第77話 止めてよ
帰り道。
二人は並んで歩いていた。
けれど。
言葉はなかった。
しばらく沈黙が続いたあと。
縁之丞がゆっくり口を開く。
「……好きにしたらいいんじゃないか」
本子は足を止めた。
「……本気で言ってるの?」
「え?」
本子はゆっくりと縁之丞を見る。
「私たち、許嫁でしょ?」
その一言に。
縁之丞は息をのんだ。
「……そうだけど」
「だったら」
「何でそんなこと言えるの?」
「何で止めてくれないの?」
縁之丞は困ったように眉を下げる。
「だって」
「本子が決めることだろ」
「俺が口を出すことじゃない」
本子は首を横に振る。
「違う」
「そういうことじゃない」
縁之丞は静かに続ける。
「前に本子も言ってた」
「自分の人生なんだから、自分で決めろって」
「だから」
「俺は本子が決めたことを尊重したい」
本子は唇を強く噛む。
「そんなの……」
小さく呟く。
「嫌」
縁之丞は目を見開いた。
「え?」
「そんな答えが聞きたいんじゃない」
震える声が漏れる。
「普通」
「許嫁なら止めるでしょ……」
縁之丞は苦しそうに首を振る。
「でも」
「本子がその人と付き合いたいなら」
「俺が止めるのは違うと思う」
本子は一歩、縁之丞へ近づく。
「付き合いたいなら!」
「最初から縁之丞に聞かない!」
縁之丞の表情が大きく揺れた。
胸の奥で何かが切れる。
そして。
初めて声を荒らげた。
「じゃあ俺にどうしてほしいんだ!」
本子の肩がびくっと震える。
「止めてほしいのか!」
「背中を押してほしいのか!」
「俺には分からない!」
本子の瞳に涙が浮かぶ。
「それくらい……」
声が震える。
「それくらい自分で考えて!」
その言葉に。
縁之丞も感情を抑えきれなかった。
「分からないから聞いてるんだろ!」
夕暮れの道に。
その叫びだけが響いた。
一瞬。
二人の視線がぶつかる。
互いの瞳に映っていたのは。
怒りではない。
同じ苦しさだった。
言いたいことはある。
伝えたいこともある。
でも。
肝心な一言だけが、どうしても言えない。
「……もう知らない!」
本子は涙をこらえたまま駆け出した。
「本子!」
縁之丞が呼ぶ。
けれど。
本子は振り返らない。
夕焼けの向こうへ、小さくなっていく背中。
縁之丞は追い掛けることもできず。
ただ、その場に立ち尽くしていた。




