↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/121

第68話 知らない気持ち

 本子は、その場から動けなかった。


 目の前では。


 女子マネージャーと縁之丞が話している。


 ペットボトルを受け取り。


 礼を言って。


 少し笑う。


 それだけのこと。


 特別なことなんて何もない。


 部員とマネージャー。


 ただ、それだけの関係だ。


 それなのに。


 本子の胸は、ざわざわと落ち着かなかった。



「また明日もお願いします」


「ああ」


 たった、それだけの会話。


 けれど。


 その言葉が、本子の胸へ深く刺さる。


 ――また明日。


 明日も。


 明後日も。


 県大会が終わるまで。


 二人は毎日会う。


 一緒に練習をして。


 言葉を交わして。


 笑い合う。


 そんな光景が、頭の中へ勝手に浮かんでくる。


(……やだ)


 心の奥で、小さな声がした。


 どうして。


 そんな言葉が浮かんだのか、自分でも分からない。


 縁之丞は剣道部を手伝っているだけ。


 マネージャーは自分の仕事をしているだけ。


 何も悪いことなんてない。


 頭ではちゃんと分かっている。


 それでも。


 胸の苦しさは消えてくれなかった。



 もし。


 二人がもっと仲良くなったら。


 放課後、一緒に帰るようになったら。


 楽しそうに笑い合う時間が増えたら。


 その隣にいるのが、自分ではなくなったら。


 想像した瞬間。


「っ……」


 胸が、ぎゅっと締め付けられた。


 苦しい。


 息が浅くなる。


 喉の奥が詰まったように苦しい。


 目の前が少しだけ滲む。


 声を掛けたい。


 迎えに来たと伝えたい。


 いつものように、


「一緒に帰ろう」


 そう言えばいいだけなのに。


 足が動かない。


 喉が動かない。


 どうしても、その一歩が踏み出せなかった。


(行かなきゃ)


(行かなきゃいけないのに)


 心の中で何度も繰り返す。


 それでも。


 体は言うことを聞かなかった。



 ふと。


 考えてしまう。


 もし、いつか。


 縁之丞が誰かと手を繋ぐ日が来たら。


 誰かへ、今の自分に向けるような笑顔を向ける日が来たら。


 危ない時には。


 あの日、自分を守ってくれたように。


 その人を抱き寄せて助けるのだろうか。


 その想像だけで。


 胸の奥が、痛い。


 苦しくて。


 苦しくて。


 どうしようもなかった。



 こんな気持ちは初めてだった。


 寂しいとも違う。


 悲しいとも違う。


 怒っているわけでもない。


 胸の奥が締め付けられて。


 息が苦しくなって。


 何かを失ってしまうような不安だけが、大きくなっていく。


「……何なの」


 小さく呟いても、答えは返ってこない。


 本子はまだ知らない。


 この胸の痛みの名前を。


 そして。


 この想いが大きくなるほど。


 知らない気持ちは、もっと自分を苦しめていくことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。