第65話 帰り道
放課後。
剣道部での練習を終えた縁之丞は、一人で校門を出た。
夕日が校舎を赤く染めている。
県大会が近いこともあり、今日の練習はいつも以上に熱が入っていた。
「ありがとうございました!」
元気な部員たちの声が、まだ耳に残っている。
縁之丞は軽く肩を回しながら歩き始めた。
「……静かだな」
ぽつりと呟く。
いつもなら。
本子が隣を歩いている。
学校であった出来事を話したり。
夕飯は何だろうと話したり。
テレビの話や、新しくできた店の話。
気付けば他愛もない話をしながら帰っていた。
それが、いつの間にか当たり前になっていた。
◇
住宅街へ入る。
見慣れた景色。
毎日のように歩いている帰り道。
ふと、通学路の脇を見ると、小さな柴犬が散歩をしていた。
飼い主の足元を元気よく歩きながら、尻尾を大きく振っている。
「かわいいな」
思わず笑みがこぼれる。
その瞬間。
縁之丞は無意識に隣を振り向いた。
「……」
誰もいない。
いつもなら。
「見て、本子」
そう声を掛けていた。
『かわいい!』
本子ならきっと、しゃがみ込んで嬉しそうに笑っていただろう。
その姿まで頭へ浮かんできて。
縁之丞は少しだけ苦笑した。
「癖になってるな」
そう呟いて歩き出す。
◇
商店街を通る。
新しくできたパン屋から、焼きたての香りが漂ってきた。
「そういえば」
昨日、本子が甘いパンを食べたいと言っていた。
買って帰れば喜ぶだろうか。
そんなことを考えてから、縁之丞は首を振る。
「いや、今日は委員会だったな」
帰る時間が違う。
もう家へ着いているかもしれない。
それなら明日でもいい。
そう考えながら店の前を通り過ぎる。
少し歩くと、今度はゲームセンターの前を通った。
「新作、今日からだったか」
昼休みにクラスメイトが話していたことを思い出す。
本子はあまりゲームはしない。
でも。
クレーンゲームだけは妙に上手かった。
昔、一緒に遊びに行った時。
一回でぬいぐるみを取っていたことを思い出す。
『えへへ』
『取れた』
嬉しそうに笑っていた本子の顔が浮かぶ。
「……また行くか」
思わず口に出していた。
それに気付いて、自分で少し笑う。
「今度誘えばいいか」
◇
歩きながら、今日一日を思い返す。
部長がまた頭を下げてきたこと。
今回で最後と言いながら、何度も頼みに来ること。
本子なら。
『また?』
と笑うだろう。
そのやり取りを想像すると、自然と笑みが浮かんだ。
学校では面白いこともあった。
話したいこともある。
けれど。
今日は隣に本子がいない。
「明日話せばいいか」
毎日学校で会う。
家だって隣同士。
少し帰る時間が違うだけだ。
それなのに。
話そうと思っていたことが、一つ、また一つと増えていく。
◇
家まであと少し。
見慣れた公園の前を通る。
小さな子どもたちが元気に遊んでいた。
鬼ごっこをする子。
ブランコを漕ぐ子。
砂場で遊ぶ子。
その光景を眺めながら歩いていると、不意に思い出す。
小さい頃。
本子と二人で、この公園で遊んでいたことを。
鬼ごっこをして。
ブランコで競争して。
日が暮れるまで遊んで。
母親たちに迎えに来られていた。
「懐かしいな」
自然と笑みがこぼれた。
あの頃から。
本子はずっと隣にいた。
幼稚園も。
小学校も。
中学校も。
そして高校も。
隣にいることが当たり前だった。
だからだろうか。
今日の帰り道は、少しだけ静かに感じる。
理由はよく分からない。
ただ。
本子がいない帰り道は、いつもより少しだけ長く感じた。
そんなことを考えながら。
縁之丞は夕日に染まる住宅街を、一人ゆっくりと歩いていった。




