今は。


 最初の一言すら難しかった。


 縁之丞は息を吸う。


「本子」


「うん」


「……ごめん」


 本子はすぐには答えなかった。


 少しだけ俯く。


 そして。


「……何が?」


 静かに尋ねた。


 縁之丞は言葉に詰まった。


 何が悪かったのか。


 何を伝えたかったのか。


 自分でも分からなかった気持ちを。


 今、初めて言葉にしようとしていた。

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