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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第69話 幼馴染だから

 本子は静かに目を逸らした。


 もう見てはいけない。


 そう思っても。


 視線は何度も縁之丞へ向かってしまう。


 楽しそうに笑う横顔。


 女子マネージャーと言葉を交わす姿。


 そのたびに。


 胸の奥が締め付けられた。


 本当の恋人じゃない。


 恋人ごっこ。


 最初から分かっていたことだ。


 あの日。


 二人で決めた約束。


『好きな人ができたら終わり』


 その時は。


 ちゃんと終わろう。


 笑って終わろう。


 二人でそう決めた。


 だから。


 もし縁之丞に好きな人ができたら。


 幼馴染として応援しなきゃいけない。


 幸せになってほしい。


 それが一番だ。


 そう思う。


 そう思いたい。



(応援しなきゃ)


 心の中で呟く。


(幼馴染なんだから)


 もう一度言い聞かせる。


(縁之丞が幸せなら、それでいい)


 そう。


 それでいい。


 そのはずだった。


 なのに。


(……嫌)


 胸の奥から、小さな声が漏れる。


 本子は思わず息を呑んだ。


(違う)


(そんなこと思っちゃ駄目)


(応援しなきゃ)


 必死に打ち消す。


 けれど。


(嫌)


 その声は消えない。


(仲良くならないで)


(そんなに笑わないで)


(私の知らない縁之丞が増えないで)


「っ……」


 本子は唇を強く噛んだ。


 こんなことを思う自分が嫌だった。


 縁之丞は何も悪くない。


 マネージャーも何も悪くない。


 悪い人なんて、一人もいない。


 悪いのは。


 こんなふうに考えてしまう自分だ。


(応援しなきゃ)


(応援しなきゃ)


(幼馴染なんだから)


 何度も。


 何度も。


 何度も自分へ言い聞かせる。


 それでも。


 胸の苦しさは消えてくれない。


 むしろ。


 言い聞かせるたびに、苦しくなる。


 息が詰まりそうで。


 涙が滲んで。


 胸の奥が痛かった。


 幼馴染だから。


 縁之丞の幸せを願いたい。


 幼馴染だから。


 好きな人ができたら、笑って送り出したい。


 それが正しい。


 ずっと、そう思ってきた。


 でも。


 心は違った。


(行かないで)


(誰かを好きにならないで)


(ずっと……私の隣にいて)


 その願いが胸に浮かんだ瞬間。


 本子は両手で口を押さえた。


「……っ」


 駄目。


 こんなこと。


 思ってはいけない。


 幼馴染なのだから。


 応援しなければいけないのだから。


 なのに。


 どれだけ自分へ言い聞かせても。


 心だけは、どうしても言うことを聞いてくれなかった。


 涙が一粒、頬を伝う。


 本子は慌てて拭う。


 こんな気持ちは知らない。


 こんな苦しさも知らない。


 それでも。


 胸の奥から溢れ出す願いだけは、もう止めることができなかった。

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