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ずっと普通だった幼馴染と、今日から恋人ごっこを始めます  作者: Atelier Lotus文庫


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第64話 合わない時間

 昼休み。


 縁之丞は食堂へ向かおうとしたところで、剣道部の部長に呼び止められた。


「縁之丞!」


「またですか」


 姿を見ただけで用件が分かったのか、縁之丞は苦笑する。


 部長は気にした様子もなく、真剣な表情で頭を下げた。


「県大会まで、あと二週間だ」


「今年こそ優勝したい」


「放課後だけでいい。力を貸してくれないか」


 縁之丞は小さくため息をつく。


「……何回目ですか、その台詞」


 近くにいた部員たちから苦笑が漏れた。


「一度だけって言ったはずなんですけど」


「今回も一度だけだ!」


「前も聞きました」


「今回は本当に最後!」


「それも前に聞きました」


 道場に笑いが広がる。


 部長は頭を掻きながら笑った。


「悪い。でも、お前が入ると稽古の質が全然違うんだ」


「レギュラーも調子を取り戻してきましたよ」


「それでも最後の仕上げは、お前が相手じゃないと落ち着かないらしい」


 部員たちも一斉に頷く。


「お願いします!」


「あと少しだけ!」


「県大会優勝したいんです!」


 何人もの視線を向けられ、縁之丞は困ったように頭を掻いた。


「……分かりました」


「ただ、本当に県大会までですよ」


「約束ですよ」


「もちろん!」


 部長は満面の笑みで頷いた。


「ありがとう!」


 部員たちからも安堵したような声が上がる。


「よかった!」


「これで安心だ!」


「優勝目指すぞ!」


 その様子を見ながら、縁之丞は小さく笑った。


「期待しすぎですよ」


「期待じゃない。信頼だ」


 部長は真っ直ぐそう言い切る。


 縁之丞は少し照れくさそうに目を逸らした。



 一方、本子も昼休みになると、放送室へ向かっていた。


 体育祭まで一か月。


 放送委員にも、少しずつ準備が増え始めていた。


「鬼灯さん、このアナウンス原稿お願い」


「うん」


「開会式の進行も確認しておいて」


「分かった」


「競技紹介は去年の原稿を参考にすれば大丈夫かな?」


「一度読み直してみるね」


 本子は資料を受け取り、一つひとつ丁寧に確認していく。


 落ち着いた性格と真面目な仕事ぶりから、委員たちからも自然と頼りにされていた。


 昼休みだけでは終わらず。


 放課後も打ち合わせやリハーサルが続く。


 気付けば、一緒に帰る時間は少しずつ減っていた。



 放課後。


 本子が昇降口へ向かうと、ちょうど剣道部へ向かおうとしていた縁之丞と目が合った。


「あ」


「委員会?」


「うん。体育祭の準備」


「そっか」


「縁之丞は?」


「今日も剣道部」


 本子は少しだけ笑う。


「最近、お互い忙しいね」


「そうだな」


 少し前までなら。


 放課後になれば自然と隣にいて。


 一緒に帰るのが当たり前だった。


 けれど今は。


 県大会へ向けた剣道部の練習と。


 体育祭へ向けた放送委員の準備。


 それぞれにやるべきことがあり、帰る時間が合わない日が増えていた。


「今日は先に帰るね」


「ああ」


「また明日」


「また明日」


 短い言葉だけを交わし。


 二人は別々の方向へ歩き出した。


 本子は一度だけ振り返る。


 縁之丞は剣道場のある校舎へ向かって歩いていた。


 その背中は、やがて校舎の角へ消えていく。


「……」


 少しだけ胸が寂しくなる。


 毎日会っている。


 同じ教室で授業を受け。


 昼休みに話すことだってできる。


 それなのに。


 一緒に帰れないだけで、こんなにも物足りなく感じるなんて。


 本子は小さく笑った。


「私、本当に重症かも」


 誰にも聞こえないように呟き、一人で帰り道を歩き始める。


 恋人ごっこを始めてから。


 一緒に帰ることが、いつの間にか当たり前になっていた。


 だからこそ。


 隣に誰もいない帰り道が、少しだけ長く感じられた。

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