第79話 普通がない朝
朝。
本子は家を出ると、いつもの待ち合わせ場所へ向かいかけた。
何年も通ってきた道。
考えなくても、足が勝手にそちらへ向かう。
けれど。
昨日の帰り道を思い出し、足を止めた。
『もう知らない!』
縁之丞へ投げつけた言葉。
あんな別れ方をしたのに。
いつも通り待ち合わせるなんてできない。
「……行かなくていいか」
本子は小さく呟き、別の道へ曲がった。
◇
その頃。
縁之丞は、いつもの待ち合わせ場所に立っていた。
来るつもりなどなかった。
気づけば、ここまで歩いていただけだった。
無意識に時計を見る。
いつもなら、本子が現れる時間。
縁之丞は何度も道の先へ目を向ける。
けれど。
本子は来なかった。
「……そりゃ、来ないよな」
誰に聞かせるでもなく呟き、一人で学校へ向かった。
◇
二人は、ほとんど同じ時間に教室へ入った。
扉の前で目が合う。
いつもなら。
「おはよう」
その一言が、何も考えずに出ていた。
けれど今日は。
二人とも口を開けない。
本子は小さく目を逸らし、自分の席へ向かう。
縁之丞も何も言わず、その後を通り過ぎた。
近くにいた生徒が、不思議そうに尋ねる。
「今日、一緒じゃないんだ?」
「……たまたま」
本子が答える。
少し離れた場所では、縁之丞も同じことを聞かれていた。
「霧島、鬼灯と来なかったの?」
「……たまたま」
同じ答え。
けれど。
二人とも、その声は少しだけ沈んでいた。
◇
昼休み。
いつもなら、どちらから声を掛けるでもなく一緒に昼食を取る。
今日は、本子がクラスの女子生徒に誘われた。
「鬼灯さん、一緒に食べない?」
「うん」
本子は笑って頷く。
縁之丞も男子生徒たちの輪へ入った。
どちらも会話に参加する。
笑うこともできた。
それでも。
本子は何度も、縁之丞の方を見てしまう。
縁之丞もまた、気づかれないよう本子へ視線を向けていた。
本子は楽しそうに笑っている。
縁之丞も友人と話している。
自分がいなくても。
普通に楽しそう。
二人は同じことを思い。
同じように、少しだけ胸を痛めた。
◇
放課後。
縁之丞は剣道部へ。
本子は委員会へ向かう。
以前なら。
「何時に終わる?」
「今日は少し遅いかも」
そんな会話をしていた。
今日は、何も言わない。
縁之丞が教室を出る直前。
何となく振り返る。
本子も、こちらを見ていた。
一瞬だけ目が合う。
けれど。
二人とも、すぐに視線を逸らした。
登校も。
昼食も。
放課後も。
今まで当たり前だったものが。
一日で、すべてなくなった。
ただ話しかけないだけ。
それだけなのに。
その一日は。
いつもより、ずっと長く感じられた。




