第71話 告白
放課後。
剣道部の練習が終わり、部員たちは次々と道場を後にしていく。
縁之丞も竹刀を片付け、帰ろうとした時だった。
「あの、霧島くん」
女子マネージャーが少し緊張した様子で声を掛ける。
「少しだけ時間ある?」
「いいけど」
二人は道場の裏へ移動した。
人通りはなく、夕日だけが静かに差し込んでいる。
女子マネージャーは制服の裾をぎゅっと握りしめ、大きく息を吸った。
「ずっと好きでした」
その一言に、縁之丞は目を丸くする。
「大会へ向けて頑張ってるところも」
「誰にでも優しいところも」
「努力を続けられるところも」
「全部好きです」
女子マネージャーは深く頭を下げた。
「私と付き合ってください」
突然の告白だった。
縁之丞は言葉を失う。
誰かに好かれるなんて、考えたこともなかった。
しばらく沈黙が流れる。
夕暮れの風だけが、二人の間を静かに通り過ぎた。
「……ごめん」
ようやく絞り出した声に、女子マネージャーの肩が小さく震える。
「今は、返事ができない」
女子マネージャーはゆっくり顔を上げた。
「自分でも……よく分からないんだ」
縁之丞は困ったように笑う。
「誰かを好きとか、そういうことを考えたことがなくて」
「中途半端な気持ちで返事はしたくない」
女子マネージャーは少しだけ寂しそうに笑った。
「そっか」
「ちゃんと考えてくれるんだね」
縁之丞は静かに頷く。
「うん」
「分かった」
「待ってる」
女子マネージャーは最後に一礼すると、その場を後にした。
◇
一人残された縁之丞は、その場から動けなかった。
告白されたことへの驚きは、まだ胸に残っている。
(好き……か)
今まで考えたこともない言葉だった。
誰かを好きになる。
誰かと付き合う。
自分にはまだ遠い話だと思っていた。
けれど。
返事をしようとした瞬間。
頭へ浮かんできたのは、女子マネージャーではなかった。
『何それ』
笑いながら首を傾げる本子。
『また明日』
当たり前のように交わす帰り道の挨拶。
雨の日。
一つの傘へ肩を寄せて歩いた帰り道。
探してしまう癖。
迎えに来てくれた日の笑顔。
書類を持とうとした男子生徒を見た瞬間、思わず手が出たこと。
思い出すのは、そんなことばかりだった。
(何で、本子ばっかり……)
小さく息を吐く。
考えれば考えるほど、本子の姿が浮かんでくる。
幼い頃からずっと一緒だった。
隣にいるのが当たり前だった。
だから。
思い出すのも当たり前。
そう思おうとする。
けれど。
胸の奥のざわつきだけは、どうしても消えてくれなかった。
(……分からない)
本当に分からない。
どうして返事ができなかったのか。
どうして本子ばかり思い浮かぶのか。
答えは見つからない。
ただ一つだけ確かなのは。
今、このまま誰かと付き合うことだけは違う。
そんな気がしていた。
夕焼けに染まる空を見上げながら。
縁之丞は、自分でも説明のできない想いを抱えたまま、静かに歩き始めた。




