第63話 雨上がり
気付けば。
雨は、ほとんど止んでいた。
傘を叩いていた雨音も、今では時折聞こえるだけ。
二人が話さないまま歩いているうちに、見慣れた住宅街へ戻ってきていた。
「もう着いたぞ」
縁之丞の言葉に、本子は顔を上げる。
二人の家は、すぐ目の前だった。
「……早かったね」
「いつもと同じだろ」
「そうだけど」
本子は縁之丞の腕へ絡めていた手を、ゆっくりと離した。
肩が離れる。
触れ合っていた体温も、少しずつ遠ざかっていく。
縁之丞は折りたたみ傘を閉じた。
空を見上げると、厚い雲の隙間から淡い夕日が差し込んでいる。
「止んだな」
「うん」
「家に着いた途端かよ」
「もう少し降っててもよかったのに」
本子が小さく呟く。
「何か言った?」
「何でもない」
「今日はそればっかりだな」
「そういう日なの」
「変なの」
本子は少しだけ頬を膨らませた。
それから、自分の家の門へ手を掛ける。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
縁之丞はいつも通り答えた。
「また明日」
本子も小さく笑う。
いつもと同じ別れの言葉。
明日になれば、また一緒に学校へ行く。
離れている時間なんて、ほんの少ししかない。
それなのに。
本子は門を開けたあとも、すぐには中へ入れなかった。
縁之丞も自分の家へ向かいながら、なぜか一度だけ足を止める。
二人は、ほとんど同じタイミングで振り返った。
「……」
「……」
目が合う。
「何?」
本子が尋ねる。
「いや」
縁之丞は少しだけ戸惑いながら答えた。
「本子こそ」
「何でもない」
「またそれかよ」
「縁之丞だって、何でもないんでしょ?」
「まあ」
二人は顔を見合わせる。
そして。
少しだけ照れくさそうに笑った。
「今度こそ、また明日」
「うん。また明日」
本子は家の中へ入り。
縁之丞も、隣の家の門を開ける。
扉を閉めた途端。
本子は小さく息を吐いた。
さっきまで触れていた腕へ、そっと手を添える。
縁之丞の体温が、まだ残っているような気がした。
一方。
縁之丞も玄関へ入り、濡れた折りたたみ傘を見下ろす。
ただ一緒に帰っただけなのに。
いつもの帰り道だったはずなのに。
なぜか今日は。
本子と離れたあとの家が、少しだけ静かに感じられた。
今までと同じ帰り道。
今までにも経験した相合傘。
何も変わっていないはずなのに。
二人の間には。
言葉にできない何かが、確かに残っていた。




