第69話 幼馴染だから
本子は静かに目を逸らした。
もう見てはいけない。
そう思っても。
視線は何度も縁之丞へ向かってしまう。
楽しそうに笑う横顔。
女子マネージャーと言葉を交わす姿。
そのたびに。
胸の奥が締め付けられた。
本当の恋人じゃない。
恋人ごっこ。
最初から分かっていたことだ。
あの日。
二人で決めた約束。
『好きな人ができたら終わり』
その時は。
ちゃんと終わろう。
笑って終わろう。
二人でそう決めた。
だから。
もし縁之丞に好きな人ができたら。
幼馴染として応援しなきゃいけない。
幸せになってほしい。
それが一番だ。
そう思う。
そう思いたい。
◇
(応援しなきゃ)
心の中で呟く。
(幼馴染なんだから)
もう一度言い聞かせる。
(縁之丞が幸せなら、それでいい)
そう。
それでいい。
そのはずだった。
なのに。
(……嫌)
胸の奥から、小さな声が漏れる。
本子は思わず息を呑んだ。
(違う)
(そんなこと思っちゃ駄目)
(応援しなきゃ)
必死に打ち消す。
けれど。
(嫌)
その声は消えない。
(仲良くならないで)
(そんなに笑わないで)
(私の知らない縁之丞が増えないで)
「っ……」
本子は唇を強く噛んだ。
こんなことを思う自分が嫌だった。
縁之丞は何も悪くない。
マネージャーも何も悪くない。
悪い人なんて、一人もいない。
悪いのは。
こんなふうに考えてしまう自分だ。
(応援しなきゃ)
(応援しなきゃ)
(幼馴染なんだから)
何度も。
何度も。
何度も自分へ言い聞かせる。
それでも。
胸の苦しさは消えてくれない。
むしろ。
言い聞かせるたびに、苦しくなる。
息が詰まりそうで。
涙が滲んで。
胸の奥が痛かった。
幼馴染だから。
縁之丞の幸せを願いたい。
幼馴染だから。
好きな人ができたら、笑って送り出したい。
それが正しい。
ずっと、そう思ってきた。
でも。
心は違った。
(行かないで)
(誰かを好きにならないで)
(ずっと……私の隣にいて)
その願いが胸に浮かんだ瞬間。
本子は両手で口を押さえた。
「……っ」
駄目。
こんなこと。
思ってはいけない。
幼馴染なのだから。
応援しなければいけないのだから。
なのに。
どれだけ自分へ言い聞かせても。
心だけは、どうしても言うことを聞いてくれなかった。
涙が一粒、頬を伝う。
本子は慌てて拭う。
こんな気持ちは知らない。
こんな苦しさも知らない。
それでも。
胸の奥から溢れ出す願いだけは、もう止めることができなかった。




