第70話 何となく
昼休み。
本子は放送委員の教室で資料をまとめていた。
そこへ、一人の男子生徒が声を掛ける。
「鬼灯さん、このプリント、生徒会室まで運ぶの手伝ってくれない?」
「うん、今行く」
本子は書類の束を抱え上げた。
男子生徒も残りを持とうと手を伸ばす。
「結構あるね」
「大丈夫。一緒に運べば――」
その時だった。
「俺が持つ」
横から伸びた手が、本子の抱えていた書類を受け取る。
「縁之丞?」
本子は目を丸くした。
縁之丞は何事もなかったように書類を抱える。
「別に重くないけど」
「知ってる」
「じゃあ、どうして?」
そう聞かれて。
縁之丞は少しだけ考え込んだ。
「……何となく」
「何それ」
本子は思わず笑う。
「理由になってないよ」
「そうかも」
縁之丞も苦笑した。
一方、手伝おうとしていた男子生徒は肩をすくめる。
「じゃあ、俺の出番はなかったみたいだね」
「ごめん」
「気にしない。また頼むよ」
男子生徒は笑って教室を後にした。
◇
静かになった教室で。
本子は縁之丞の横顔を見つめる。
さっきまで胸を締め付けていた苦しさが、不思議と少しだけ軽くなっていた。
その一方で。
縁之丞も、自分の行動に引っ掛かりを覚えていた。
(……何だ、今の)
どうして体が先に動いたのだろう。
別に。
本子が持てない量ではなかった。
男子生徒に悪気があったわけでもない。
なのに。
本子へ向かって伸びた手を見た瞬間。
胸の奥が、少しだけざわついた。
その感覚が嫌で。
気付けば、自分の手が先に動いていた。
(重そうだったから……か?)
そう考える。
でも、違う気がした。
本当にそれだけなら。
あんなに急いで手を出す必要はなかった。
(……何でだ)
答えは出ない。
考えれば考えるほど、胸の奥が落ち着かなくなる。
理由の分からない、小さなざわめき。
縁之丞は小さく首を振った。
(まあ、いいか)
考えても分からないことはある。
そう自分に言い聞かせる。
けれど。
胸の奥に残ったざわめきだけは。
帰りのホームルームが始まっても。
放課後になっても。
消えることはなかった。




