第67話 迎え
放課後。
本子は放送委員の打ち合わせを終え、教室へ戻ってきた。
「思ったより早く終わったな」
机の横から鞄を持ち上げる。
時計を見る。
いつもなら、まだ剣道部の練習が終わる少し前だ。
「……迎えに行こうかな」
誰に言うでもなく呟く。
一緒に帰れるかもしれない。
そう思うと、自然と足取りが軽くなった。
◇
本子は剣道場へ向かう。
夕日に照らされた校舎を歩きながら、小さく笑う。
縁之丞は驚くだろうか。
『もう終わったの?』
きっと、そんな顔をする。
少しだけ驚いて。
少しだけ笑って。
それから、いつものように一緒に帰る。
そんな帰り道を思い浮かべながら、本子は歩いていた。
◇
剣道場へ着くと。
ちょうど練習が終わったところだった。
「ありがとうございました!」
部員たちの声が道場へ響く。
縁之丞も竹刀を片付けながら、部員たちと話していた。
本子は入口の前で立ち止まる。
もう少し近付こう。
そう思った、その時だった。
「お疲れ様です」
女子マネージャーがペットボトルを差し出す。
「ありがとうございます」
縁之丞は笑顔で受け取った。
「今日も助かりました」
「いえ。また明日もお願いします」
「ああ」
二人は自然に言葉を交わす。
特別な雰囲気ではない。
部員とマネージャー。
ただ、それだけのやり取りだった。
それなのに。
本子は、その場から動けなかった。
胸の奥が、ざわつく。
小さな棘が刺さったような。
何かをぎゅっと掴まれたような。
説明のできない違和感が、胸いっぱいに広がっていく。
(……何?)
(この感じ)
(何で……)
縁之丞は、ただ部活を手伝っているだけ。
マネージャーも、自分の仕事をしているだけ。
何もおかしなことなんてない。
頭では分かっている。
それでも。
目の前の光景から、どうしても目を逸らせなかった。
女子マネージャーが笑う。
縁之丞も穏やかに笑い返す。
普段なら、何とも思わないはずの光景。
なのに。
胸の奥が、少しずつ苦しくなっていく。
「……」
本子は小さく息を呑む。
迎えに来ただけだった。
一緒に帰ろうと思っただけだった。
それなのに。
一歩が踏み出せない。
声を掛けようと思っていたのに。
今は、その勇気さえ出てこなかった。
(……何なの)
(この気持ち)
理由は分からない。
けれど。
昨日よりも。
一昨日よりも。
胸のもやもやは、確かに大きくなっていた。




