第75話 余計なお世話
帰り道。
夕焼けに染まる道を、二人は静かに歩いていた。
昨日までなら。
どちらかが何気ない話を始めて。
気付けば笑い合っていた。
けれど今日は。
沈黙だけが続いていた。
しばらく歩いたところで。
縁之丞がぽつりと口を開く。
「断った」
本子は思わず顔を上げる。
「……え?」
「昨日の告白」
「断った」
その一言を聞いた瞬間。
胸の奥がふっと軽くなる。
張り詰めていたものが、一気にほどけていく。
(よかった……)
そう思ってしまった。
そのことに、自分でも少し驚く。
でも。
次の瞬間には、別の感情が胸を締め付けていた。
「どうして?」
縁之丞は少しだけ考えてから答える。
「好きでもないのに付き合うのは違うと思ったから」
本子は足を止めた。
「……じゃあ」
「何で私に聞いたの?」
昨日の帰り道が頭をよぎる。
『本子ならどう思う?』
あの一言。
あれで、どれだけ苦しかったか。
「私が嫌って言ったから?」
縁之丞は首を横に振る。
「違う」
「じゃあ何?」
「……」
言葉が出ない。
どう説明すればいいのか。
自分でも分からなかった。
本子なら。
本子に相談すれば。
何か答えが見つかる気がした。
ただ、それだけだった。
でも。
それをうまく言葉にできない。
「本子が嫌なら断ろうと思った」
本子の表情が曇る。
「……何それ」
「え?」
「私が嫌って言ったから断ったの?」
「違う」
「じゃあ私が『付き合えば』って言ってたら?」
縁之丞は答えに詰まる。
「それは……」
「ほら」
本子は小さく笑う。
でも、その笑顔は少しも笑っていなかった。
「結局、人のせいじゃん」
「違うって」
「違わない」
「自分で決めなよ」
「自分の人生なんだから」
縁之丞は俯く。
「だから相談したんだけど……」
「それが余計なお世話なの」
「え?」
「私に決めさせないで」
「私が悪者みたいじゃん」
「そんなつもりじゃ」
「分かってる」
本子は少しだけ目を伏せる。
「分かってるけど……」
声が小さくなる。
「嫌だったの」
縁之丞は何も言えなかった。
どうして本子に相談したのか。
どうして本子の言葉があんなにも気になったのか。
自分でも説明できない。
「……分からない」
ようやく出た言葉は、それだけだった。
本子は小さくため息をつく。
「また、それ?」
寂しそうに笑う。
「何でも『分からない』で済ませないでよ」
その言葉に。
縁之丞は何も返せなかった。
「……もういい」
本子は前を向いたまま歩き出す。
縁之丞も黙って後を追う。
いつもなら。
くだらない話で笑い合っている帰り道。
今日は。
二人とも、自分の気持ちをうまく言葉にできない。
夕焼けに伸びる二つの影だけが。
静かに並んで歩いていた。




