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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第66話 探してしまう

 朝。


 本子は、いつもの時間に教室へ入った。


「おはよう」


「おはよう、本子」


 クラスメイトと軽く挨拶を交わし、そのまま自分の席へ向かう。


 その途中だった。


 本子の視線が、無意識に教室の中を動く。


 窓際。


 廊下側。


 教室の後ろ。


 けれど。


 探していた姿は見つからない。


「……まだか」


 思わず小さく呟く。


 その瞬間、昨日の帰り際の会話を思い出した。


『明日は朝練がある』


 県大会が近付き、剣道部の練習に参加すると言っていた。


「そうだった」


 忘れていたわけではない。


 ちゃんと覚えていた。


 それなのに。


 教室へ入った瞬間には、そのことより先に縁之丞を探していた。



 本子は席へ座り、教科書を机へ出す。


 朝の教室は少しずつ賑やかになっていく。


 廊下から足音が聞こえる。


 教室の扉が開く。


 本子は反射的に顔を上げた。


 入ってきたのは別の男子生徒だった。


「……」


 何事もなかったように教科書へ目を戻す。


 しばらくして、また扉が開く。


 今度は女子生徒が友人と話しながら入ってきた。


 また違った。


「本子」


 隣の席の女子生徒が不思議そうに声を掛ける。


「何?」


「さっきから扉ばっかり見てない?」


「見てないよ」


「見てるよ」


「人が入ってくるから」


「教室だからね」


「そうだね」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑う。


 それ以上は何も聞かれなかった。


 けれど。


 本子自身は分かっていた。


 誰かが教室へ入ってくるたびに。


 縁之丞ではないかと確かめてしまっている。



 いつからだろう。


 こんなことをするようになったのは。


 以前なら。


 縁之丞が先に来ていても。


 まだ来ていなくても。


 気になどならなかった。


 どうせ、そのうち来る。


 昼休みになれば話せる。


 放課後になれば、一緒に帰る。


 それが当たり前だったから。


 姿を探す必要なんてなかった。


 けれど最近は違う。


 一緒に帰る時間が減り。


 剣道部へ行く姿を見送る日が増えた。


 だからだろうか。


 少し会えないだけで。


 姿を探してしまう。



 始業を知らせる予鈴が鳴る。


「間に合った」


 聞き慣れた声が教室へ響いた。


 本子は考えるより先に顔を上げる。


 竹刀袋を肩へ掛けた縁之丞が教室へ入ってきた。


 朝練を終えたばかりなのだろう。


 前髪が少し乱れ、首元にはうっすら汗が残っている。


「おはよう」


 縁之丞が本子の横を通りながら声を掛ける。


「おはよう」


 本子も笑顔で返した。


 たったそれだけ。


 いつもと変わらない挨拶。


 それなのに。


 胸の中にあった落ち着かなさが、ふっと消えていく。


「何?」


 席へ着いた縁之丞が首を傾げた。


「別に」


「そう?」


「うん」


 本子は小さく笑う。


 さっきまで探していた相手が、ちゃんと隣にいる。


 それだけで安心している自分が、少しだけ不思議だった。



 昼休みも。


 授業中も。


 縁之丞はいつも通りだった。


 友人と話し。


 先生に当てられれば普通に答え。


 何も変わらない。


 変わったのは、自分の方なのだと本子は思う。



 放課後。


 縁之丞は竹刀袋を肩へ担ぐ。


「じゃあ、行ってくる」


「うん」


「今日は少し遅くなると思う」


「分かった」


「先に帰ってて」


「また明日」


「ああ。また明日」


 縁之丞は教室を出ていく。


 本子は、その背中が見えなくなるまで見送っていた。



 一人で歩く帰り道。


 夕日に照らされた道路は、いつもより広く感じる。


 隣には誰もいない。


 何気ない話をする相手もいない。


 本子は小さく息を吐いた。


 そして、一度だけ学校の方を振り返る。


 今ごろ縁之丞は。


 剣道場で竹刀を振っているのだろう。


「早く終わらないかな」


 ぽつりと漏れた言葉に、自分で少し驚く。


 教室へ入れば姿を探す。


 廊下から声が聞こえれば振り返る。


 帰り道では隣を見てしまう。


 今日だけで、何度縁之丞を探しただろう。


 以前は、こんなことはなかった。


 それでも今は。


 気付けば、いつも探してしまう。


 本子は小さく笑うと、再び前を向いた。


 夕暮れの帰り道を歩きながら。


 胸の中では、少しずつ大きくなっていく想いが、静かに息づいていた。

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